薫紫亭別館


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「あれがグリーン・ノアの村かあ」
 次の日、超拘束で飛翔呪文を使って距離を稼ぎ、ある村に降り立ってあの山の向こうが目差す村だと教えてもらった。
「ねえポップ、もう少しゆっくり行ってもいいんじゃない?」
 ポップにしがみついている格好のダイが提案する。
「滅多に見えるモンじゃないって教えられたの忘れたのか? 手持ちの金が少ない以上、とっとと行って機会を待つぞ。グリーン・ノアにいる時間が長ければ長いほど見るチャンスが増えるんだから」
 もっともな言葉にダイは頷くしかなかった。


 畑仕事に精だしているお兄さんに二人は話しかけた。
「こんにちは、お兄さん。オレ達、虹を見に来たんだ。ここグリーン・ノアではよく晴れた日に虹がかかるってホント?」
 考えてみればおかしな話ではある。虹は雨あがりなどに空気中の水分が太陽光線に反射して出来るものである。晴れた日に虹がかかるとはこれいかに?
「ああ。蜃気楼のことか」
「蜃気楼!?」
 ダイとポップは奇しくも同時に叫んでいた。
「そう。ここグリーン・ノアではどういうワケだか知らないが、遠く離れた場所が空に浮かぶのさ。それは大抵同じ場所で、雄大な滝とそれにかかる虹が映る。もっとも、ここ二年映ったことがない。……おそらく、大魔王バーンが君臨していたときその滝もぶっ壊されちまったんじゃないかって話だ」
 ダイはへなへなと力が抜けていくのを感じた。
「そんなあ。ここので来て……」
「残念だったなあ。どっか、遠いとこから来たんだろ? こんな田舎じゃあほかに名物も無いし……」
 お兄さんが気の毒そうな声をかけてくれるがダイは浮上しない。
 ポップはお兄さんに礼を言ってダイを連れてその場を辞した。
「……なあダイ。そんなに虹が見たかったのか……?」
 わからない。
 ポップへの気持ちと同じでどうしてここまでこだわるのかわからない。
「見せてやれるかもしれねーぞ……?」
 え? とダイは顔をあげた。
「飛び出してから気づいたんだが……よく考えりゃオレって気象呪文使えるんだよ。ほとんど使ったことないから忘れてたけどよ。だから、おまえが望むなら気象呪文で雨を呼んで、うまくいけば虹も見えるかもしれない。確実にとは言えねえが、どうだ?」
 ダイはまじまじとポップを見た。
 大魔道士。あらゆる呪文に精通した世界一の魔法使い。この骨っぽい体に、あふれるほどの魔法力を秘めたダイの親友。魔道士の塔の長。彼が呪文をひとつ唱えれば、この村など消し飛んでしまうかもしれない。その力を恐れずに、軽やかに踊るように魔法を使う。七色の光を振り撒きながら。
 そうか、とダイは思った。
 虹にこだわってたんじゃない、ポップにこだわってたんだ。
 不思議な既視感、ポップは虹に似ている。
「……うん、お願い」
 ダイを木陰に避難させて、ポップは呪文を唱えた。
 たちまち空が黒くかき曇り、雨が降り始める。
「やむまでここで待ってよーな」
 ポップもすぐに立ち戻りダイの隣に立った。
 衣服が濡れていないかチェックする。濡れるのを嫌う猫のようだ。
「ねえ、この雨どれくらいでやむの?」
「そうだなあ。そんなに気合い入れて唱えたわけじゃないからいいとこ十五分……いって三十分くらいじゃないか。それまでここでぼーっと待ってるんだし。あんまり長いと退屈しちゃうもんな」
 ポップの予想どおりに雨はそれからすぐにやんで、まだ厚い雲の隙間から太陽が顔を出し、そして……。
「虹だぜ、ダイ!」
 ポップはダイよりも早く飛翔呪文を使って木の下を飛び出しダイをうながした。
「来いよ、ダイ。オレ、一度でいいから虹ってーのを間近に見てみたかったんだ」
 そんなポップをダイはくすくす笑う。
 虹が見たいと言ったのはダイなのに、いつのまにか立場が逆転している。
「ありゃあ? 見えなくなっちまった」
「そんなはずないよ。オレにはちゃんと見えるもの」
 まだ地上近くにいたダイからは虹につつまれたポップが見える。
「反射とか角度の問題なのかな……ちぇっ、近づくほど見えなくなるなんて思わなかった」
 そう言ってダイのところへ戻る。
「うん、これくらいだな……これ以上近づくと見えなくなっちまう。ここが一番の特等席みたいだぜ、ダイ。残りの金でなんか飲み物でも買ってくるか? なんて風流なんだ。酒じゃないとこがカワイイよなオレ達って」
 ポップがわけのわからないことを言っているのをダイはとても幸せな気分になった。
 ダイにはもうわかっていたからだ。
 あの不思議な既視感、ポップと虹との相似性、それへのこだわり。
 ポップが虹を呼べるかもしれないと言ったときに何かがわかったような気がしたが、ポップが自分より先に虹を見に飛び出したときそれはもう、完全にわかった。
 ポップは虹に似ている。
 くるくるとよく変わる表情と感情の起伏の振り幅、ひらめく魔法の呪文。
『虹の下には宝が埋まっている』
 これはダイの国語教師が珍しく脱線して教えてくれた言葉なのだが、ダイにはその言葉が頭から離れずその足で魔道士の塔に向かったのだった。
 ダイの無意識は知っていたのだろう。
 この旅は、近すぎて見えない虹の下の宝を探す旅だった。
 そうして、ダイは見つけた。
 ポップ。
 好き過ぎて、好きだともわからなくなるほどに。
 それほどに、囚われていた……彼に、ポップに。
 ポップも同じなのだろう。だからこそ、何も言わずに体をひらいてくれたのだ。
 自覚があるかどうかはともかくとして。
「弁当だ弁当だッ。きのうの燻製出しとけよ、ダイ。水汲んでくる……か、そうだ、さっきのお兄さんにミルクか何か貰ってきてもいいな。ちょっと待ってろよ」
 言うが早いか地上目指して降りてゆく。
 ちいさくなってゆく影を見送ってダイはまたくすくす笑う。
 好きだよ。きっといつまでも、空気のように一緒にいるんだろうね。
 レオナとは出来ないつきあい方がポップとはできる。
 結婚という儀式もいらず下手な気も使わず等身大の愛し方ができる。
「何やってんだッ。準備しとけと言っただろーがッ!」
 いつのまにか帰ってきたポップがダイの頭をはたく。
「ごめん。でも叩かなくてもいいじゃないか」
「いいんだよ。勇者の頭をぶん殴れるのは兄弟子たるオレの特権だ。いい、おめーがレオナと結婚してパプニカ王となろうとも、おまえがオレに抗議するなんて絶対に許されないんだからな」
「じゃ、マァムやヒュンケルにも?」
「オレだけに決まってンだろ。ばあか」
「言ってること支離滅裂だよ」
「うるさい」
 だんだん薄れてゆく虹とは反対にダイは自分の想いがくっきりしてゆくのを感じた。
 わがままで可愛いオレの宝物、いつまでもそのままのポップでいてね。
 大好きだよ。
 ポップの買ってきてくれたミルクを飲みながら二人は遅い昼食をとった。

<  終  >

>>>2002/9/14up


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