TIT FOR TAT
目を覚ましてオレは絶叫してしまった。
「なに────────ッ!?」
あるべきトコロに大事なものがなく、本来なかった場所にまあるいものがふたつ盛り上がっている。
寝ぼけてるのだろーかと頬をつねってみた。
痛い。夢じゃない。
し、しかしなんでまた、このオレが、よりによって、いきなり、『女の子』にならなきゃいけないんだ!?
※
「よおッダイ、女のコになったって!?」
楽しそうにポップが入ってきた。
ベッドのすぐそばの椅子に腰かけて、珍しそうにオレを見つめる。
オレがこんなになったことについて、ひとつの疑問も感じてないようだ。
「あ、けっこーかわいいじゃん。ダイが女になったなんていうから、どんないかつい女かと思ったら。いいんじゃねえ、ワイルドで。マァムをもーちょっとゴツくしたみたい、女の子だから名前はダイアナちゃんなんちって」
ポップは今はベンガーナで武器屋をしてて、パプニカにいるオレとは離れて暮らしている。でも、城とポップの武器屋とは、魔法の鏡のホットラインで結ばれていて、パプニカに異変でもあったらすぐに知らせられるようにしている。
今回その異変とは、オレの身に起こったことだった。すなわち、勇者でありパプニカの世継ぎの姫の婚約者でもある、ダイ──オレの、性別が変わってしまったことだ。
「ポップ!? ふざけないでよおおッ!!」
オレははんぶん泣きそうになりながら抗議した。
オレが女になったことは最高機密だ。とりあえず病気になったことにして、オレは自室のベッドで丸くなって、絶対に人前に出ないようにしている。
「別にふざけてないぞ。いや、マジいけるって。オレこーゆータイプ好みだからさあ、わざわざ男になんて戻さなくてもいいじゃんって思っちゃうんだよな。なんだったらオレが嫁に貰ってやろうか?」
「冗談じゃないわよ!!」
今度はレオナが入ってきた。ポップが来たのを聞きつけたのだろう。
ずかずかと部屋の中心にあるベッドまで近寄って、ポップを牽制するみたいにオレを抱いた。
「ダイくんは私の旦那さまにするんですからね。ポップくんにお嫁さんになんかさせないわよ。大体、ポップくんにはマァムもメルルもいるでしょうが」
噛み付くようなレオナに面白そうにポップは答えた。
「それはそうだけどさ、今のダイってばマァムよりグラマーでさ、女になって途方に暮れてるとこなんてやけに頼りなげで可愛くって、マァムとメルルのいいとこどりしたみたいな感じでちょうどいいんだもん。ダイならマァムみたいにオレをぶん殴ったりしないだろうし」
「ダイくんが殴らなくてもポップが殴るわよポップくん。言っとくけど私のほうがあなたより腕力あるんですからね。手加減せずやらせてもらうわよ」
「すばやさはオレのほうがあるからね。姫さんじゃ残念ながらオレをつかまえることは出来ないよ。オレがおとなしく殴られるのを待ってると思う?」
よく考えると、かなり情けないセリフをポップは堂々と言う。
「思わないけどここは私の城よ。衛兵に言って、いつでもつかまえさせることはできるわ。そうすれば、私は心おきなくポップくんを生殴れるってものだわ」
「そんなことしたら、その衛兵に、『レオナ姫の婚約者は女だー!!』ってでっかく触れ込むぞ。秘密にしたいんだろ? 姫さん」
「………」
レオナが沈黙した。第一ラウンドはポップの勝ちだ。
とと、冷静に判断してる場合じゃない。なんといっても、問題はオレのことなのだ。オレは苦笑いしながらあいだに入った。
「まあまあ、ふたりとも挨拶はそれくらいにして。とにかく、対策を考えようよ。いつまでも病気で通すわけにもいかないんだし」
レオナはさすがにすぐに頭を切り替えたらしく、軽く首をふって両手を組むと、
「それもそうね。ポップくんを呼んだのは、ダイくんを元に戻すことができるかどうか、なのよ。たまにはそのムダに強大な魔法力を役立ててもらおうと思って」
「そらまー、書物を調べりゃなんとかそういう魔法のことも出てくるだろう。けどよ、なんだってダイがこういうことになったのか、その原因は調べなくってもいいのか?」
「それはね。できれば解明したいけど、大至急解決したいのはダイくんを男に戻すことなのよ。そのあとで原因を調べてちょうだい。また女の子になったら大変ですもの」
「それを、オレがぜんぶ一人でやるわけ?」
ちょっといやそうにポップが言った。
「あたりまえでしょ。外部に洩らしたくないからポップくんを呼んだのよ。それができるくらいなら始めから人海戦術で、あなたを呼んだりしないわよ。後でそれらを報告してもらいますからね。サボッてたりしたら一発だから、せいぜい気合い入れて調べるのね」
ポップが反撃に出た。
「ちょっと待った。オレは、自分の店閉めてここに来てるんだぜ。日当くらいは出るんだろうな」
「ま、それくらいはね。……でどうかしら?」
レオナはそこだけ声を低めて、ポップにだけ聞こえるように言った。
間髪を容れずポップが叫んだ。
「少ない!!」
「妥当なセンでしょ。ポップくんの店があまりはやってないことくらい、こっちはお見通しなんだから。これだって、一日ぶんの売り上げじゃおっつかないくらいの金額のはずだわ。うまいこと言って水増しさせようったってダメよ」
レオナはすまして言った。くやしそうにポップは押し黙った。
でも、その口もとがおかしそうにゆがんでいるのもオレは見逃さなかった。
きっと、 レオナの言うとおりなんだろう。レオナに花を持たせて、むきになって否定しないところがポップのいいところだ。
顔だけ仏頂面をして、ポップはオレに向き直った。
「それじゃダイを借りるぞレオナ。なんたってコイツの問題なんだし、いかなオレでもあの膨大な書物の山からひとつだけを抜き出すのは時間がかかる。書庫にはオレの権限で誰も出入りせないようにするから、いいだろ?」
了解のしるしにレオナはうなずいて、オレはポップと直接ルーラで書庫へ飛んだ。
>>>2000/9/7up