祭りの夜
「すっごい人手だなあ」
感心したようにダイが言った。
「ロモスの王様って人望あるんだなあ」
隣を歩いていたポップも感嘆して言う。
今日がロモス国王の生誕祭だとどこからか聞きつけてきたポップが遊びに行こうと言い出して、二人はロモスにやって来ていた。
「ダイ、あれ、具をうす焼きパンで巻いて食べるロモス特有のサンドイッチだぜ。あっちはここの特産リコリスの実のジュース。ちょっと行って買ってくらあ」
「ち……ちょっと待ってよ!」
あっというまに人混みにまぎれたポップを見失ってダイはため息をつく。
どうも祭りなどという幼児経験がなかったせいか、一人で置いていかれると途端に心細くなって辺りを見回してしまう。
たくさんの屋台の灯、焼かれる肉の香ばしい匂い。
楽しげな人々の笑い声、踊りの伴奏をつとめる吟遊詩人たちの勝利の唄。
よく聴くと、それは大魔王バーンを倒したダイ自身を讃える唄だったりする。
(うわあ)
ふだんパプニカの城の奥深くにいてほとんど街に出たことのないダイは真っ赤になってうつむいた。その唄に歌われているのが自分だというのが妙に気恥ずかしくて、こそばゆくてたまらない。
「ただいま、ダイ。ほらおまえのぶん」
ポップが戻ってきてサンドイッチとジュースを手渡した。
「ポップ……」
救われたようにダイは親友の名を呼んだ。
「オレ達の冒険ってもう唄になってるんだね」
「知らなかったのはおまえくらいだよ。オレなんかよく城下に出掛けるから、詩人達からあのときの様子はどんなだったとか、この解釈でいいかとか聞かれるぜ」
「そうだったの!?」
今明かされる意外な真実。ポップが詩人達に当時の状況を話していたとは知らなかった。
「そうだよねえ……オレ達の誰かが話さなきゃ唄なんかつくれないもんねえ……」
「魔道士の塔にもけっこう来るんだ、これがまた。さすがに姫さんや勇者さまには聞けないし、マァムはあんまり自慢するタイプじゃないし、ヒュンケルはあのとおり無口ときてる。話を聞くならオレくらいがちょうどいいんじゃないか? これでも一応、世界最強の大魔道士なんだけどなあ」
ぼやくわりにはポップの声に底意は感じられない。
むしろしょーがねーなあという温か味のある声で詩人達のことを話している。
(……あれ……?)
ダイは、そんなポップの言葉に胸を刺されたような気がした。
「それ食ったらもう少し大通りに出てみようぜ。楽の音が聞こえる、きっとパレードが出てるんだ。まだまだ食べなきゃいけない名物もあるし、ちんたらしてる場合じゃないぞ、ダイ!」
「……うん!」
胸をよぎった不安に蓋をして、ダイは元気よく答えた。
ポップと一緒だとなれない雰囲気にとまどった祭りも心ゆくまで満喫することが出来る。
ダイはパレードを見物し、踊りの輪の中に入れてもらい、おひゃらけたモンスターのお面をかぶせてもらって、初めてと言っていいこういう祭りを楽しんだ。
パプニカでも内輪のパーティや晩餐会が催されることはあったが、その場合は大抵正装させられて、勇者らしく振る舞うことを強要されたのである。
勇者という肩書きのないただの子供として祭りに参加することがこんなに楽しいものだとは思わなかった。
ダイが幾つめかのポップの持ってきてくれた名物料理にかぶりついていたとき、不意に後ろから声をかけてきた者があった。
「ポップ……ポップじゃないか?」
帽子につける緑色の羽根、吟遊詩人のしるしだ。
「あれ? えっとお、……確か……カトルじゃないか!? どうしたんだよひっさしぶりい。あ、そうかお祭りだもんなる吟遊詩人にゃ稼ぎどきだよな」
「その通り! ポップこそどうしたんだよ? おまえパプニカにいたんじゃなかったか?」
「オレが魔法使いだってこと忘れてないか? オレは瞬間移動呪文が使えるんだよ」
いきなり話が弾みだしたポップをダイはただただ見つめていた。
「ああ、ダイ。こいつ、吟遊詩人のカトルだよ。記念すべき魔道士の塔に押しかけた最初の詩人。こんな繊細なカオして中身はすげえ図々しいんだ」
そして詩人の方に向き直って、
「カトル。これがおまえの歌ってる大戦の主人公、ダイだ。知ってンだろ? 勇者様だ。サイン貰うなら今のうちだぞ」
「ゆ……勇者、ダイ……様!?」
初めてダイを見るほとんどの者がそうであるように、このカトルという吟遊詩人もこんな子供が……という目つきでダイを見た。
しかし口に出した言葉は違っていた。
「ポップってホントに勇者の仲間だったんだなあ」
「なんなんだおまえわ。オレが嘘をついてるとでも思ってたのか」
「いやそうじゃなくてさ……来いよ、ポップ。勇者様も。われわれの仲間を紹介します」
『ポップ』と『勇者様』。
かたや呼び捨て、かたや敬称つき。しかも名前ではなくパーティの役柄。
なんだか釈然としなかった。
ダイとポップはカトルに連れられて吟遊詩人の集っている広場に行った。
>>>2002/9/17up