う、う、うっげえ──────!
ちょっと待て何やってるんだっるこ、これって俗に言うキスってやつじゃないか!?
何が悲しゅうて男とキスせにゃならんのだ。
離しやがれこの馬鹿……ッ!!
じたばたと、窒息寸前のカエルのようにもがいているオレは、もし見ている者がいたとすればさぞかし笑えたことだろう。
ようやっと唇を離してもらって、
「ダイ……っ!」
けれども、オレは抗議の言葉を途中で飲み込んだ。
ダイはついこの前親父さんを亡くしたばかりなのだ。それも、オレには想像しかできないが相当に凄惨な状況で。
確か……オレはあのとき、
『最後の最後までつきあってやる』
と言ったのだった。
まさかこんな事までつきあうことになろうとは。
いいよ、ダイ。オレの体でおまえの気が軽くなるんなら好きなようにしろよ。
オレは全身の力を抜いた。
う……っ、しかし何だってオレがこういう立場なのか。
オレの方が年上なんだぞ。オレの方が背だって高い。純粋な力では劣るかもしれないが、魔法を使っての戦闘ならおまえにだって負けないぞ。
そんなオレの思いとは関係なくダイは行為を濃密にして来やがる。
ち……っくしょ、どこでこんなこと覚えてきたんだ。ダイの手は確実に、オレの快楽を拾いあげてゆく。
はあ……っ、オレは大きく息を吐いた。
「ダ、イ……!」
オレが名前を呼んだのをどうとったのか、ダイはそこにおのれをあてがい、挑んだ。
すべてが終わっちまったあと、ダイは自失していた。
……まっしろになるくらいなら最初からするんじゃねえよ。
そう言ってやりたいのは山々なんだが、今回はダイが浮上したことで良しとしよう。
なんたって今の行動にパニックになって勇者がどうの大魔王がどうのいう問題は、どこかへ吹き飛んでしまったようだ。
「ポ、ポップ……あの……」
言いにくそうにダイが切り出す。このあと何を言うか楽しみだ。
「ああ気にすンなよ。で、どうしてオレが戦えるのかわかったか?」
多少の皮肉を効かす。これくらいのこと言ったってバチは当たるまい。オレの方はその数百倍もの痛みを強いられたのだ。
「………」
ダイが上目遣いにオレを見る。うらめしそうな目つき。ああ楽しい。
「……ごめん……」
……けっこう潔いな、こいつ。もう少しからかって遊んでやろうと思ってたんだが。
内心舌打ちしつつオレはダイに救いの手をさしのべてやった。
「いいよ。大したこっちゃねえしな、女の子じゃないんだから。……それよりスッキリしたか? もう、いつものダイだよな?」
「うん、大丈夫……でも、やっぱりポップはすごいよ。オレにこんなことされたのに、怒りもしないで笑って許してくれる……。ポップは、強いよ。尊敬するよ……」
おおっ言われてみればっ。もしかしてオレってものすごく心が広い?
……な、ワケねーか。ダイ以外の奴だったらオレだって火炎呪文のひとつも使って絶対に抵抗してたはずだもんなー。
あれ……?
「ポップ……」
ダイが目をうるませながらまた顔を近づけてくる。あんまり甘やかしちゃ後々大変だろうとは思ったが、しょうがない。オレもどうやらダイに惚れているらしい。
「ん……」
長い、長いキス。今の時期にだけ可能なような。
しかしもう一度ダイが体を重ねようとするのを、オレは丁重に断った。
「だめ、ダイ。……オレまださっきのダメージが残ってンだからな。ヘーキな顔して見えるのは、やせ我慢してるから。また今度、やらせてやるから」
そう言ってダイの手を擦り抜けて湖ギリギリの所へ立った。
「カールで待ってるよ、ダイ。オレだけじゃなく、みんな待ってるぞ。じゃあな」
その場にダイを残して、オレはひと足先にカールへ戻った。ダイが戻ってくるかどうかは賭けだつたが、オレはこの賭けに勝つことを確信していた。だってオレがここにいるんだから。オレ目指してダイはここにやってくる。
自惚れてたかもしれないが、ダイもオレが好きだろう、そして、ダイは帰ってきた。みんなのところに、オレのところに。
みんなへの挨拶を終えて、一件落着の大騒ぎが収まったあと、ダイはオレだけに聞こえるように耳もとでこうささやいた。
(大魔王を倒したら、ご褒美ちょうだいね)
ご褒美、が何を意味するのかわからんオレではない。オレはゆっくりと頷いた。
※
……なつかしいこと思い出しちゃったなあ、とオレは思った。
あれから二年、背丈は追い越されてしまったが、寝顔はぜんぜん変わらない。
ダイはちょくちょくオレの部屋にやってきて、眠る。
もちろんレオナには秘密だ。その他の人間にも、
ダイがこの関係をいつまで続ける気なのかは知らない。しかしいずれは、オレにすがらなくても大丈夫なようになるだろう。
どうやらオレは、あのときダイがすがっていた木よりはマシに存在になれたようである。
嫌じゃ、ないんだ。オレも。ダイが望むならそれを叶えてやりたい……ただ、やはり男である以上、なんだか釈然としないのは仕方がないだろう。
そして、そう思っているオレをダイが不安がってるのも……知ってる。
捕まえておかなきゃ、オレがどっか行っちまうんじゃないかと思ってる。
そんなときのダイは、どこかしら必死で思い詰めたような表情でオレを見る。いつもより手に力がこもる。大丈夫、どこへも行かないと言ってやりたい。でも言わない。ダイが自分で気づかないと、意味が無いと思うから。
こんなことをしなくても。
オレはずっとそばにいるよ。
オレは母親が子供の頭を撫でるようにダイの髪を撫でた。
ダイが気持ちよさそうに頭を擦り付けるのを見てからオレはまた窓の外に目を転じた。
空にはあのときと同じ青い月。
猫の爪のようなクレセント・ムーン。
いつまでもオレ達を見守っていて。
オレは奇妙に安心して目を閉じる。月がオレ達を照らしているのを感じながら。
< 終 >
>>>2002/10/6up