薫紫亭別館


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 すべての謎が解けたのは、その日の夕方のことだった。
 それは、俺のそんな殊勝な気持ちを、ふっとばすに充分なものだった。
 午後になって、お茶の時間を追えると、ポップは総決算だとか言って、昨日と今日とで見つけた多少でも可能性のありそうな呪文を、書庫でかたっぱしから俺に試しはじめた。
 どろん。
「あっ違う。こいつは学名、トラキドザウルスっていうマツカサトカゲだ。いくらなんでもハ虫類じゃ、ダイがかわいそうだよな」
 どろん。
「む、これは世界最大のヤモリ、ラコダクチルス」
 どろん。
「ポールパイソンかあ。あまり面白くないな」
「………」
 面白いとか、面白くないとかいう問題じゃないと思うんだが。
 ハ虫類街道を突っ走りながら、俺は我が身を哀れんだ。
「お、これはただいま人気爆発、愛らしさ抜群のマーシャルフェレット。やった、ホ乳類に昇格したな。もう少しだ」
 どろん。
「ポップ様……」
 デリンジャーが、ようやく俺の気持ちを代弁してくれた。
「本気でもとに戻す気がおありなのですか、ポップ様?」
「あるとも。文句があるなら、資料の呪文を書いた著者にいえよ。ダイが巨大ベルツノガエルになってしまったのは、オレの責任じゃないぞ」
 ハ虫類街道の次は両棲類か。
 オレはもう既にあきらめの境地に達していた。
「しょうがないな。せめて今までの呪文を解いて、人間に戻すか。たとえ女の子の姿でも、ハ虫類や両棲類よりマシだろう。
 長い息をひとつ吐いて、ポップは改めて魔法書を見ながら解呪のことばを唱えた。次の瞬間、オレはここ二日ですっかり見慣れた、女の子の姿に戻っていた。
「……オレっていつまでこのままなんだろう……」
 計らずもぽろっと本音が出た。
 ポップがそれを聞きつけて、肩に手をかけた。
「まあそう気を落とすなよ。お前が女の子でもハ虫類でも両棲類でも、オレはダイが好きだよ。恥ずかしくってパプニカになんかいられないって言うなら、いつでもベンガーナのオレの所で引き受けるから。な?」
「ポップ……!」
 ポップは普段はおちゃらけていて、不マジメで無責任でどうしようもない奴だが、やるべきところはキメる男だ。オレは不覚にも、じーんときてしまった。のだが。
「ベンガーナで新・ニューハーフの店なんて開いたら儲かるぞ。ある日突然男から、女になった手術いらがのお手軽おかま。店名は、ママの名前のダイアナからとって、『月の女神たち』。さっそくニューハーフの従業員と店舗さがしだ」
 前言撤回!
 ポップは本当にただ面白がっているだけらしい。
 なにがママだ。大体いつオレが、ダイアナに改名したっていうんだ。
「ポップ様! 人をからかうのもたいがいになされませ!!」
 さすがのデリンジャーも、この物言いには怒髪天をついたらしい。
 珍しく大声でポップをたしなめる。
「からかってなーい。オレは、やれば当たるだろうって言ってるだけだよ。ダイがイヤだって言えばそれで終わりなんだから、そんなに目くじら立てるなよデリンジャー。血圧上がるぞ」
「私の血圧など心配して下さらなくても結構です! 心配というなら、ダイ様の状態をこそして下さいませ。私は、姫からダイ様をもとに戻す手伝いをするよう言いつかっているのでございますからね。あまりおふざけが過ぎますと、いかな私とて、看過できなくなりますよ」
 ──デリンジャーがこんなに怒ったのを、オレは初めて見たような気がする。のほほんとしていたポップも、ちょっと意外という顔をしている。
 ポップも多少はやりすぎたかなと反省したらしく、
「……わかった。真面目にやるよ。ちょっと待っててくれるか? 部屋からアイテム取ってくるから」
「アイテム?」
 オレがいやあな予感に襲われたときだった。
「その必要はないわよ、ポップくん」
 いつのまにか、レオナが書庫の戸口に立っていた。
 オレは名前を呼んだ。
「レオナ」
「一部始終、しっかり見せてもらったわよ、ポップくん」
 両手を背中で組んで、ゆっくりと大股にレオナはオレ達の所まで歩いてきた。顔には、固まった笑みが貼りついていた。
「な、なんのことかなあ!?」
 ポップは目に見えてそわそわとして、わざとらしく口笛なぞ吹いたりして言った。
「しらばっくれてもムダよ、証拠はあがってるんだから。へたに原因を誘導しようとしたのが運のツキね、悪いとは思ったけど、ポップくんの持ってきた手荷物の中身を調べさせてもらったわ。そうしたら、こんなものが出てきたの」
 レオナは組んでいた手をほどいて、背中に隠していたらしい証拠の品とやらを見せた。オレとデリンジャーは引き付けられるようにしてそれを見た。

>>>2000/10/15up


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