アカツキノウタ
「……養子、ですか?」
呼び出されて出向いたテランの王宮で、ポップはおうむ返しに繰り返した。
「そうだ。私に系累が少ない事は知っているな?」
王は以前訪れた時と同様、寝台に上体を起こしてポップを応対した。
もともと高齢だったのがこの数年で更に老けこみ、体格さえ、ひと回りちいさくなったように見える。
ポップはサイドに用意された椅子に座って、そろそろと答えた。
「噂だけは。……ですが、オレなんかを跡継ぎに迎えようとする程、近い親類もいらっしゃらないのですか?」
困惑したようにポップは聞いた。
テランの国王の養子になる、という事はポップがいずれ、テランの次期国王になる、という事だ。
それはちょっとまずいのではないか。ポップはテランとは何の関係もない、山あいの鄙びたランカークス村の出だ。多少名前が売れているからといって、突然他国の王室に入って次期国王でござい、とはいかないだろう。テラン王はポップの複雑な気持ちなど歯牙にもかけず、呵々と笑って、
「いたら先の大戦のサミットを欠席したりせぬよ。国王代理としてでも送り込んだだろう。世界情勢は最悪だったが、あれだけの機会だ、各国の要人達と顔をつなぐには最適だったろう。戻って披露目をしても、ああ、あの時の……と思ってもらえる率も高い。それをしなかったのは、テランに適当な人材がいなかったのもあるが……我が王室は私の代で絶えても良い、と思っていたからなのだ」
「!」
ポップが口を挟む前に、テラン王は更に続けた。
「知っての通り、我がテランは小さい。ちょっと規模の大きい村のような国だ。だからその国の国王も、国王というより村長と呼んだ方が正しいかもしれない。村長が代替わりして、他の家から村長が選出されても誰も文句はあるまい? それと同じだ。だが一応は国なので、次の王になる者は私の養子に迎えようと思っていた。これなら、各国にも面目が立つ。どうだろう、ポップ君。引き受けては貰えないだろうか」
「い、いやでも、オレは王って器じゃないですし……っ!」
ポップは焦った。どうもなし崩しに養子にされてしまいそうな気がする。
「そう卑下する事はない。世界を救った勇者の親友にして、大魔道士……! その実力は世界各国に鳴り響いている。君が王となる事に、誰も異存はないだろう。テランの国民はもちろん、他の国民も」
「で、ですが、次の王を選ぶ場合、普通はその国出身の者の中から探すものでは……!?」
「そうだな。それが問題だ。だが私は名案を思いついた」
王は悪戯を思いついた子供のように唇の端をにやりと上げ、説明を始めた。
「それは……」
ジャンク屋二号店。
ベンガーナで開いた、ポップの武器屋兼マジックアイテムショップだ。ポップはパプニカで魔道士の塔を開いた後、運営を弟子に任せて出奔し、ここに落ち着いた。ポップはテランからベンガーナの自分の店へ戻って考えていた。さて、ここに来てどのくらい経っただろう? 一年……いや、もうすぐ二年にはなるか? 気ままな一人暮らしで、時の経つのも忘れていた。
知り合いも出来たし、商売は順調……とまではいかないものの、贔屓にしてくれるお客さんもいる。自分一人食べていく分には何の不都合もない。いざとなったらレオナに預けっぱなしの報奨金もあるし、もしここで病気か怪我でもして寝たきりになっても、食いっぱぐれはしないだろう。
なんだか隠居している爺さんみたいな生活だな、と、自分でも思わない事もない。
だが基本的に小市民なポップにとって、自分の面倒だけを見ていればいいベンガーナでの生活はとても居心地が良かった。その分、周りで振り回されている者達もいたが、それは好きで振り回されているのだろうから放っておいた。
「……ポップー!」
振り回されている筆頭が表のドアをばたんと開けて飛び込んできた。
ポップはカウンターの向こうからうんざりとそれを眺めやって、
「元気だな、ダイ……」
「ポップは元気じゃなさそうだね。何かあったの?」
カウンターの内側に回り込み、座っているポップの膝に手をかけて、しゃがみ込んで見上げる。うーんいつ見ても犬っぽい。既に自分の背を遥かに追い越しているくせに、ちぎれんばかりに振っている尻尾がハッキリ見えるぜ。ポップは脱力しながらも和んだ気持ちになったので、ご褒美気分で丁度いい場所にあったダイの髪の毛をわしゃわしゃと掻き回した。
「くすぐったいって、ポップ! ……で、本格的にどうかした? ポップが自分から触ってくるなんて、滅多に無いしね」
「………」
時々ダイは鋭い。くしゃくしゃにされて嬉しそうに笑っていた癖に、目がマジだ。
「あー、うん……テランの王様から、話があってな……」
ポップはまさに今日の昼間、テラン王と交わした会話をダイに繰り返した。即答はせず、考えさせてくれと言って帰ってきたのだが、受けるにせよ断るにせよ、いつまでも返答を先延ばしにする訳にはいかない。ダイは大人しく黙って聞いている。
「んで、その名案ってのが、夫婦養子? っていうのか? 夫婦ごと王様と養子縁組するとかいうヤツで……オレがよその出でも、奥さんになる人がテランの出なら大丈夫だろうって……ええと、つまり……」
「メルルの事?」
ダイが核心を突いた。だから何故、こういう時だけ鋭いのか。ポップはやぶ睨みに睨みつけた。
「いいんじゃない? メルルなら、オレ達の関係も知ってるし。広い心で受け入れてくれそう。つか、もう受け入れてくれてるか。いい話だと思うよ。ポップがテランの国王で、オレがパプニカの王様。ま、実際にはレオナが女王だから、オレは王配とか王婿殿下とか呼ばれるようになるらしいんだけど」
「……えらく冷静だな、ダイ? ちょっと前までオレが女の子と遊ぼうとすると、もの凄い勢いで止めに来たくせに」
「そうなんだけどさ」
ダイは立ち上がって、座ったままのポップの頭を胸に引き寄せた。
「いつまでも、オレだけにポップを縛り付けておくのも悪いかなって……本当は今でも、ポップをパプニカに連れ帰って、オレだけのものにしておきたい。魔道士の塔の連中にも、分けてやらない。エイクなんか尚更だ。でも、その閉じた状態が嫌でポップはベンガーナに逃げ出したんだし、オレも今では、それは正しいと思う。離れていてもオレ達はいつだってルーラで会えるし、思いっきり壁が築かれてるけど、一応は心でも繋がっている。壁ごしでも、ポップの気持ちは何となくわかるし」
「……お前、オレが悩んでるのがわかったから、今日、やって来たのか……?」
ダイが来るのはいつも突然だが、大体は朝食を済ませて、昼前にやって来る事が多かった。それが今日は夕方だ。ほぼ夜と言ってもいい。来ると大抵は泊まりになるが、その辺はダイなりにレオナに言って許可を貰って、都合をつけてから来ているらしい。
「まあね。ポップの一大事らしい、と言ったら快く送り出してくれたよ。嘘じゃないってわかったんだろうね。レオナと心は繋がってない筈なのに、どうしてそこまでわかるのかなあ」
心底不思議そうにダイは首をかしげた。
繋がっていずとも、そこまでわかりあえるダイとレオナをポップは羨ましく思う。
「それだけお前の事が好きなんだろう。レオナには感謝しないとな。ちょっと今日は、一人でいたくない気分だったんだ」
ポップもダイの肩に手を置いて立ち上がると、顔を近づけて、口づけをねだった。
ダイはポップの希望を叶えると、膝裏に手を入れて抱き上げた。そのまま二階の寝室へと向かう。
大人しくダイに運ばれながら、二人の関係に重大な転機が訪れようとしているのを、ポップは感じずにはいられなかった。
>>>2010/07/27up