ポップはうつ伏せで肘をついて、隣でくーくーと深い寝息を立てて寝ている男の太平楽な寝顔を眺めた。
男、だよなあ。いや性別・男なのはわかりきっていたのだが、この一年ほどで急速に成長して、男臭くなった、というべきか。もう子供とは言えない。まだ頬の輪郭辺りに少年らしい丸みを残しているものの、もう少し経てば、皆の目を惹き付ける立派な体格の青年になるだろう。
――あんなにちっちゃくて可愛かったのに。
ポップは出会ったばかりの頃を思い返す。アバンの共をして、小船を漕いでデルムリン島に向かった。
そこにはパプニカの王家から依頼されたという、勇者候補の少年がいて、魔物に育てられたという割には至極普通の子供に見えた。普通でない事はアバンの勇者育成スペシャルハードコースを受けた事ですぐに知れたが、それをやり通す意欲も実力も並ではなかった。
魔王ハドラーのせいで訓練は中途で打ち切られ、二人っきりで船出した。それからの付き合いだ。
マァムに二人の関係が知れたのは、ダイが地上に戻ってきて割とすぐの頃だった。
固い表情のマァムを見て、聞く前から用件がわかった。
「――ごめんなさい、私、そーいうの駄目。ダイとそんな関係なのに、何故、私に告白なんか出来るの!?」
もう少し色々言っていたが、要はフられた、という事だ。
あれだけ派手に衆人の前で告白しておいて、結果がこれかー……あっけないもんだな、と、落ち込みながらも妙にスッキリした事を覚えている。バーンパレスでは、結構うまくいってる様に思ったんだけどなあ……保留中の半年間の旅で、ポップは思い知らされた。
仕方ない。自分はマァムよりメルルより、ダイの方が大事なのだ。ダイが無事に隣にいてくれてこそ、自分は安心して女の子に目を移す事が出来る。それはダイも同じだろう。
本命を確保した上で浮気相手を物色しているサイテー男のような言い分だが、自分達はまさに「生死を共にした仲」だ。途中欠場していたマァムや、最終決戦しか一緒に戦わなかったレオナには理解出来まい。メルルも然り。
「ブラスじい……ちゃ……」
野宿の際にこんな寝言を聞いてしまっては、つい背中合わせに寄り添って、添い寝してやりたくもなるというもの。向こうは向こうで、アバン先生を喪った(と、その時は思っていた)悲しみに、人恋しさでくっついてきたと思っていたらしい。
背中合わせからお互いに向き合って、抱き合って眠るようになるのに時間はかからなかった。
いつのまにかダイの指が服の下に忍んできて、
「ポップ……いい?」
と聞かれた時は、ちょっと待てお前そんな齢だったっけそれ以前に同性同士じゃ……でも溺れる者は藁をも掴むというし、実際自分もダイも一杯いっぱいで、見えない未来や不安に押し潰されそうで、今だけでも……! と、お互いの藁になった。その選択に後悔はない。
レオナは聡い少女だったから、バルジ島で再会した時には既に感付いていたようだ。
ダイと揃って呼び出されて、問い質された。
ダイに腹芸は求めるだけ無駄だよな。自分もその時は不意を突かれてうまく誤魔化せなかったし。
結果としてレオナは関係を知って、それでもいいとダイを求めた。
「情人や側室の一人くらい何よ。私王族よ? もっとドロドロした話なんて、城にゴロゴロしてるわ。相手が同性だっていうのも長い歴史に無かった訳じゃないし、女性が私一人なら気にしないわよ。他に女をつくったら、市中引き回しの上、断頭台まで送ってあげるけど」
明るい口調で怖い内容をレオナは言った。その時からダイはレオナの言いなりだ。ポップの事以外は。
「………」
レオナに余裕があるのは、生まれながらのお姫様だからだろう。ポップは肘をつき直して思う。権力も財力も余る程あって、多分、望めば何でも与えられる生活をして来た。それに敬意や名声はどうあれ、身分的には姫の方が勇者よりも上なのではないか。いずれ女王になるとすれば清濁併せ持つ器の広さが必要だし、その度量でレオナはダイを自分ごと受け入れた。
マァムは女王ではない、普通の女の子だ。その倫理観も、普通の潔癖な女の子のそれだろう。
まーそうだよなー、マァムから見れば二股かけられた様なモンだし、先に付き合ってるのが男じゃ、女としてのプライドがズタズタだろうし。いや、それよりアレは何か汚い物でも見るような目つきだったな……どこまでも真っ直ぐな気性のマァムには、同性でそういう行為に及ぶ、という事が、在ると知っていても想像まではしていなかったのだろう。しかも、こんな身近な所に。
ともあれ、ポップはきっちり振られた。生殺し状態ともお別れだ。
そして、メルル。
ポップは枕に突っ伏して頭を抱えた。
メルルは……どう思っているんだろう。どういうつもりなんだろう。
あの時、メルルの気持ちを知りながら、メルルを腕に抱いたまま、マァムが好きだと叫んだ。メルルよりマァムを選んだ、それがポップの答えだが、メルルは変わらぬ態度で接してくる。そのままの状態で旅に出て、戻って来て振られて、だからといってすぐにメルルと付き合うというのは……いささか現金に過ぎる気がして、ちょうど押しかけ弟子が増えていたのを幸い、魔道士の塔をひらいた。
塔にかまけている内にメルルもまたテランに戻っていって、顔を合わせずに済む事に、こっそり胸を撫で下ろした。もちろん嫌いだからじゃない。ただ、どんな顔をすればいいのかわからなかっただけなのだ。
フリー同士、憎からず想っている相手なら、あそこで付き合っても良かった。
だが自分はまだマァムへの失恋の痛手から立ち直っていなかったし、メルルの告白も自分と同様、衆人の前で行われた。自意識過剰かもしれないが、なんだか世界中の皆が自分達の色恋沙汰に注目している気がして、すぐに乗り換えたと思われるのも気まずい。
大体、あの頃のダイはまだ今みたいに丸くなくて、ちょっと女の子とかかわっただけでも全速力で飛んで来たし。……と、いうのは誇張だが、魔道士の塔が野郎だらけなのはそのせいだ。ダイが女の子を入れるのを嫌がったので。
自分はレオナと婚約している癖にいい気なモンだ、とは思ったが、それが許せてしまう程度にはポップもダイが好きだった。甘やかすとつけ上がるから絶対そんな素振りは見せないが。
もう一度ポップは隣のダイを見やった。
育ったなあ。それに問題山積みとはいえ一応は平和な世になったから、もうお互いの藁でいる必要はないのかもしれない。寂しくはあるが、それが自然な形だろう。
「ポップ」
「うわっ!」
寝ていた筈のダイの唇が動いて、ポップを呼んだ。
「おおお起きてたのか、ダイっ!? いつの間にっ!? さっきまでグースカ寝てなかったかっ!?」
焦りの余り、ついどもってしまった。
ダイは自分で腕枕をつきながら呆れたように言った。
「横で何度もふー……、って意味深な溜め息つかれちゃ、気になって寝られないよ」
「そ……そんなに溜め息ついてたかオレ!?」
ぬう不覚。ダイごときに気取られるとは。しっかしまー、昔は一度寝ついたら耳元で銅鑼を鳴らしても起きなかったものを、これも成長と言っていいのか? と、ある意味呑気に構えていると、ダイが体を反転させてポップの上にかぶさってきた。
「オレはレオナよりポップが好きだよ」
ポップの肩に顔を埋めながらダイは小声でささやいた。
「でも、ポップとレオナが同時に危ない目に合っていたら、オレはポップじゃなくて、レオナを助けると思う……それは、レオナの方が弱いから。レオナは女王になる予定で今は賢者の称号も持ってるけど、肉体的には普通の女の子だし、レベルだってポップに比べて低いよね。オレ達なら簡単に切り抜けられる事も、レオナにはそうじゃないかもしれない。その逆だってあると思うけど」
「まあ、そうだな……レオナがバックについているから、オレ達が好き勝手出来た部分もあるしな。ノヴァだって最初はオレ達のこと、自称・勇者のパプニカ御一行とか言ってたし。オレ達が認められたのは、レオナの力が大きい。そういう意味では、確かにレオナの方が強いかもな」
きゅっと、ダイがポップを抱く手に力を込めた。
「怒ってる? ポップ」
「何が?」
「オレの我儘で、ずっと、ポップは自分の事、犠牲にしてきたんじゃないかって……一度なんか本当に死なせちゃったし、それならオレはレオナよりポップといて、ポップの助けをした方がいいんじゃないかって……なのに、オレ……!」
語尾が震えていた。ポップもダイの肩を抱き返した。
「気にすンな。お前は正しい」
ぽんぽんとあやすようにダイの肩を叩きながら、遠い目をしてポップは言った。
「多分、そっちの方が真っ当だ……時期が来た、という事なんだろう。オレ達はもう、二人っきりで身を寄せ合って震えていたちいさな子供じゃないし、支援者だって大勢出来た。次の段階に行く時が来たんだよ、ダイ。こうして身を重ねなくてもオレ達は親友だし、それはずっと変わらない。今だってベンガーナとパプニカに離れて暮らしてるけど、それがテランとパプニカになっても変わらないように」
「いやオレ、ポップを手放す気なんて毛頭ないけど」
「はあ!?」
ポップは顎が外れそうになった。
「レオナより好きって言ったの、聞いてなかったの!? メルルになら勝てると思ってる訳じゃないけど、メルルなら少なくともオレ達が関係を続けても許してくるれよね。だから他の女の子は却下! ポップはオレのなんだからね、一生。そこんとこわかってくれてる子じゃない……っ」
皆まで言わせず、ポップはダイを寝台から蹴り落とした。
ついでに窓からも叩き出して、ダイが窓をドンドン叩くのを近所迷惑だと一喝し、哀れっぽく謝ってきたのを許さずにパプニカに追い返した。ったく。
しっかりと鍵をかけながら、しかしダイの言う事にも一理ある。自立はしても、自分とダイは二人でワンセットだから、それを受け入れてくれる女性でないと難しい。そんな子はレオナ以外には、どんなに探してもメルル一人しか見つからない。しかし、今更どのツラ下げて会いに行こう? 今、告白すると王座の為の擦り寄りと思われやしないだろうか。
疎遠にしていた自分を呪いたくなりながら、ポップは朝まで床に座りこんで呻吟していた。
>>>2010/07/30up