それは、麦や稲の脱穀したあとの、ワラを束ねたもののように見えた。
太い束と細い束とを十字架のように交差させ、さらに太い束の片方の先を二割れにして、どことなく、人形のように見えなくもない。
そして、そうやってつくった人形には、『女』と書かれた紙がピンで止められていた。
「さあ、ポップくん。これの説明をしてもらいましょうか?」
皆がおそらく、なんとなくそれの用途がわかっていたと思うが、レオナは容赦しなかった。ポップは観念したのかそれとも開き直ったのか、妙に晴れ晴れとした表情で言った。
「見りゃわかるだろ。『呪いのワラ人形』だよ。もっとも、パプニカじゃあんまりポピュラーじゃないかもしれない。テランの一地方に伝わる、魔法力照準アイテムだ。この人形のワラの中に、呪いたい……っつーか、魔法をかけたい相手の髪とかツメとかを入れて使用する。本来はコレに五寸クギを打ち込んで、相手を呪い殺すっていう物騒なアイテムだが、オレは平和的に、ダイを女にするだけで満足したのだ。感謝しろ」
「えらそうに言ってんじゃないわよ!!」
レオナの怒りももっともだと思ったので、オレは仲裁に入ったりしなかった。
デリンジャーはあまりの展開に、魂が抜けたようにぼおっとしている。
「なんでわざわざそーいうコトするのよ!? 心配しちゃったじゃないの! 私が心労のあまり、円形脱毛症にでもなったら、どう責任とるつもりだったのよ!?」
……レオナもまだ混乱しているのか、少しばかり怒りのピントがズレているようである。もちろん、ポップは邪気など1ミリグラムも持ち合わせていないかのように笑って、
「そのときは世界中の理髪店を廻って、最高のカツラを見つけてきてやろう。ハゲの特効薬でもいいな。ま、魔法で生えさせることもできるだろう。これだけの文献を調べれば」
ポップは多少悪いことをしても、魔法でなんとか後始末できるから、ほかの人と比べて罪悪感、というのが薄い。しかしだからといって、何をしても、言ってもいいってもんじゃないだろう。
「ポップ待って。オレは、大抵のことなら許してあげられるけど、さすがに今回は許容範囲を超えてるよ。レオナに謝って、そして、なぜこんな事をしたのかその理由を言って」
凄味を利かせてオレは言った。大魔道士であるポップを押さえられるのはオレだけなのだ。
「………」
初めてまずった、という顔をポップはした。
眉をひそめて、不安そうにオレを見ている。いい気分だった。
あまり勇者をナメるんじゃない。
「レオナに謝って。ポップ」
「……ごめんなさい」
ポップは素直に言った。
「理由は?」
今度は口ごもった。下を向いて、言いにくそうに身をよじらせている。
オレはたたみこんだ。
「言いなさい、ポップ」
「──から」
「はあ?」
オレは聞きかえした。
「面白そうだったから」
アタマがまっしろになった。のは、オレだけじゃなかったらしい。
レオナもデリンジャーも、あんぐりと口をあけて、言葉もないようだ。
「せっかく手に入れたアイテムだから、ちょっと使ってみたかったんだ。本当に効くのかどうか、試してもみたかったし。でも、人を呪い殺すなんて冗談じゃなかったから、いちばん無難そうで、いちばん面白そうだったのが……」
オレを女にすることだった、というワケだ。
標的として考えて、いたずらを仕掛けても滅多に怒らなくて、つまりポップに一番甘い人物、としてオレはマークされたわけだ。パプニカとベンガーナに離れて暮らしているとはいえ、オレはしょっちゅう遊びに行っているから、髪の毛を手に入れるのもたやすかったろう。
「……呆れた」
と、何か言いかけるレオナをさえぎって、
「もうしないね? ポップ」
オレは言った。ポップはこくりとうなずいた。
「魔法を解いてもいいね?」
さらにうなずいて、ポップはレオナからワラ人形を受け取ると、ピンを抜いて、女と書いてある紙をビリビリに破り捨てた。
すぐにいつもの感覚が戻ってきた。
男の体だ。どこもかしこもゴツゴツとして、皮膚もカタくて、筋肉も盛り上がっているけれど、まだ完全には育ちきっていない、オレの体。
「やった! もとに戻ったぞ!」
喜びのあまりつい叫んでしまった。
その隙に、ポップはするりと窓へ駆け寄って、飛翔呪文をとなえた。
「ポップ!?」
「大魔道士のばーか、べつに永久にってわけじゃなし、もう少しオレにつきあってくれたっていいだろ! せっかく似合ってたのに。好みのタイプだったのに。ダイのわからんちん、お前の顔なんか当分見たくないやい。ふんっ」
窓の外からあかんべえをして、ポップは言いたいことを言うと、ルーラで何処かへ消えていった。
残されたオレたちは呆然として、しばらくポップの去った空を見上げていた。
「……子供かい」
まったく。口の中でオレはごちた。
茫洋状態からさめたレオナは怒ってぷりぷりしていて、こっちだって、あンたの顔なんか見たくないわよとか言っている。それを、なんだかんだ言っても二番目にポップに甘いかもしれないデリンジャーが、まあまあとなだめている。
オレは微苦笑をうかべた。
困ったヤツだなと思いつつ、どうしてもポップを憎むことができないのだ。
「レオナ。なぜポップのしわざだとわかったの?」
オレは話をそらせた。誘導がどうとか言ってたけど、それだけではオレにはよくわからなかった。
「ああ、それはね」
デリンジャーにまくしたてて、多少は気がすんだらしいレオナは、あっさりと説明してくれた。
「初めから随分、ポップくんて原因にこだわってたじゃない? やる気もなさそうだったし、混乱も疑問も感じてないようだったし。本気で怪しいな、と思ったのは、朝、ダイくんの話を聞いてからよ。犯人が、宮廷の内部にいるって目を向けたかったのね、きっと。余計なことするからボロが出るのよ」
くすくすとおかしそうにレオナは笑った。
オレは今朝のことを思い返していた。
そういえば、確かにレオナはいぶかしそうに、念を入れて効き返していた。
あのときから、レオナは感づいていたということか。
オレがそう言うと、
「あたりまえじゃない。だてに一国を統治してるわけじゃないのよ。臣下の人となりを見定めたり、各国の使節との、生き馬の目を抜くような駆け引きも私がやってるんだから。ダイくんも、私の片腕くらいにはなれるよう頑張ってね。期待してるわ」
さすがの答えだった。
勇者と大魔道士の二人がかりでも、女王には及ばないらしい。
オレは脱帽したいような気持ちで、自信に満ちて言い切ったレオナをまぶしく見つめた。
尊敬のまなざしを向けながらも、デリンジャーは申し訳なさそうに、
「すばらしい観察眼ではございますが、……その、姫、あまりひどくポップ様をお責めにならないでいただけると……」
「わかってるわよ、デリンジャー。でもいいのよ、あれくらいやったってポップくんて効くようなタマじゃないし、ほとぼりが冷めるまで、パプニカにもベンガーナの店にも寄り付かないでしょうよ。次に会う頃には私も忘れてるわ。もっとも、またすぐに騒動のタネを持ちこんでくるでしょうけど」
そのレオナのことばで今回の事件は終わった。
※
終わったけれど、終わってない人物もいる。
オレがそうだ。いつもならオレもすぐに水に流して忘れるんだけど、今回はちょっとしたおまけがついていた。
レオナはポップの手荷物を調べるとともに、ベンガーナのポップの店にも人を派遣して、調査させていた。そのとき手に入れたのが、あれと同じ、『呪いのワラ人形』だ。
オレはそれをレオナにねだって貰いうけて、今はオレの手元にある。
さあて、何と書いてやろうか。
さいわい髪の毛もすぐに手に入れることができた。
ポップが女の子になったら、さぞかし可愛くなるだろうな。
名前はやっぱりポピーかな?
オレは紙を取り出して、ペンでしっかり、
『オレに従順な女の子』
と、書いた。
< 終 >
>>>2000/10/16up