「つまり、観賞用の少女なんだ」
「はあ?」
台所でオレは少女を膝にのせて、ポップがミルクをあたためるのを見ていた。
珍しいことだ。ポップは牛乳がキライなのに。
「もちろん人間じゃない。いずれ何かの魔法でつくられた生きものには違いないが、人形にも間違いない。それに植物でもある。世話のしかたが悪かったら枯れるし、色ツヤも悪くなる。でも動くこともできる。エサを食ったり着替えたり、風呂やトイレも自分でできる──はず。まっとうに売られていたものなら、ね」
そこでポップはミルクをカップについで、
「エサは一日三回、あっためたミルクを与えるだけ。あとは週に一回の砂糖菓子、ほかのものをやったら変質したまうぞ」
「ああ、それでミルクを?」
なるほど。
「もっとも、この子は」
ミルクを鼻先につきつけるようにしても、少女は目を覚まさない。
ポップが痛ましそうにため息をついた。
「この子は盗品……かもしれないな」
「盗品!?」
びっくりしてオレは叫んだ。
「うん……観用少女は、買った持ち主にだけ目を覚まして、にっこり笑いかけるんだ。でもこの子は眠ったままだ。そのあと捨てられたにしても、まだ目覚めてもいない少女が売られるなんて聞いたこともないよ。だから、たぶん……」
「だから、盗まれ……お店からさらわれてきたっていうの? どうして!? この子が欲しければ、ちゃんとお金を払って買えばいいじゃない!」
「だから、観用少女ってのは、自分で主人を選ぶんだよ。いくら金を積んだって、選ばれなかったら売っちゃもらえないんだ。そういうことには厳しいらしいからな、観用少女を扱う店は」
「………」
オレは少女をぎゅっと抱きしめた。
「それじゃ……どうすればいいの? この子がこんなに汚れているのは、捨てられたからじゃなくて、その泥棒のせいなの!? そんなの許せないよ。だって……この子は、こんなに可愛いのに。ロクに世話もできないんなら、盗むなんてことしなきゃ良かったんだよ」
少女はちいさくて、この体に血が流れていないなどとは信じられないほど温かく、やわらかく息づいていた。顔だけはかたくしぼった布で拭いてやっていたのでキレイになっていたが、その目はやはり閉ざされたままだった。
「……そのとおりだな、ダイ。とりあえず、おまえが世話をしてやれよ」
「オ、オレが!?」
ポップはずいっと顔を突き出して、
「オは、この子を売っていた店を調べるから。それに、知ってるか? 観用少女のエサは、ミルクや砂糖菓子ももちろんそうなんだが、一番の栄養は愛情、だそうだぞ。ダイが愛情をこめて世話すれば、その子もおまえを主人と認めてくれるかもしれない。ま、頑張れよ」
オレ達は少女をヴィアンカと名付けた。
ポップの提案だ。
ヴィアンカという名前も、どこからひっぱってきたのか知らないけど、響きが綺麗なのでオレも同意した。
しかしそれからオレは途方に暮れた。
世話って……世話って、どーすればいいんだ!?
だってミルクは飲まないし、つまり食事はポップの回復呪文に頼るしかないし、着替えは……まあ、レオナの子供の頃の服もらってくりゃいいか。すると、後は、
「……おフロ!?」
じたばたじたばた。こんなに汚れちゃってるから、洗ってあげなきゃいけないのはわかってるけど、この子、この子、女の子じゃないか。
いくらちいさくても人間でなくても、女の子のふっ服を脱がせてお風呂に入れるなんて、そんな、そんな、ポップを相手にしてるんじゃないんだから。
「……なに悶えてんだダイ」
出かける様子のポップが後ろから声をかけた。
天の助け。オレは飛びついて行って泣きついた。
「なんだそんなことくらいで。心頭滅却すれば火もまた涼し、ヴィアンカが男の子に見えるように暗示をかけてやろうか? でもピグマリオンコンプレックスにショタまで併発しちゃ救いようがないな……そうでなくともホ○なのに。いや両刀か。それについちゃヒトのこと言えた義理じゃないが」
「わけのわかんないこと言ってないでなんとかしてようッ!!」
ポップはなんとかしてくれた。
『なめとこ亭』のハンナおばさんを呼んでお風呂に入れてもらうことにしたのだ。
『なめとこ亭』はオレとポップがよく行く大衆食堂で、ハンナおばさんはそこのおかみさんだ。
ポップは外出のついでにおばさんに声をかけて、オレはそのあいだにたらいにお湯をいっぱいにした。
「まあまあ。なんて可愛いお嬢ちゃんなんだろうね。きっとこの子は美人になるよ、それなのに、捨てられてたって? ひどいことをする親もいるね。あたしなら、こんな可愛い子はずっと手元に置いて、いいこいいこしてあげるけどねえ」
ポップがどう説明したのかわからないが、おばさんはずっと眠ったままのヴィアンカを怪しむこともなく、オレのように人間の女の子だと思って、手際よく髪と体を洗ってくれた。
ちなみにおばさんには息子が二人いるが、ベンガーナの首都で兵隊になっていて、めったにこっちには戻ってこないらしい。
「ありがとう、おばさん。オレ達だけじゃどうにもならないところだったよ。お礼に今夜の仕込み手伝うよ、忙しいところ来てもらったんだから」
「いいさ、そんなの気にしちゃいないから。それに、ダイちゃんにはこの子の世話をするっていう、大事なお役目があるんだろ? ポップちゃんが言ってたよ。可哀相に、この子は捨てられたショックで起きているのが面倒になったんだって。ダイちゃんがオレが起こしてみせるって張り切ってるから、協力してやってくれってさ」
「………」
ああ、そういうふうに説明したんだ。
相変わらずポップは、要点を簡潔にまとめて説明するのがうまい。
よく聞くと相当ムチャクチャな話ではあるんだけど、無理なく納得させてしまうところが、ポップのすごいところかもしれない。
「どうもありがとう、おばさん。今度また、すぐにポップと食べに行くからね」
おばさんに何度もお礼を言って、帰ってゆくのを見届けると、オレはクッションをたくさん置いた長椅子の上にヴィアンカを寝かせた。ブラシを取ってきて、まだ濡れたままの髪をすいてやる。
洗ってもらってふかふかの布で包まれたヴィアンカは、天使のようにあどけなく見えた。
地上に落っこちてきた天使。
天使は下界のけがれにふれないように、目を閉じて眠っているのかもしれない。
その目はいったい何色をしているんだろう?
目を閉じていてもこんなに綺麗なんだから、目をあけたらもっと、どんなに美しくなることだろう。
「おーい、帰ったぞ、ダイ」
店先で静かにもの想いにふけっていたオレに、情緒ぶち怖しの現実の象徴がばたんとドアを開けて戻ってきた。オレは多少がっくりしながら、それでも笑みをとりつくろって答えた。
「おかえり、ポップ。どこ行ってたの?」
>>>2001/9/4up