薫紫亭別館


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クレセント・ムーン

 月が出ていた。
 青い月、三日月だ。
 あの夜も月が出ていた……と、隣に眠るダイと見比べながら思い返す。
 初めてダイとこうなった、あの日。
 あの日はバーンにコッテンパンにやられてもう一度なんとか巻き返そうと一丸になっていたときだった。死んだと思われていた勇者が見つかってホッとしたのも束の間、当の勇者は責任に耐え切れずに逃げだした。
 ほかのみんなはかなり浮き足だっていたけど、オレはそんな大した事じゃないと思っていた。むしろ、いくら竜の騎士といえ、まだ十二歳の子供に巨大な責任おっかぶせておたおたしてるのがみっともないとさえ思っていた。
 オレはダイを探しに出かけた。
 そんなに難しい話じゃない、オレにとっては。
 ずっと一緒に旅をしてきたんだ。あいつの行きそうな所くらいわかってる。
 オレは一発でダイを見つけた。そこはテラン、竜の騎士発祥の地と言われる。
 オレにとってもかなり印象深い……なんたってオレは、一回ここで死んでいるのだ。あの当時のことはあんまり思い出したくない。いくらクロコダインが慰めてくれてもオレにはどう考えてもただの先走りの犬死ににしか思えない。まあそれでダイの記憶が戻ったんだし、幸い生き返ることも出来て、結果的には良かったとは思うけど。
 オレが見つけたときはダイは木にすがって泣いていた。オレは出てゆくタイミングをつかめずに、そのまましばらくダイを見ていた。
「とりあえず、ゆっくり泣いていてもいいぜ……」
 振り向いたダイの目には滅多にお目にかかれない涙が光っていた。
 泣いてはいるけれども、オレにすがっては来ない。木にすがるよりは、オレの方がずっとマシだとは思うのだけど。
 オレ達は湖の神殿跡に移動した。ここなら、誰に話を聞かれる心配もないと思ったからだ。湖に小石を投げながら、オレは、待った。ダイが話し出すのを。
「……どうして、オレがここにいるってわかったんだ……」
 頼むからもう少しほかの事を聞いてくれよ。それくらいわからなくてコンビ組んでられっかよ。おまえだって、もしオレがいなかったらきっと見つけだせるだろ?
 まあそういう内心の葛藤は押し隠して、オレは出来るだけなんともないように説明した。こういう腹芸は三歳年上のぶんだけオレの方が積んでいる。
「ポップはオレを叱りに来たんだろっ!? それでも勇者かって!! 臆病者って……!」
 声が激昂してきた。いい傾向だ。だいたいコイツ少し生真面目すぎる。
 おまえが大魔王を倒せなくても、非難できる奴などこの世にいない。出来るとすれば、おまえの代わりにバーンを倒した者だけだ。
「バカだな。オレがそんなことで他人を非難できっかよお。言っちゃあなんだが『逃げ出し』に関しちゃオレのが大先輩だぜえっ」
 つとめて明るく言ったつもりだったが、ダイはますます暗くなってゆく。
 完全に沈みこんでいる。もう慰めの言葉も届かない。
「よくやったじゃすまされないんだよっ!!」
 ダイが力を入れただけで神殿の柱は粉々に砕けて崩れ去った。
「ダイ……!」
 おい、よせよ。……気持ちはわかるけど。
 ダイは自分に言い聞かせるように独白をはじめた。
「もうオレは限界なんだ。これ以上みんながオレに期待して戦ったりしたら……みんな……父さんみたいにオレの前でっ……きっと……!」
「………」
 なるほど。そーいうふうに考えてたのか。
 自分を先に行かせるために他の奴らが犠牲になりゃしないか心配してんのか。
 ……いいヤツだなう、コイツ。
 気にしなくてもいいのにな。オレが当たるよりはダイがバーンと戦った方がまだしも勝率が高いだろうし、もしかして一番ヤバイ相手をダイに押しつけて、オレ達は楽をしていると言えなくもないし。
 バーンよりランクの下の相手と戦って負けても、それはただオレ達が弱いだけだって気もする。全部をダイに任せるわけにもいかんだろう。パーティなんだから。一応。
 よしよしいいこいいこ。……などと思っていると、ついシリアス顔のダイの頭をかいぐりかいぐりしてしまった。
「ポップ……!?」
 ダイが不気味そうにオレを見る。しまった。確かに今のは気色悪い。
「あ、いや、つい……! 完全無欠に見えたダイにもずいぶんと可愛らしいトコがあると思って……」
「なんだよそれ。人が真面目に話してンのに!」
 ううむ、火に油を注いでしまった。ダイが本気で怒ってるよお!
 さっきの柱の運命を思い出す。あの破壊力で向かってこられたらオレなんかひとたまりもない。それは遠慮したい。
「い、いやだから……わかった! もう無理にとは言わねえ!」
 オレもせいぜい真剣な顔をつくって向き直る。
「でもオレはおまえがいなくっても大魔王と戦うぜっ。……今ここでやめちまったら、ちっぽけな勇気を振り絞って頑張ってきたオレの戦いの日々がムダになっちまうからな」
「……ええっ!?」
 そのええっ、てのはなんなんだ。オレが戦うのがそんなに意外かこのヤロウ。
「ダイ! 今までオレ達はずっと誰かのために頑張ってきたよな。でももうそれだけじゃない、自分自身のためにここで戦いを投げちゃいけねえんだっ!」
「自分自身の……ためにっ……!?」
「そうさ、これはもうオレ達自身の戦いなんだ」
 ああいいことを言う。せっかくここまで来たのなら、もうもったいなくて降りることなんか出来ないだろ。降りられるならアバン先生が亡くなったときでもクロコダインのおっさんと戦ったときでも、何回でもその機会はあったのだ。それをなんとか乗り越えて今、オレはここにいる……そりゃ死にたいワケじゃないけど、このまま放っておいても世界は滅亡してしまう。それならなんとか、みんな、生き延びられる方を選びたい……オレは。
「自分のことは自分で決めな。オレは……戦う……!」
「ポップ……!」
 でもオレは信じてる。オレでさえこの結論に達したんだから、勇者であるおまえが戦いを放棄するわけはないと。おまえが本物の勇者だろうとなかろうと、おまえがダイだから信じてる。
 唐突に、ダイがオレの手を掴んだ。
「どうして……? オレよりポップの方が弱いのに、どうして戦えるの……?」
 とんでもなく失礼な暴言を吐きながらダイがオレの目を見据える。
 まっすぐに覗きこんでくる、瞳。
 そんなに不思議そうな顔をするなよ。
「教えて、ポップ。どうしてそんなに戦えるの……?」
 悪かったな弱っちくて。これでもかなりレベルアップしたんだぞ。
 おめえみたいのが例外……!!
 ダイの顔が急接近してきた。

>>>2002/10/1up


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