さて、自分の教え子達がそんな不安を抱えていた頃。
「フス長老に司祭役を戻せえ? 冗談だろ、ダイ?」
広い庭園の芝生の上にぺたっとす割こんでダイとポップは話していた。
「何の話かと思ったら……今更ナニ言ってんだよ。これはもう決定してんの。おまえが味方してくれたんじゃないか。おまえが味方してくれなかったら、レオナだって納得しなかったぞ。せっかくオレがありがたーい気分で感謝してるってのに、台無しにするようなこと言うなよな」
「だって……」
ダイはレオナに説明してもらった事をポップに話した。
「ふんふん。それで、友達思いのダイ君は、無用の衝突を避けるために忠告しに来たってワケか。いやあ、ありがたいっホントーにありがたいぞっ。持つべきものは親友だなああっ」
ポップはいささか芝居がかった仕草で涙を拭くまねをした。
ちょっと皮肉に取れなくもなかった。
「それじゃ、フス長老に戻してくれるの?」
「お断り」
「なんだよそれ! さっきありがたいって言ってたじゃないか」
憤然としてダイは詰め寄った。
「友情とコレとは別物なんだよん。オレはねえ、春の門を開けたくて開けたくてしょうがないの。それこそ神殿から横取りしても、妨害されてもいいくらい」
「そんなにまでして春の門を開けたい理由って何?」
「………」
ポップはしばらく口をつぐんでダイの顔を見ていたが、
「……教えない」
ニヤッと笑って、言った。
「教えたってダイにはわからないもの。もしかして、フス長老にはわかってるのかもしれないな……もしそうなら、長老にはホント感謝しちゃうぞ。自分だって開けたかっただろうに、オレに役目を譲ってくれたんだから」
言いながらポップは、飛翔呪文を唱えてふわりと空に舞い上がった。
「何を言ってるのか全然わからないよ、ポップ!」
「わからなくてもいいって。ダイにはカンケー無いし。オレ、マトリフ師匠の所へ行ってくる。春の門の司祭役に選ばれたって、自慢してやんなきゃ」
「待ってよ! ポップ!」
行き先はわかっているのだから、追おうと思えば追えたはずなのだが、ダイはあえてそうしなかった。
ルーラを唱えてあちらを向いたポップの顔が、なんだかダイを拒んでいるように思えたからだ。
「フス長老ならわかる……? オレにはわからないって……? そんな事ないよ、教えてくれたらオレだってわかるさ。ひどいよ。自分だけ楽しんじゃってさ。ポップの馬鹿」
コツン、と足で小石を蹴りながら、つぶやく。
「フス長老か……」
ダイは意を決したように、きっ、と顔を上げると、フス長老がいるはずの神殿目指して走り出した。
どちらにせよ、ポップの説得が失敗だったのだから、今度はフス長老に働きかけるしかないのだ。認めるのは悔しかったけれど、今のポップの行動を理解しているのはフス長老だけらしい。彼に聞けば、ポップが何を考えているのかわかるかもしれない。それに、司祭役だって辞めさせることが出来るかもしれない。
いつだって、すべてを分かち合ってきた親友の、不可解な行動に悩みながらダイは走った。
※
「しっしょー! 起きろよ、起きろって。ビッグニュースなんだよお。そんな寝たフリしてないで、オレの話を聞いてくれよお」
高齢の病人に対する態度とは思えないやり方で、ポップは師であるマトリフを叩き起こした。
「……やかましいっ!! 人が寝ているときは静かにしろいッ!」
高齢の病人とは思えない態度でマトリフは怒鳴った。
「あ、よかったあ生きてたね師匠。冷たくなってたらどうしようかと思った」
「勝手に殺すな。師を師とも思わねえ弟子を一人前にするまでは、死のうったって死ねるかい。……んで、何の用だ。くだらねえ用だったら承知しねえぞ」
身を起こそうとするマトリフにさりげなくポップが手を貸して、背中にクッションをあてがっている。
奇妙な師弟関係は、絶妙に息があっている。
「へへー。オレ、春の門の司祭になったんだ」
「春の門!?」
いつもポーカーフェイスなマトリフが目を剥く。
「フカシこいてんじゃねえぞオラ。司祭は神官って決まってンだろーが。大体、てめえみたいな未熟者に司祭が務まるかい」
「それが務まるもんね。フス長老だって喜んで譲ってくれたもの。春の門の日には師匠も王宮に連れていって、見物させてあげるよ。その目で弟子の成長を見届けなよ」
満面笑顔の弟子を見ながらマトリフは大きくため息をついた。
「……いかん、すげー不安だ。コイツに務まるはずがない。こんな落ち着きのない、ヘラヘラした奴が司祭だなんて、今年の春の門は失敗したも同然だ。フスも何考えてたんだ。こんな馬鹿に司祭役を譲るなんて」
「それがたった一人の愛弟子に言うセリフかよ!?」
ポップも思わず抗議した。
「大丈夫だと言うなら証拠を見せろ。テストしてやる」
「いいよ」
無造作に返事をして、ポップはマトリフのベッドから離れた。
「よーく見ててくれよ、師匠」
ポップは直立不動の姿勢をとる。そうしてゆっくりと、呪文らしきものを唱え始めた。
マトリフはそんな弟子の様子を眺めていたが、やがてその目は大きく見開かれ、顔には明らかに、驚愕の表情が浮かんできていたのだった。
※
「そうですか。ポップ殿がそんなことを」
町の中心部より少し離れた所にある神殿に行き、ダイはフス長老に面会を申し込んだ。
すでに報告がなされていたらしく、あまり好意的な感じはしなかたっが、世界を救った勇者であり次代パプニカ王間違い無しのダイを追い払うことも出来ず、ダイは滞りなくフス長老に会うことが出来た。
「それはまあ、説明したところでダイ様にはおわかりにならないでしょうが……もう少し、噛み砕いて説明してさしあげてもよろしいでしょうに」
フス長老には本当にポップの思考がわかっているらしい。
今までポップの一番の親友を自認してきたダイにはつらいことだったが、今、教えを乞わねばますますポップとの差が広がっていってしまいそうで、矢も盾もたまらずダイは質問した。
「どうしてポップは春の門を開けたいんですか?」
剃るまでもなくつるつるに禿げあがったフス長老は、さてどう説明したものかと少々悩んでいたようだったが、
「……聞こえますかな? ダイ様」
「……え? 何がです?」
「あちらを」
フス長老は窓の外を指差した。
「雨の精霊がラッパを吹き鳴らしておりまする。もうすぐ雨になるでしょう。この世には人間以外にも沢山の種族がいて、目には見えなくとも沢山の種族がてい、その種族を見るには資格が必要なのです」
淡々と長老は話しだした。
>>>2002/12/15up