薫紫亭別館


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長距離走者の孤独

「ダイ君の様子がおかしいの」
 そう、レオナに言われてオレ……大魔道士ポップが岩屋から王宮に移ったのは、大戦から三年ほど経った頃だった。
 ダイはひょっこり、パプニカに照れ笑いしながら戻ってきた。半年くらい捜し回った後だったろうか。
 オレはマトリフ師匠の岩屋で修業していた。
 師匠が『オレが死ぬまでに全ての技ァ叩きこんでやる!』と張り切っていたからだが、師匠がそう長くないのはわかっていたから、これも孝行だと思ってオレは至極真面目に修業を続けていた。
 その師匠ももう鬼籍に入ってしまったけれど、その前にしっかり宿題を残していった。
 この狭い岩屋のどこに隠してたんだ、と言いたくなるようなおびただしい量の書物、それを示して、『コレを全部読み切らないうちは岩屋から他出ならず』と、ワケわからん遺言を残して師匠は逝った。マイペースなじじいだった。生涯の手本だ。
 遺言を破る気はなかったけれど、許せよ、師匠。
 だって女王陛下の正式要請だよ? ここもパプニカ領である以上、命令には従わなければいけないだろ?
 とまあ、建前は置いといて、いいかげん人恋しくなってたのも事実だ。オレはどっちかっつーと寂しがりやなのだ。こんな夜の重ささえ、肌で実感できるような一人の夜は、叫びながら灯りに引かれる蛾のように街に向かって飛んで行きたくなる。限界だったと思ってくれてよろしい。
 それに、これが一番重要なのだが──オレはダイに会いたかった。
 ここ三年、数えるほどしか会ってない。オレはここを動けないんだから、そっちから会いに来てくれたっていいだろうが馬鹿ヤロウ。
 オレは数冊の本を持って王宮目指して飛び立った。
 岩屋には目くらましの呪文をかけてきたから、オレ以外、誰が行ってもあそこに家があるなんざ思わないだろう。
 かなり軽い気持ちでオレは岩屋を出た。
 もうここに戻って来れないなんて、思いもしなかった。

                    ※

「大魔道士ポップ、御命によりてまかりこしました」
 少々時代がかった口調でオレは言った。
 レオナは進歩的な女性だが、決してこーいうのがキライじゃないのだ。特にこういう公の舞台では。
「ようこそご授来下さいました。この度はわたくしの我儘をお聞き入りくださり痛み入ります。どうぞ楽になさって下さい」
 それを聞いて、片膝ついて下げていた頭をオレは上げた。
 レオナは正面の壇上に一人座っている。ダイはというと……オレは素早く目を走らせた。いた。レオナの後ろに重く垂れ下がっている緞帳の向こうに、影になってよく見えないが確かにダイがいる。
 ダイってばこういう席に出られないのかな? そりゃまだがきだが、世界を救った勇者ともあろう者が。
「恐縮です。さて女王、この匹夫にいったい何用でございましょう。出来うる限り、尽力させて頂きます」
「大魔道士殿には、このわたくしの相談役と、いずれわたくしと共にこの国を統治する者の顧問教師として任官して頂きたいのです」
「任官……ですか」
「不満でしょうか?」
 不満も何も、そんな話なら来るんじゃなかった、とオレは思った。
 オレは宮仕えがでえっ嫌いなのだ。その辺りも師匠と似ているかもしれない。
「客分……ということでなら、承りますが」
 これならいつ出ていっても怒られないだろう。舌を噛みそうになりながらオレは答えた。
「結構です。お疲れでしょう、今日の所はもう休んで下さい。明日、正式な取り決めを致しましょう。誰か、お部屋に案内してさしあげて」
 兵士が一人進み出てきて、オレを謁見の間から連れ出した。そういう教育なのか無駄口ひとつ叩かない。オレは出そうになったため息を押し殺した。こんな所でまで大魔道士したくないぞ。
 どういう基準で選んだのか知らないが、オレが通されたのは王宮の西の対にあるかなり広い、一室だった。
 一室、というのは正確じゃない。まず近習や召使い達を置いておく小部屋があって、それから書斎兼応接間みたいな機能的で豪華な部屋、その奥にようやく寝室という三間続きだ。寝室にはクロゼットがついていて、どうもオレのために用意されたらしい衣装が山と入っていた。生地や型はオレ好みだったが、サイズが少々だぶついていたのは、オレがほとんど成長してないせいだろう。
 苦笑していると、ベッドヘッドに吊られている鈴が鳴った。誰か来るらしい。そりゃノックの音なか聞こえないもんなー、と感心しながらドアを開けに行くと、廊下におばさんが一人と若い男女が一組立っていた。
「お初に御目もじ致します、大魔道士様。私はニナ、召使いの頭をしております。このバジルとマーシャがこれより大魔道士様の御用をおおせつかります。なにとぞよろしくお願い申し上げます」
「ご、御用っ?」
 ついどもってしまった。
「はい。なんでもお申し付けくださいませ。バジル、マーシャ、ご挨拶なさい」
 威厳のカタマリみたいなおば……いや、召使い頭が言うと、慌てたように若い二人が自己紹介した。思いっきり緊張しているようだ。いや、緊張ならこっちも負けてはいない。
「ち、ちょっと待った! えっと、つまり、この二人はオレ付きの召使いってーことですか?」
「左様でございます」
「そ、それならオレ、結構ですから。自分のことは自分で出来ますから、お構いなくっ。今までもそうやってきたし、そんな、人を使えるような身分じゃないですしっ。オレのことは気にしなくていいですから、、どうぞこのままお引取り下さいいっ」
「そういうわけには参りません」
 ニナという召使い頭は微塵も動じた風もない。
「私は女王陛下直々に、大魔道士様のお世話をするよう言いつかりました。陛下が私のような下々の者と、直接口をきくことなど滅多にございません。私はその陛下の信頼にお答えすべく、もっとも躾の行き届いた若者を選んで参りました。もちろん私も御用をおおせつかりますが、特に選んだもの達を退けられたのでは私の役目が立ち行きませぬ。どうでも、お役につかせて頂きます」
「そ、そんな」
 このニナというおばさんは、その体格と同じようにでっぷりと動かしがたい人物らしかった。
 必死で表情を殺しているが、バジルとマーシャの二人のこの一触即発な空気に心配げなまなざしを向けている。
 しかし、おばさん一人御せぬようでは、大魔道士の名が泣く。
 オレは言った。

>>>2003/5/11up


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