沢山の緑色の羽根をつけた者達が二人を迎えた。
「よう! ポップじゃないか。お祭り見物かい?」
「ポップ! いいところに来た。なあ、親衛騎団で途中で髪生えたヤツって誰だったっけ?」
「おまえ、それでよく吟遊詩人が勤まるな……」
あちらこちらから声がかかる。ポップはそれに愛想よく答えながらダイを紹介した。
「こいつが勇者ダイだ。質問があったらこいつに言ってくれ。きっと、オレとは違う角度からの話が聞けるぞ」
たちまちダイの周りに人が集まる。
「勇者さま、竜の紋章って本当にふたつあるんですか!?」
「そんな決まりきった質問をするな、カルノー。勇者さまが困ってしまわれるぞ」
「カラミティウォールってどんな攻撃だったんですか!?」
吟遊詩人とはおしゃべりなものである。それで生計をたてているのだ。こうして話し掛けてくれたのは嬉しいが、未だ敬語なのが気になった。
「ダイでいいよ。……ねえ、それよりも、聞かせて。みんなポップの知り合いなの?」
それを聞いて吟遊詩人たちのあいだにやわらかい笑みが広がった。
「知り合い……と申しましょうか、われら故郷を持たぬ流れ身の詩人の身なれば、ポップはいつでも迎えてくれる家族のような者と思っております、ダイ様。本来ならばこうして口をきくことさえ適わぬ身分でございますが、そこの粗忽者のカトルが大魔道士様に目どおり適いお話を伺うのにとても気さくに接してくだすったと聞き及び、ぜひともわれらにもと願いたてまつればすぐにお聞き届けくださいました。何回も魔道士の塔に足を運ぶおり、いつのまにやら対等な口をきくようになっておりました。大魔道士様もそれでよいとおっしゃられ、今ではなにごとにも代えがたい友人です」
リーダー格らしい年配の詩人が答えた。
「オレは……そんなことがあったなんて知らなかった」
「無理もありません。魔道士の塔は同じパプニカの敷地内にあるといえ、距離にすればかなり離れております。勉学に励んでいらっしたダイ様が知らずともおかしくはないでしょう」
当のポップは少し離れたところでまた別の吟遊詩人と話している。
「おっしゃあ! よく見てろよ」
ポップは両手で光の玉をつくって空に放った。
その光はあるていどの高さまで上がると、ぱあんと小気味よい音をたてて弾けた。
魔法の花火のようだった。
「ポップ! もひとつ! もう一発頼むぜ!」
「あいよッ」
詩人が囃し立てるのまま、ポップは幾つもの花火をつくって空に放りあげた。
ぱんぱんと、何度も花火の弾ける音が聞こえる。
祭りを楽しんでいた人々も、この思いがけない夜空を飾る光の花を踊りや楽の手をとめて見上げた。
「大好評だぜポップ!」
ポップをとり囲んでいた詩人達が嬌声をあげた。
「火炎呪文の応用なんだが、うまくいったなあ」
照れながらそれでも楽しそうに言う。
そんなポップを見ていたダイに年配の詩人は語りかけた。
「……お気になりますか、ダイ様? ご心配をなさらず、われらはダイ様からポップを取り上げたり致しませぬ。あのように気軽に接しては頂いておりますが、ポップとて無論ダイ様とご一緒の方が嬉しいでしょう」
「そ、そんなつもりじゃ……」
……あるかもしれない。
「そうでございますか」
詩人は孫を見るような目つきでうなずいた。
「たいへん不敬とは存じますが……これから勇者様のことをダイ、とお呼びしてもよろしいでしょうか? 大魔道士さまもポップと親しく呼ばせて頂いておりますし、その方のご親友なれば、われらの友人とも同じこと。……いかがでございましょうか、ダイ様。私はマリウスと申します。私のこともただマリウス、とだけお呼び頂けたらと……」
ダイはしばらく黙っていたが、
「ありがとう、マリウス。もちろんだよ。最初っから言ってるじゃないか。オレもポップみたいに、みんなの仲間になりたかったんだ。これからは塔だけじゃなく、城の方にも来てもらえるよね?」
「光栄でございます」
「ほら、また」
なごやかにその場は切り抜けたが、恐らくマリウスという年配の詩人にはわかっていたに違いない。
さっきの言葉は嘘ではない。ダイも詩人達と友人になりたかった。
しかしそれ以上に、
嫉ましかった。
ポップのそば近くいるのが許せなかった。
ポップも詩人達を受け入れているのが許せなかった。
しかも笑って。
「ああ面白かったなあ。んー疲れた寝よ寝よ」
魔道士の塔に戻ってきて伸びをしながらポップが言った。
塔の最上階にポップの私室がある。ダイは城に部屋を与えられているが、そちらへは帰らずにポップについてきていた。
長衣を脱いで手袋をはずす。バンダナもとって休むために寝台に近づく。
「ダあイっ、どーすんだ泊まってくのか?」
ポップがシーツをぱたぱたさせながら問う。
「うん……」
後ろからポップを抱きすくめた。
「ダあイ……」
「うん」
「やるのか?」
「うん」
「元気だなあ……ま、いいか。来いよ」
ポップの体を寝台に埋めながらダイは考えた。
ポップは、優しい。とても……優しい。
けれどもその優しさは、ダイの求めているものではないかもしれない。
誰にでも分けへだてなく笑みを向ける、彼。
ポップにとっては、自分もその中のひとりにしか過ぎないのかもしれない。
こうして抱くのはおこがましいことかもしれない。
「ポップ……オレのこと、好き?」
「……ん……ッ、好き……だよ。どうした……?」
ポップが答える。それさえも不安で、抱く手に力を込める。
「……ダイ……?」
ポップはずるい。みんなに魔法をかける。
ポップを好きになるように。
ポップを嫌いだという輩には未だお目にかかったことがない……どうせなら、オレだけにかけてくれればこんなに悩まなくてすんだのに。
好きだよ。どこにも行かないで、そばにいて。
オレだけを見て。
それはとても祈りに似ている。
世界を救った勇者の、一挙手一投足が、この魔法使いに捉われている。
ポップもそうなら良かったのに。
不公平だよ。
オレの事だけを考えて、オレの態度や表情に一喜一憂してほしい。
オレだけを見てくれるなら、誰にも内緒でこの塔の一室に閉じこめてしまおう。
もちろんそんな事はしない。今夜のようにみんなに囲まれて笑っているポップを知っているから。
「ダイ、ごめんな。祭り面白くなかったんだな……」
ものすごい洞察力だった。
「ち、違うよ! ただポップがちょっと遠くなったような気がして、それで……!」
慌てて否定するダイをいつものように一笑して、
「ばーか。なに考えてンだよ? 最後までつきあってやるって約束したろ? おまえみたいのがヘタに気ィ回すとろくなことになんないぞ。頭脳労働はオレに任せて、おまえは体力だけ使ってりゃいいよ」
いつもの軽口が涙が出るほど嬉しい。
「……うん、わかった。今日は頑張るからね」
「何を頑張るんだこの馬鹿っ!! オレは疲れてるんだから出来るだけ早く終わりやがれっ!」
いささかならずがっくりしながらダイは笑うことに成功した。
「……また祭りに連れていってね」
それを聞くとポップは、見ているこっちが幸せになるような顔で、笑った。
< 終 >
>>>2002/9/22up