ポップに命じられて、墓石をひっこ抜いて、土を取りのぞいたのはダイだった。
ベンガーナでは土葬が主である。
もっと海辺の町なら水葬、という場合もあるが、この世界会では火葬だの風葬だの、ましてや鳥葬だのは行われない。
自分がけしかけた、ということもあってかダイはおとなしく作業をした。
ポップいわく、
「ガイコツ野郎がひつぎを突き破って出てくるのは不可能ではないが、時間がかかりすぎる。それに、見て気持ちのいいもんじゃない。土の下からうめき声が聞こえて、次に、ひつぎをこじ開けようとするガリガリと引っ掻くような音、ボコッと土を盛り上げて出てくる飴色に変色した腕……って、まだ変色するトコまで行ってないか。とにかく、オレは、そんな光景見たいとは思わないからダイに掘り返させてるけど、呪文唱えたら先に失礼させてもらうぞ。その後で心ゆくまで再会を楽しんでくれ。伯爵、謝礼忘れんなよ」
ドスのきいた声で、フランシス夫人ではなくラカン伯爵に念押ししてから、ポップはそこらに落ちていた枝で魔法陣を描き、犬猫をはらうようにダイと伯爵達を遠ざけてから、坊主は改めて掘り返した墓穴の前に立った。
シャツのポケットにでも入れていたのか、何故そんなものを持っているんだ、と言いたくなるような触媒らしき黒い粉を指でつまみ落としながら、低く呪文を唱えはじめる。
「……アルファにしてオメガ、大いなる至高の夜の公爵よ。豹と獅子と狼と、幽冥の門を守護する獣の咆哮によりて、永遠の眠りにつきたる死者の魂を、今一度この現世に蘇らせたまえ──ザオリク!!」
ゴト……ッ、ひつぎの蓋が揺れた。
「げ」
ポップは顔を青くして、素早くダイの立っている場所まで駆け戻ると、がっきとく美にしがみついた。
「ダ、ダ、ダぁイッ、お棺が動いたようっ。気持ちが悪いよう、あっこから何か出てくるよう。だから、早く帰ろうぜええっ」
自分でやっといて……、とはおくびにも出さずに、ダイはポップの背中をぽんぽん叩きながら、
「呪文が成功したんだから良かったじゃないか。とにかく、もう少し様子を見ていこうよ。もし何か危険でもあったら大変だし」
言いつつ、ポップに抱きつかれて内心ラッキー、とちょっと嬉しいダイだった。
「ほら、ひつぎが動いて……出てくるよ。あ、フランシス夫人」
ダイの声にポップと伯爵が視線を移すと、ちょうどフランシス夫人がドレスの裾をからげて走りながら、目に涙をためて大きく叫ぶところだった。
「エドガ─────ッ!!」
その声に呼応するかのように、ひつぎの蓋が持ち上がり、
「フランシス─────ッ!」
洗ったように真っ白な骸骨が立ち上がった。
「エドガー!」
「フランシス!!」
長い間離れ離れになっていた夫婦は、お互いの変貌など気にも止めずに近づき、駆け寄り……抱き合うかに見えた、そのとき、
カランカランカランっ。
と、まるで木製のドアベルのような音をさせて、骸骨が崩れさった。
夫人の回し蹴りがキマッたのだ。
「おお!?」
見物人一同。
「ほーっほっほっほ! 相変わらず面白いように当たること!! あなたってば昔から、スキだらけだったですものねえ!? この私が十年や十五年あなたに会えなかったからといって、感傷的になるとでも思ったの!?まだまだ甘いわね、さあ、お踊り!!」
ムチを取り出し、上下左右に振る夫人。
「あっ、あっ、ああっ」
カラ、カラ、カラ、と声と同じリズムで壊れては元に戻ろうと、人骨という名のパズルが組み合わさっている。
「……言ってることさっきと違うんじゃないか?」
「照れてるんです」
「そ、そうかなあ?」
ポップの疑問に伯爵が答え、いまイチ納得してない顔でダイが首をかしげる。
「ほほほほ。ああ、いいわ。この手応え、この感覚、やっぱりエドガーでないとこの感じは出ないわ。さあ、エドガー。ムチ打ち三百回の続きをしてあげる。涙を流してお喜びなさい」
「ああっ、女王様ああああああっ!!」
小気味よいムチの音と、乾いた骨がたてる愉快な音。
えんえんと続く哄笑と、まぎれもない嬌声。
「………」
見ていた三人はつい、無言になっていた。
「えーと……」
ようやく口をひらいたのはラカン伯爵だった。
「骸骨って、口をきけたんですかな? 大魔道士様」
「そういや不自然だな。声帯もないくせにナマイキだ」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
腕組みしてうなずくポップを横目で見つめるダイ。
さっきまで怯えて早く帰ろうなどと言っていたのがウソのようだ。
切り替えが早いのはポップの長所だが、早すぎるのも何だかなあ……と、ダイは寂しくなった手の中を見ながらうらめしく思った。
>>>2002/3/26up