老婦人の夏
その日ベンガーナは異常気象だった。
「きゃっほ──っ」
ポップは喜び庭かけまわり、ダイはかまどの前で丸くなる……のをやめて、立ち上がって外に出た。
「ポップ! 風邪ひくよ、寒いのは嫌いじゃなかったの!?」
「寒いのはキライ。でも雪は好きだっ」
ジャンク屋二号店の狭い裏庭で足跡をつけながらポップは答えた。
雪は三センチほどしか積もっていなくて、跡をつけると地面の色が見えてしまうのがポップには不満そうだった。
「それにしてもどうしたんだろうね。いつもより、一ヶ月以上も早いじゃない?」
そうなのだ。
霜月はじめ、北国のリンガイアならいざしらず、このベンガーナではちょっと珍しいことだった。
ダイは不安顔で空を見上げた。
空は雲が厚くおおっていて、まだ当分この雪はやみそうになかった。
カランカラン。店のドアベルが鳴った。
「あれ? お客さんかな?」
いぶかしげに言ってダイはきびすを返す。
いぶかしく言わねばならないのが悲しいほど武器屋兼マジックアイテムショップのこの店は閑古鳥で、訪ねてくるのは近所の魔道士エイクか、出前持ちくらいだ。
「失礼致します。あるじがぜひ、当家にお越し願いたいとおっしゃっております。表に馬車を用意しております。大魔道士さま、勇者さまもご一緒なら、こんなに都合の良いことはございません。ささ、お早く」
ダイは慌てて、
「す、すみません。あるじって誰ですか?」
「ラカン伯爵様でございます」
品のいい、しつけの良さそうな家令はかしこまって答えた。
※
「ラカン伯爵って、この前の、呪いの石像事件の人だよね……」
迎えの馬車の中で、家令に聞こえないようダイはそっとポップに耳打ちした。
「そうだ。金離れのいい、気前のいいじいちゃんだったけど、一体何の用だろう。前回は、ちゃんと自分の足で来たんだぜ」
もっとも、それも馬車だったけどな、と付け加えながらもポップも胡散臭そうな顔をしていた。
二人とも、これから巻き込まれる厄介ごとを、正しく予感していたと言えよう。
※
「ようこそ、ひさしぶり……と言っても、つい最近のことなのですな、あの石像のことは。いや、今回おふたりにお越し願ったのはほかでもありません。また、大魔道士様と勇者様のお力をお借りしたいと思いまして」
(おいでなすった)
ポップは隣にいるダイのわき腹を肘でつついた。
覚えのある貴賓室。大きなテーブルを挟み、豪華な縫い取りのあるソファに座って伯爵は切り出した。
「以前、勇者様と大魔道士様は、雨雲を呼んで雷を落としたことがあったとか」
これはまた懐かしい話だ。
ダイとポップは顔を見合わせた。
「雲を呼べるなら、雲を晴らすことも出来るでしょう。お願いです。雲を遠ざけて、空を晴天にしてはいただけませんか。いえ、今日ではないのですが、明日、お願いしたいので、今夜は客室にでもお泊まりいただいて、それから」
「ち、ちょっと待ってください」
さすがのポップが口をはさむ。
「オレ達、その、まだ、引き受けるとは……」
「おや。引き受けてはいただけないのですか?」
断られることなど想像もしていないようにおっとりと伯爵が言う。
「いや、その……引き受けさせていただきます」
ポップの貫禄負けだった。
※
「まさか引き受けるとは思わなかったよ、オレ」
用意された客室で、飾り棚の上に整然と並べてある骨董品を見ながらダイが言った。
ポップは片方のベッドに座って肩を落としている。
「どーも胸をつかれるものがあってな……恐ろしいことに」
「ポップって、けっこう老人に甘いもんね」
ダイは苦笑した。
ダイの教育係のデリンジャー、庭師のスミスじい、大神官のフス長老、ナルド医師……ダイがちょっと思い浮かべただけでも四人もいる。
マトリフもそうだが、なんだかだ言いつつポップは、どんな狷介な老人でもいつのまにか心を開かせ、可愛がられるという特技を持っている。
どうもそれは、ランカークスの子供時代にあるらしい。
一度、ダイが聞いたところによると、
「ランカークスって村は過疎化が進んでてさ、若いモンはすべて街へ出てっちゃうわけ。残ってるのは必然的にじーちゃんばーちゃんばっかりでさ、その中で数少ない子供のオレは、めっちゃ可愛がられたワケよ。お菓子くれたりとかな。ンなもんで、お年寄りは大切にしましょうってのが骨のズイまで染みこんでるんだ」
たいして照れくさそうでもなくポップはけらけらと明るく笑った。
そんなポップをダイは可愛いと思う。
ランカークスのじーちゃんばーちゃんの気持ちがよくわかる。
「なに持ってんだ、ダイ?」
「わっ!」
ダイは無意識に出していた手をひっこめた。
それは俗にリンガと呼ばれる石の置物だったが、その形はどう見ても男性の某所そっくりだった。
性神崇拝の象徴だ。
ほかにヨーニと言われる、これは女性のものをかたどった物や、モノリス土偶やはにわに似た土像だのが、棚の上いっぱいに陳列されているのだ。
この悪趣味な物どもは、どうも伯爵の趣味らしい。
>>>2002/2/19up