薫紫亭別館


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サヴァヴィアン

「ダイ。ロリコン誘拐か?」
「ちがうよッ!!」
 いつものようにベンガーナのポップの武器屋をたずねたオレに対して、ポップは開口一番そう言った。
 しかし、それもムリはなかったかもしれない。
 オレは七、八歳くらいの、いって十歳にも満たない少女を連れていたのだ。
 連れていた、というのも正確じゃない。
 少女は意識を失って……眠っているのかもしれないが、人事不省で何をしても目を覚まさないので、オレは横抱きにかかえてきたのだ。
「いいからちょっと診てやってよ! ひどいよ、この子、ゴミ捨て場に捨てられてたんだ。オレが気まぐれを起こして、もしあそこを通りかからなかったら、あのまま回収されて埋め立てに使われてたかもしれないんだよ! まだこんなにちっちゃいのに、かわいそうだよ」
「……まさか人間を回収しやしないだろうが……ふん、どうやら本当みたいだな。服も汚れきってるし、独特の、すえた匂いがするよ。しかしなあ、犬猫の仔じゃあるまいし、人間を、しかもここまで大きくなった子を捨てたりするか? それによく見ろ、この子の身につけているドレス、これは相当高価なものだぞ。ちょっとそのへんの庶民に買えるシロモノじゃない。察するに、これはどこかの貴族か豪商の子で、迷子にでもなってゴミ捨て場で寝てたんじゃないのか」
 ふんふん鼻をひくつかせながら、ポップはそこまでを見てとった。
 さすがだけど、オレにはまだ腑に落ちないことがあった。
「それほどいいとこのお嬢さんなら、お付きの者や、お供くらいついてるよ。それに、なんだってゴミ捨て場なんかで寝なきゃいけないわけ? もっと他にいい場所がありそうなもんだよ。それに迷子なら、番所の護民兵か親切な誰かが見つけてくれるよ」
「ずいぶんムキになってるなあ。惚れたか? この子に。この子、かわいいもんな」
「ば……ばか! いいから、早く診察してあげてよ!」
「オレは医者じゃないんだが……」
 言いながらポップは少女の上にかがみこんだ。
 実際、かわいい少女だった。ふわふわしたプラチナ・ブロンドの巻き毛を、少しだけとって頭のてっぺんで水色のリボンでとめて、着ているのも同じ水色の、たくさんフリルとレースをあしらった、ちょっと懐古調のドレスだった。
 いまどき、こんな大仰なドレスを着ていたら、面と向かってではないまでも、こそこそと影で指さして笑われるかもしれない。少女の親というのは、一体どういう趣味の人なんだろう。
「……ん?」
 床に寝かせて、脈をみたり骨折がないか調べたりしていたポップが、いぶかしそうな声をあげた。じっとその様子を見守っていたオレは、不安になって聞いてみた。
「どうしたの、ポップ! なにか、悪いところでも見つかったの!? それなら早く回復呪文かけてあげてよ。ポップの魔法なんて、こんなときくらいしか役立たないんだから」
「黙れ、ダイ。……この子は人間じゃない。プランツ・ドールだ」
「プランツ・ドール……?」
 オレはくりかえした。
「そうだ。実物を見るのは初めてだが……見ろ」
 ポップはいきなり、力をこめて、ツメで少女の手首をひっかいた。
「うわ……っ! 何するんだよ!!」
 オレは抗議の声をあげた。
 それをさえぎって、ポップはよく見えるように手首をオレに向けた。
 手首には、ポップのひっかいたあとがちいさく傷になっていた。
 しかし、そこからにじんでいるのは血ではなかった。
 なにか、得体の知れない、ちょっと緑がかった、透明な液体だった。
「……わかったか? これは、葉脈を流れる水だ。この子には血が流れてないんだ。それでどうやってこんなふうに育つのか、ちょっと聞いてみたい気がするが……このへんじゃ、プランツ・ドールを扱ってる店なんて無いしな」
「だから、プランツ・ドールってなんなんだよ!」
 しびれを切らせてオレは言った。
 ポップはちろりとオレを一瞥してから、答えた。
「プランツ・ドール……観用少女だ」
「かんよう……少女……?」
「そう。昔から、金持ちの究極の道楽として知られていた人形だ。オレたちにゃまず関係のない話だが、レオナあたりなら知ってるだろう。見たことはなくても、噂くらいは」
「………」
「なんでも、目の玉が飛び出るくらい高価だって話だぜ。とてもとても払える金額じゃない。そんな高価なものを、なんだって捨てたりしたんだろう。養育費が高すぎて養えなくなったのかな……ありそうな話だ。でもそれだって、どこかに下取りに出したり、引き取ってもらえばいいようなモンだけどな……」
 ポップは勝手に納得してぶつぶつ言った。
 オレは黙って聞いていたが。ぜんぜん要領を得ないので、また質問した。
「ポップ、お願いだから、もう少しオレにもわかるようにしゃべってよ。この子、人形なの? 植物なの? それなのに養育費がいるの? でも、オレには、この子はふつうの人間の女の子に見えるよ。……そのう、そりゃ血は流れてなかったけど。でもまだ信じられないよ」
「ああ……悪かったな、ダイ。でもちょっと待て。とりあえず、回復をかけてからだ」
 ポップは少女に向き直ると、手をかざし、回復呪文をとなえた。
 ふわっと光が広がって、その光は、すべて少女の体に吸い込まれていったように見えた。
「もう大丈夫。人形といえど、生きてることには違いないからな。回復呪文ってのは便利なモンだ。回復が使えなかったら、オレ達は、この子が枯れていくのを黙って見ているしかなかったかもしれないぞ」
 オレをふりかえってポップはにやりと笑った。

>>>2001/8/29up


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