もちろんポップはダイの気持ちに気づくことなく、
「うわははは。わ、笑っちゃいけないんだろうけどおかしいよな、ダイ。あ。また崩れた。いいカップルだよな、ほんと」
厚化粧に赤いヒールの老婦人と、とっくに死んで、骨だけになってしまった男のSM夫婦。
はた目にはギャグだが、夫婦は恐らく幸せなのだろう。きっと。
ダイはポップの肩を引き寄せた。
「オレ達もずっと、あんなふうであれたらいいね」
「なんだ? ダイ、オレに苛められたいのか? そういやおまえ、マゾっ気あるしなー。今でも充分不幸だと思うのに、オレにくっついてるし」
「馬鹿。オレは幸せだよ。ポップがいて……レオナがいれば、ほかには何もいらないくらいに」
「おや。おふたりはそういう関係だったんですか?」
と、ラカン伯爵。ポップはひとも動じずに、
「うっせえ、見てんじゃねえよ。見せモンじゃねえぞ!」
ポップは否定しなかった。
それがまた、ダイを喜ばせた。
「秘密だよ、ラカン伯爵。オレとポップがこういう関係だってことは。パプニカでも数人しか知らないトップシークレットなんだからね。もし、伯爵のせいでこのこことが外部に漏れたら、そのときは容赦しないよ。相応な報復をさせてもらうからね」
ダイが人を脅したのは、これが初めてだったかもしれない。
それをどう受け止めたか、ラカン伯爵は、ただ静かにゆっくりとうなずいた。
※
日付け変わって、ジャンク屋二号店。
ベッドの上でポップは、うんうんうなっていた。
「三十八度五分」
くわえさせた体温計を引き抜いて、水銀の目盛りを見ながらダイが言った。
「カンペキに風邪だね。いくら雪がやんでても……やませてても、寒いなか一日中歩き回るからだよ」
「やがまじい」
かすれた声で反論する。
その咽喉を、ダイはひょいっと覗きこんで、
「あー。咽喉まで腫れちゃってる。痛いだろうけど、お水飲む? 咽喉渇いたでしょ? それともオレンジの方がいいかな。風邪にはビタミンCを摂るのがいいんだってさ」
「じぼってジュースにじでぐれ……」
「了解」
ダイは紙袋をあさって、買い出してきた食料の中からオレンジを二個取り出した。
なんとなく楽しそうだ。
寝室に置いてあるちょっとした書きもの机の椅子に座って、周到に用意したくだものナイフですぱっと半分に切り、ぐしゃっとつぶしてコップについで一丁上がり。ちなみにコップは水差しと一緒に置いてあったヤツである。
「ぜめで手ぐらい洗っで欲じがっだ……」
ダイは手で握りつぶしたのだった。
ダイはにっこり笑うと、
「まあまあ。こまかいことは気にしない。そのままで飲める? 起こしてあげようか?」
軽くうなずくのを見て、ダイはポップの背中をかかえ起こした。
ひっくり返ったりしないように、枕もとに座って支えてやる。
少々無理のある姿勢だが、ダイにはなんでもなかった。
「ゆっくり、ゆっくりとね、ポップ。むせたら大変だから」
かいがいしく世話を焼きながら、ダイはささやかな幸せに浸っていた。
(平和だ……!)
ポップが寝込んで動けないというだけで、どうしてこう世界は平穏を取り戻すのか。
わけのわからない階下のアイテム達も、店主の不調を感じ取ったのかやけに静かだ。
ずっとこんな日が続けばいいなあ、と、ダイは願わずにはいられなかった。
反面、ダイは雨戸を閉めた窓の向こうを思いやった。
外は吹雪をともなった暴風雨だ。
自然をねじ曲げた反動からか、昨夜未明から振り始めた雪は、昼になってもやむ素振りもない。
それとこれはポップには内緒にしていたが、今朝早くアッピアシティの自警団から連絡があった。
「アッピア共同墓地で、大量のスケルトンやゾンビー達が起き上がって、吹雪の中踊り狂っています。鎮めるために申し訳ありませんが、勇者様と大魔道士様のお力を貸して頂けませんか」
ダイは断った。ポップが風邪を引いていたからだ。
それが例えポップの魔法の余波で、復活した……墓石や上にかぶさっている土のせいで、外に出るのに時間がかかった死者達だとしてもだ。
今の時間のジャマはさせない。ポップがおとなしくダイの言うことを聞いたり、甘えたりしてくれる機会なんて、年に一度あるなしなのだから。
「だいぶ汗をかいてるね。それ脱いで、こっちの着て。はいタオル。汗ふいて……あげようか? いいの? 残念。あ、ヘンな気なんて起こしてないよっ、ンな目で見るのやめてよ」
結局、着替え終わるまで廊下で待つことになったが、熱でうるみがちの目で睨まれても恐くも何ともない。ダイは思わず忍び笑いをもらした。
熱のあるときにヤッたら気持ちいいとか聞くけど、さすがに三十八度五分は高熱すぎて、むりやりヤッたらやばいかなあ。
まあ、それならそれでいいか。熱がある程度下がるまで待てば。
微熱になったら久しぶりに襲っちゃおうかな? だいたい最近のオレはおとなしすぎだ。
ポップくらい、その気になればいつでも押さえこめるんだということを、もいっぺん体に教えておいてやらなくちゃ。
そーいやこないだもお預け食ったっけ……うう、情けない。
オレは勇者だぞ。本当なら、何やったって構わない立場なんだぞ。
あっちも大魔道士で、同じ立場なんだけど。
だから、今回は。
「ポップ、終わった? 入るよ」
ノックして、何もやましいことはありません、というさわやかな笑顔をつくってダイは寝室に入る。
ポップはベッドに転がっていた。汗を吸ったパジャマを床に捨てたままで。
パジャマをまたぐようにして近づいて、そっと上から顔を覗きこむ。
「ダイ?」
警戒した声。
今の自分の状態がよおくわかっているらしい。
「ねえポップ。風邪を早く治す方法……知ってる?」
「………?」
ダイの真意をはかりかねて、ポップは無言。
「移せばいいんだよ、人に」
ゆっくりとおおいかぶさり、触れあわせる。キス。
熱い口腔。じっくりと味わう。つめたい空気の中で、ポップの体だけが夏だった。
夏。老婦人の……夏。
これも、ラカン伯爵と、フランシス夫人がもたらしてくれたものなのかもしれない。
それなら、この商売も悪くはない。
ダイはそう思った。
< 終 >
>>>2002/4/1up