「わかりました、ニナ……さん。そちらのお二人も。バジル君とマーシャさんですね? 色々ご迷惑をおかけすると思いますが、これからよろしくお願いします」
にっこり笑って言ってやった。オレの余りの変貌ぶりに三人とも唖然としているが、これからオレ流にゆっくり教育してやろう。焦ることはない。
「もう今日は寝ます。久々に人と会ったので疲れました。みなさんも今日のところは下がってください。ああ、もしかして、そこの小部屋で誰か宿直するんですか?」
「は。私が」
たいしてオレと齢の変わらなさそうなバジルが言った。
「それも結構。誰かいると思うと安眠出来ないし。心配しなくとも一度寝たら朝まで起きませんから、用事なんか無いですよ。だから、全員お引取りください」
にこやかに送り返そうとして、ふと気づいてオレは聞いてみた。
「あ、ダイはどこに寝てるか知ってる?」
「ダイ様はこちらと反対側の、東の対にお住まいです。念の為、夜はふらふらとお出歩きなさいませんように」
ニナにしっかりと釘を刺されてしまった。さすがは召使い頭、海千山千だ。しかしここで大人しく聞くような男ではない、オレは。
寝室の窓から外を見ると夕闇がおりてくる時刻だった。
しまった番メシ食いっぱぐれたような気がするが、何、どこが調理場かくらい心得ている。オレは別にこの城に初めて来たわけではないのだよ。大戦中はここを拠点に戦ったのだから。
もう少し暗くなってから、オレは窓から外へ出た。
闇に紛れてこっそりと、城の裏手にある調理場へと向かう。料理長が変わってないといいのだが。
料理長のチェスタトンは気のいいおやじで、人がいなくなるとオレとダイを調理場へ入れてくれて、つくり置きのお菓子や果物をよくごちそうしてくれた。
調理場は今まさに戦場のようだった。まずい所に来てしまっただろうか? まあ、少し待ってれば一段落するだろう。植え込みに隠れて様子を伺うことにする。と。
「大魔道士様!!」
オレは文字通り飛び上がった。召使い頭のニナが仁王立ちでこちらを睨んでいたからだった。
「な、何で……っ、どーしてここがわかったんだっ!?」
うろたえるオレに、
「大魔道士様の人となりは、うちの人に聞いてよーく知ってるんでございますですよ。あの方が晩ごはんも採らずに眠れるはずがない、きっと、こうして調理場にやってくるはずだってね」
「うちの人って……まさか」
そのまさかだった。ニナの後ろから料理長のチェスタトンが、ニヤニヤしながら顔を出した。
「キッタネエ。聞いてないぞそんなこと。チェスタトンとニナ……さん、が夫婦だなんて」
せっかく用意してくれた夕食を前にして言うことではなかったが、オレは言わずにはいられなかった。とりあえず料理をつくり終えて、調理場の皆も簡単な食事を採っている横でオレ達は話した。
「大魔道士様がいなくなられてから結婚したんスよ。あっしもこの齢まで一人でやってきやしたが、おかげさまで平和になりましてからは妙に胸の中が寂しく感じられて。そしたらこいつが一緒になってくれ、って言うもンで」
「何言ってるんだよ。大魔道士様の前だからってカッコつけんじゃないよ。どうしてもって花束持ってやって来たのはあんただろ。あたしは、ずっと昔の人の菩提を弔い続けて生きていこうと思ってたのにさ」
召使い頭は最初の印象よりずっと話せる人物のようだった。
やっぱり篭もってちゃダメだな。オレは反省した。まあ今は、職務を離れてチェスタトンのおかみさんとして話してるせいもあるのだろうが。
「あ、この魚の煮付けおいしい。相変わらずいい腕してるね、チェスタトン」
オレが料理をひと口食べてそう言うと、チェスタトンよりニナさんの方が嬉しそうな顔をした。
なんかいいなあ、とオレは思った。
「ダイもよく来るの? オレみたいに」
「いえ、ダイ様はポップ坊ちゃんみたいには」
「ちょっと。大魔道士様に対して坊ちゃんとは何だい。せめてポップ様と言えないのかね」
ニナさんがチェスタトンの口振りにすかさず注意した。オレは笑って、
「いいよ、坊ちゃんでも面映いくらいなのに。ニナさんもいちいち大魔道士様、なんて言いにくいだろ? ポップでいいよ。喋りにくいだろ?」
「私のことはニナで結構でございます、大魔道士様。私どもに気を遣われることはありませんよ」
「頭の固い女で」
「あんたにゃそう言われる筋合いはないよ」
オレはニナとチェスタトンの夫婦漫才を見ながら、結構楽しく夕食を採った。なんたかんだ言って、こーいうムダ話に飢えていたんだよなあ、と思った。
「ごちそうさまーっ。チェスタトン、ちょっと時間ある?」
オレはチェスタトンを連れて外へ出た。ニナには遠慮して貰った。召使い頭は、
「……余り大魔道士様に妙にこと吹き込むんじゃないよ」
と、夫に向かって言った。
チェスタトンはオレについてきて、
「なんでしょう? ポップ坊ちゃん」
「うん……察しはついてると思うけど、ダイについて、教えてほしいんだ。最近、変わったことある? 誰かとケンカしたとか」
料理長は困ったように頭を掻いた。
「特に喧嘩などは……」
「あ、そーいう暴力的な意味じゃなくて、例えば、パプニカの重鎮達と仲が悪いとか」
「いえ、それも。ダイ様は真面目に学問にお取り組みなさって、政治のことには口出しなさいませんから。お偉方の受けは極めてよろしいかと思われます。却って、早くレオナ姫と正式にご婚約なさって頂きたい、と言う者の方が多いです」
「ああ、そういやまだ婚約してなかったっけ……って、ダイの奴まだ十五歳じゃないか。ちょっと早いんじゃないか?」
「レオナ様は十七歳です。そろそろそういう話がどこからか出てきてもおかしかありません」
「けど、オレだって十八だが、婚約なんてしてないぞ」
アテはあるが。
「一般人と王族との違いでしょう。王家の方には世継ぎをつくることが必須ですから」
「うーん、いきなり話がナマナマしくなってきたな。ダイとレオナがねえ……まあ、お似合いではあるか……」
二人のそういうシーンを想像してしまって、オレは慌てて頭を振った。
「それじゃ、どこが問題なんだ?」
「はあ。あっし達には余りダイ様を拝顔する機会はありませんで……」
それもそうだ。自分みたいな方が珍しいのだ。自覚はともかく。
「そうだよな……ありがと、チェスタトン。とうせ明日はイヤでも会うんだから、そのときじっくり観察することにするよ。時間とらせて悪かったな、ゴメン。また来るから、おやつつくって待っててくれ」
「それはもう。坊ちゃんの好物を揃えておきます」
チェスタトンは長いこと頭を下げて見送っていた。
オレは手を振って応えると、部屋へ戻った。
窓から見た東の対には灯りが幾つかついていて、そのどれかがダイの部屋に違いなかったけれど、今夜のところはオレは大人しく眠ることにした。
>>>2003/5/14up