虹の下
「虹の下には宝が埋まってるんだって」
魔道士の塔の執務室、ポップの机に肘をついてダイはそう切り出した。
コイツやけに俗っぽくなったなあとポップは内心思いながら、
「……で? 何が言いたいんだ?」
「探しに行こッ」
にっこり笑ってそそのかす。ダイの常套手段だ。
「ばあか、迷信だよ言い伝えだよ。だいたい虹なんてどこに出るのかすらわからないのに宝なんて埋まってるハズねーだろ」
「夢が無いなあ。いいじゃん、行こうよ。宝が無くても虹ってのはキレイなもんだよ」
一理あるかもしれない、とポップは思い直した。
ポップとしてもヒマではないが、ダイも並み居る教師やお目付け役の目を盗んでここにいることだし。
これはやはり行かねばなるまい。
「ポップの話の早いトコ好きだなあ」
ルーラでパプニカを飛び出して、トベルーラに切り替えたとき、満面に笑みを浮かべてそうダイは言った。
「しかしどこに行けば虹なんてあるのか……」
空の上から下を見てポップはつぶやいた。
「いい天気だねえ」
陽光がさんさんと降り注いでいる。こうして空中散歩するぶんには最高の日和だが、虹を探すのには不向きといえた。
「別に雨降りを待つ必要は無いんだ。とにかくしぶきがあがってればいい。例えば滝だ。うぬう、塔から地図のひとつも持ってくりゃ良かったな」
「地図が無くても滝は探せるよ。降りて、そのへんの人に聞いてみようよ」
ダイとポップは近くに見えたちいさな村に降り立った。
とりあえず通りがかりの幾人かの人に聞いてみたが全員知らないという。
「うーむ。早くも挫折してしまった」
「まだ半日と経ってないよ。挫折するには早すぎるって」
ダイがあっけらかんと言う。
「それよりごはんにしようよ。お昼食べずに出てきちゃったもんね。腹がへっては戦が出来ないって言うでしょ?」
しかしそれはかなり困難だった。この村には食事の出来る店など無かったのだ。
「おなかすいたよーっ」
道ばたにすわりこんでダイは情けない声をあげた。その時、
「ぼうずども、腹がへっているのかい?」
上から声が降ってきた。
ひげだらけの怖そうなおじさんが柔和な目で二人を見下ろしていた。
「助かったよ、おじさん」
おじさんの家でごはんをごちそうになりながら二人は礼を言った。
「いやいや気にすンな。この村には食堂なんて気の効いたモンは無いでな。それにしてもぼうずどもは旅人か? とてもそうは見えンが……」
ダイもポップもパプニカのたいそう仕立ての良い服を着ている。特にポップの方は執務中だっただけに、とても旅に向いているとはいえないずるずるとした長衣を身につけていた。
「オレ達旅人だよ。急に思い立って飛び出してきたから準備も何も出来なかったけどさ。オレ達、虹を探してるんだ。ねえおじさん、どこか、虹のかかっている滝とか知らない?」
「そうさなあ。滝なら知っていない事もないが、虹……ねえ……」
おじさんが考えこんでいるのを二人は息を詰めて見守った。
「そうそう、ここからずーっとずーっと西に行ったところにグリーン・ノアという村があってな、そこでは天気のいい日に虹がかかるそうだ。しかし滅多に見られるものじゃない、よほど運が良くなきゃ見られないそうだよ」
「行こう、ポップ! ようやく手がかりが掴めた」
「ああ。しかし、なんでおっさんはそんなこと知ってんだ?」
ポップは少々いぶかしく思った。
「わははは。ワシはこうしてお前らみたいなのを拾ってきちゃメシを食わせてるのさ。これもその時聞いた話さ。納得したか?」
おじさんにごめんなさいとありがとうを言ってダイとポップはグリーン・ノアの村を目指す事にした。
「しかしそうするとけっこう長旅になるな」
いつもの遠出くらいのつもりだったポップは予定が狂って面食らっていた。
「いいじゃん少しくらい旅に出たって。イザとなったらルーラで帰れるんだし。もっとも、そうしたらまた出て来るのはかなり面倒になるけど」
王見習いのダイと魔道士の塔の長、ポップ。こうして塔を出て遊ぶことも最近はままならない。二人の力をもってすれば抜け出すことなど造作も無いが、それを無闇としないところが二人の長所であり短所でもあった。
「もう少し金持ってくりゃ良かったな。これじゃ三日ぶんの宿代にも満たないぞ」
財布の中身をひっくりかえしてポップがごちる。
「そしたらオレ達の服を売ろう。おじさんも言ってたけど、ポップの格好、目立つよ」
パプニカの布が高額で売れるのは知っていたが、結局売るのはやめて野宿することにした。なぜなら、このあたりにはパプニカの布を取り引きできるほどの店もないことがわかったからである。
「……鏡よ。水鏡よ。われの言葉を聞け。われの言葉を聞いて鏡の道を通り、パプニカへの扉を開けるわれの言葉を文字にて映し出し、かの姫に伝えよ。その言葉は──」
ポップは泉の淵に座りこんで魔法の呪文を唱えていたが、そこでダイを振り返って、
「なんて言っとく? ダイ」
「とうぶん旅に出るでいいんじゃない」
「てきとーだなあ。ま、いいか。……その言葉は『姫さん、とうぶん旅に出るから心配しないでくれ。魔道士の塔はアポロに任せる。ダイの教育係は帰ったらすぐさま授業に入れるようにスケジュールを調整しておくこと。たまにはぐーたらするのもいいって。オレ達も羽のばしてるから遠慮しなくてもいいぞ。ポップより』……ってなもんか。ゆけ。魔法の鏡よ。大魔道士ポップの名において、この言葉を届けよ!」
詠唱が終わると同時に泉に文字が浮かびあがり、光が文字の上を走ったかと思うとそこは何事も無かったかのように静かな湖面に戻っていた。
文字は今頃パプニカの大鏡の表面を飾っているはずだ。
「おみごと! さすが大魔道士、鏡の魔法なんてポップしか使えないもんね」
ダイが拍手しながらポップを褒めた。
「当然。オレが苦労して魔族の呪文研究してつくったんだからな。惜しむらくは、なんだってこんな時にしか使われないんだ……ってことだな」
この呪文は鏡や水鏡などを通じて言葉を伝える呪文である。
情報をより速く伝えるべく豪勢したものだが、もともと魔族の呪文だったため、人間界では気持ちが悪いとえらく不評でよほどの緊急時でないと使われない。
しかしその緊急時も平和な今の世にはなく、使い手もポップくらいのレベルを要求されるので、この鏡の呪文は人間ではポップしか使えないのであった。
「まあまあ。そのおかげでレオナ達にムダな心配させずにすむよ。それより今日はここで野宿だね。水もあるし、食料は……と」
ダイは泣きそうな顔になった。
「ポップうう、晩ごはんはーっ!?」
もう夕方になっていた。飛翔呪文でかなり距離を稼いだつもりだったが、グリーン・ノアの村はまだまだ遠いらしい。
ダイの泣き言に怒鳴りかけたポップだが、今が夕方なのに気づくと自分の長衣の裾を引き裂いて糸をたぐり始めた。
「何やってんの? ポップ」
突然妙なことを始めたポップにダイが問う。
「ダイはそこらへんの石をひっくり返して虫を探せ。今は夕まずめといってな、魚を釣るのにうってつけの時間なんだ。今なら魚が釣れるかもしれない。すきっ腹で眠りたくなかったら、急げ!」
ポップの予想は大当たりだった。
ダイの捕まえた虫をエサに余り大きくはなかったこの泉でもかなりの魚が釣れた。
ポップのすごいところはそれからで、夕食に食べるぶんは置いといて草を編んで覆いをつくり、生木をいぶして燻製までつくり始めたことだろう。
「ポップって……すごい」
素直な感想をダイは口にした。
自分より僅かに年上なだけなのに、なんでこんなに色々知っているんだろう?
「なんだよ。おだてても何も出ねーぞ」
わずかに照れた声でポップが返事をする。それでも手はちゃんと動いていて、生木をかきまぜ煙を絶やさないようにしている。
「ポップ……」
焚き火を廻りこんでポップに近付く。
ダイの意図を察してポップは静止の声をあげた。
「今日は駄目。それどころじゃないんだから。朝までにこいつをつくらなきゃ一、二食ヌキだかんな。それとも何か? お前が代わりにやってくれるってか?」
「うん、やる。……だからいいでしょ? ポップ」
既に肩に手がかかっている。
ポップは頭をかかえて目を閉じた。
「つくりかたも知らないクセに……。いいか、終わったら煙を絶やさないように二時間ほど我慢しろ。そしたら寝てもいいから。出来た燻製はそこの葉っぱで巻いて、土とかつかないようにちゃんとしとくんだぞ。それから……」
「わかったからもう黙ってよ、ポップ」
ポップを地面に横たえさせてダイはおいしくポップを味わった。
何故こういう関係になってしまったのか、ダイにもよくわからない。
ポップが隣にいるのが普通で、手を伸ばせば……届いた。
ポップも抵抗しなかった。
もし一言でも嫌だと言えばダイもそれ以上求めなかったろう。
だが恋愛感情ではないと思う。ポップがマァムと仲良くしていようとダイはなんとも思わない。ダイ自身にもレオナというちゃんとした婚約者がいる。
この気持ちはいったい何だろう?
(美人ってほどじゃないよな……可愛いとは思うけど。だいたい抱いたらこんな骨が刺さりそうなのを何で抱いてるんだろう? オレが望めばどんな女の子でもよりどりみどりなのに。ポップだってオレだって、もともとこんな趣味ないはずなのに、それなのに、……愛しい。ポップが欲しい。何故……?)
「あ、ダイ……っ!」
ポップの嬌声に引き戻されて、ダイは、考えるのをやめた。
>>>2002/9/8up