Fairy Tale
「『春の門』の司祭役!? はいはい、オレやる!」
珍しくポップが積極的に手をあげて発言した。
「どーしたのポップ君。キミが、自分から進んで立候補するなんて。でもダメ。司祭役はもう神官最長老のフス長老って決まってるの。この会議は長老のバックアップをする為にひらいてンのよ、わかってる?」
「え───」
レオナの言葉にポップは世にも情けない声を出した。
「私なら構いませんよ、姫さま」
いかにも好々爺、といった印象を与えるフス長老が口をはさむ。
「私ももう齢ですし、こんな老人が司祭役をやるよりも、まだ若くて強大な魔法力があるポップどのにやってもらったほうがいいでしょう。その方が、儀式にとっても良いかもしれません」
「やったあ! ほらほらレオナ、長老もこう言ってることだし」
「ポップ君は黙ってなさい! 長老、そんなことを言われては困ります。代々、司祭役は神官と決まっているのですから」
「……」
ポップとレオナとフス長老の会話を聞きながら、ダイはそっと、隣にいたアポロに質問してみた。
「……ねえ、『春の門』って何?」
アポロはちょっと意外そうな顔をして、
「ああ、ダイ君は知らなかったんだね。『春の門』というのは文字通りパプニカの春のお祭りで、別名を『妖精の門』とも言う。パプニカでは春は常春の妖精の国から、門を通ってやってくると信じられているんだ。その門を開けるために、司祭役が神官から選ばれるんだ」
「でも、ポップは神官じゃないよ」
「うーん、そこが難しいところなんだなあ。ポップ君の魔法力はこの世に並ぶ者がないくらいだけど、魔法力の大小だけが司祭に必要なものじゃないだろうしね。……でも、本当にどうしたんだろう? いつもこれ以上仕事を増やすなとか言って、会議だって半分寝てるのに」
「何か企んでるよね、絶対」
そう言って、ダイはレオナと口論しているポップに目を移した。ポップは椅子から立ち上がって、身を乗り出している。どうやら本気で司祭役をやりたいみたいだ。
ダイはそう見てとって、珍しくやる気になっている親友に加勢した。
「いいんじゃないか、やりたいんならやらせてあげれば。フス長老だってああ言ってくれてるんだし。それにオレ、『春の門』って初めてなんだ。その司祭役がポップだったら、きっともっと楽しいと思うし」
にっこりと無邪気に笑って、言う。
レオナが毒気を抜かれたのがわかった。
「……まったく、ダイ君には敵わないわね。そう簡単なモノじゃないのよ、パプニカ建国以来の伝統なんだから。でも、まあ……ダイ君がそう言うなら……」
「おっしゃ決定! サンキュな、ダイ。んじゃ早速祭壇の取り付けにかかるよ。これ見取り図? 貰ってくぞレオナ。あ、今からオレ、『春の門』にかかりきりになるから、通常のオレの仕事は三賢者に振り分けといて」
「……え? ちょっと、ポップ君!」
アポロの驚いた声を無視して、ポップはさっさと会議室から出ていってしまった。
「……けたたましいヤツだなあ」
「ひとごとみたいに言わないでよダイ君。キミがトドメ刺したようなものなんだからね。……すみません、長老。でも本当によろしいんですか? 神殿から何か言われませんか?」
フス長老はホッホッと快活に笑いながら、
「だてに長老と呼ばれているわけではありませんよ。ご心配はいりません、私に意見できる者など神殿にはおりませんから。それにしても即断即決、いつ見ても気持ちのいい若者ですな、ポップどのは。さて、私も行きます。今年の春の門は、神殿ではなく魔道士の塔がやることになったと説明せねばなりませんし」
フス長老が退室し、アポロや会議に出席していた者達も散って行くと、ダイはレオナと顔を見合わせた。
「……なに考えてんだと思う? レオナ」
「ろくな事じゃないのはわかるわよ。仕事をほっぽって遊びに出掛けるときとおんなじ顔してるわ。でも、ダイ君にも何も言ってないの? いつだって、サボるときは一緒にいるじゃないの」
「聞いてないよ。思うに、今回のは今日突発的に考えついたんじゃないかなあ。ポップがオレに相談に来ないだなんてこと、今までなかったもの」
「……まあ、いいけどね。儀式をきちんとやり遂げてくれれば、誰が司祭でも私はいいわ。でもポップ君も奇特ね、わざわざ自分から重荷を背負い込むこともないでしょうに」
「重荷?」
ダイは聞き返した。
「重荷に決まってるじゃない。神殿の面子ぶっつぶしちゃったんだから。『春の門』って結構大きいお祭りでね、年に一度の神殿の晴れ舞台なのよ。そうでなくともこの前の大戦のとき、神殿の祈りなんか何の役にも立たなかったことが知れ渡っちゃってるし、パーティの仲間にも神官はいないし、人心が神殿から離れちゃっても当然じゃない? その名誉回復のお役目をポップ君が横取りしちゃったんだもの。荒れるわよ、今回は」
「な、なるほど……」
魔道士の塔は創設されて三年だけど、それを兼ねるのが<大魔道士>ポップとあって人気はかなり高い。人材は国中から集まってくるし、その分だけ神殿に入る者が少なくなったというわけだ。これまでは、お金が無くても勉強できる場所は神殿しか無かったのだけど。神殿としてはここらで一旗あげて、人気を取り戻したいところだ。
レオナに説明してもらって、わかったようなわからないような気分でダイは廊下を歩いていた。
「マトリフさんも、こういうメにあったのかなあ」
ポップの師匠である初代大魔道士は、その昔は前パプニカ王に召抱えられていたが、そういう猥雑な人間関係に飽き飽きしてパプニカのはずれに隠居してしまった。
「……冗談じゃないよ! 神殿に苛められて、ポップが隠居したらどうしてくれるんだ。これはやはり、ポップを説得して元通りフス長老にやってもらった方がいいな」
自分が後押ししたことなどキレイに忘れて、ダイはポップを説得すべく北の広場に向かった。
※
「……ん?」
王宮には北の広場と呼ばれる場所があり、『春の門』や『秋の祭典』といった国をあげての行事にはそこが使われる。
ポップは、その広場の真ん中で準備を指揮している最中だった。
「どうかしましたか? ポップ様」
ポップに傾倒している魔道士の塔の学生が、何かに気をとられているような様子のポップに声をかける。
「ダイがこっちに向かってる。何か用かな? えらく急いでる。オレ、ちょっと行ってくるわ」
きびすを返して歩き出したポップを、慌てて学生は引き止めた。
「待ってくださいポップ様! ここの準備はどうするんです!」
「今日は今やってる所が終わったらもういいよ。どうせ夕方から雨になるし。せっかく準備したのに雨に濡れちゃうともったいないから」
ポップはそのまま駆け出して行ってしまった。
「雨……? こんなにいい天気なのに?」
「最近、占い師の能力も出てきたんじゃないか、ポップ様」
近くにいた学生の一人がそう言って、ポップを引き止めた学生に近付く。
「雨が降るとかダイ様がいらっしゃるとか。こういう予知みたいなのは占い師の領分じゃないか?」
「なんだイアン。ポップ様が新たな能力に目覚められるのは喜ばしいことじゃないか。さっきから聞いてると、おまえ、あんまり嬉しくないみたいだぞ」
「もちろん嬉しいさ。……でも、今でも強大過ぎる程の魔法力を持っていらっしゃるのに、これ以上別の力を開発されるというのは……」
「……イアン!」
引き止めた学生が嗜めた。
「違う! わかってるよルース。オレは、ポップ様が嫉ましいとか恐ろしいとか思ってるわけじゃないんだ。……ただ、不安なんだ。あの方の、巨大な魔法力が、人間としての範を超えて、ポップ様をどこかへ連れ去っていってしまいそうで。あの方は人間だ。人間なんだ。どうかいつまでも、あの方が地上におとどまり下さいますように」
「イアン……」
学友の、祈るような気持ちがよくわかる、とルースと呼ばれた学生は思った。それは、彼自身の想いでもあったからだ。
「大丈夫さ。パプニカには竜の騎士であるダイ様だっていらっしゃる。ダイ様を置いてポップ様がいなくなるなんて有り得ない。さあ、『春の門』の準備をしよう。本当に雨が降るのなら、早く終わらせて塔に戻りたいからな」
学友をうながしてルースは準備に戻った。そして思う。ポップがいきなり春の門の司祭役をかって出たのは何故なのか。もうひとつ上の段階を目指すなら、春の門とは格好の機会ではないのか。門を開けて、もしかしてそのまま向こうの世界に行ってしまうのではないか。
恐らくは聡い者なら皆、同じ考えを持っているだろう不安をかかえて、ルースは黙々と言われたことを実行した。
>>>2002/12/7up