薫紫亭別館


王様top next



君が望む永遠

 朝食後、城のバルコニーから庭に出て、ポップが言った。
「何か面白いものがあったらお土産に持って帰ってくる。楽しみに待っててくれ、メルル」
 メルルは同じく庭に出て、
「いいわよお土産なんて。それより、余り遅くならない内に帰ってきてね、ポップさん」
 ポップは笑ってメルルの頬にキスをして、瞬間移動呪文で空へ消えた。
 メルルはポップの消えた方向を見送っていたが、しばらくして中へ入ろうと振り返った時、バルコニーの石を積んでつくった塀に一匹のふくろうが止まっている事に気付いた。
(新婚の妻を放っていくなど、夫の風上にも置けぬ奴だ。そうは思わないのかね、メルル?)
 心でふくろうは話しかけた。
 メルルはまるで動じずに、声に出して返事をした。
「あの人には息抜きが必要なの。これまでずっと頑張ってきたんだから、少しくらい羽根を伸ばしてもいいでしょ?」
 テランは、美しい緑と湖のある静かな国だ。
 国土も狭く、田舎で、正直国というより村、と呼んだ方が正しい風情だが、その小国に、半年ほど前に新しい王と王妃が誕生した。大魔道士ポップと占い師メルル。
 後継者がいなかった先代の王は、他国の出だが、世界を救った勇者の一人として名高い大魔道士をテラン出身のメルルとめあわせ、次期王に据えた。メルルもまた間接的に勇者達に協力した、力のある占い師だったので、この婚姻は国内にも国外にもすんなり受け入れられた。
 ……まあ、くっつくまでには四年という、長い歳月がかかっていたが、それも必要な時間だったとして皆に納得されている。
(そうか? ここ何日かあの男の行動を見ていたが、ロクな事をしていなかったぞ)
 宰相に口を出して執務室から追い出されていたとか湖のほとりで魚にエサをやっていたとか、飛翔呪文を使わず、わざわざ自分の手と足で木に登って昼寝をしていたとか、およそ王様らしくない、とふくろうは告げた。
(アレで王が務まるのかね。私はこれまで何人もの王に仕えてきたが、あんな男はいなかったぞ)
「一生分の働きを数ヶ月でしてしまったようなものだから。あれでも勤勉になったのよ? テランの王様になるまではベンガーナで、遊びみたいな武器屋をして、半隠居生活だったから」
 不可解な男だ、とふくろうが呆れたようにくるん、と首を回した。
 一説にはふくろうは、首を270度まで回せると言われる。
「あなたもその、ポップさんの持って帰ってきた面白いお土産、のひとつでしょうに」
 くすくすとメルルは笑う。
「洗い物を済ませてしまうから、先に居間に行って待ってて。そうしたら、もう一度あなたとポップさんとの出会いを聞かせてくれる? レイフ」
 承知、とレイフと呼ばれたふくろうは翼をはためかせて城の中へ消え、メルルも朝食の後片付けをすべく台所へ戻った。


 メルルは自分の為にお茶を沸かして、居間へ入った。
 この居間と食堂を兼ねた台所と、寝室だけが、この城でメルルとポップが使っている部屋だった。
 もちろん王と王妃なので城全体が二人のものだが、プライベートではこれだけだ。
 他は謁見室やら客室やら、宰相やそれぞれの大臣達に割り当てられている部屋や、一応、雑用を手伝ってくれる下働きの人達の控え室などもある。メルルは夫の世話は妻が、という考えで、ポップの食事の用意も服の洗濯なども自分でやっているが、これが通ったのは王と王妃のどちらも庶民の出だったから、という裏事情もあったりする。
 いずれにせよ素朴なテランの人々は、古風で家庭的な王と王妃を歓迎している。
(もう何回も話しただろうに。まだ聞きたいのかね、メルル?)
 居間の一番奥まった一角はメルルの為のスペースだ。
 簡素な椅子とテーブル、そのすぐ脇に、最近あつらえられたふくろうの為の止まり木がある。
 長い棒の上に一本横木を渡しただけのその止まり木の上から、ふくろうのレイフは茶を載せた盆を置き、針道具を用意するメルルを見下ろしながら問うた。
「ええ。何度でも。私、ポップさんとは繋がっているし、やろうと思えばポップさんの目を通じて同じものを見る事も出来るけど、純粋な第三者の目から見たポップさんて、余り聞く機会がないの」
 周りはみんなお弟子さんか臣下だし、私、ポップさんみたいに皆の中に入っていって、心を開かせるなんて出来ないし。メルルはクッションカバーになる予定の刺繍の続きを刺しながら言った。針仕事、裁縫や刺繍はメルルの趣味だ。
 ホロロロ、とレイフは機嫌良さげな鳴き声を立て、
(良かろう。それではお話しよう、メルル。……ここより以前、私はロンダーの王に仕えていた)
 メルルは針を運ぶ指を休めて、改めて耳を傾けた。
(今はパプニカの一地方となったロンダー国だ。昔は、テランのような小国が沢山あった……私は打ち捨てられた城の中で、長い眠りについていた。そこに、あの男と彼がやって来たのだ)
 レイフはぶるん、と大きく身を震わせて続けた。
(私は眠っていたが、近づいてくる気配はわかった。だが、目は開けられなかった。余りにも長く眠っていたせいで、体がカラカラに乾いて固まってしまっていた。私は耳をそばだてて、あの男と、彼の会話を聞いた)


「……うえー。何か薄っ気味悪いトコロだな。本当にこんな所に鳥がいるのか、ダイ?」
「らしいよ。伝説では、玉座の間に一匹のふくろうが閉じ込められてるんだって。ずうっとロンダーの王様に仕えていたんだけど、隣国との折り合いが悪くて戦争になって、人間の戦いに鳥を巻き込む訳にはいかないと、王様が任を解いて空に放ったんだって」
 痛っ! と、叫び声がした。
 どうも足元が崩れたらしい。大丈夫ポップ? と、もう一人の彼の声がする。
「でもそのふくろうは何処にも行かずに、ずっと戦況を見守っていた。たぶん、城のてっぺんとか、そんな所からだと思うんだけど。それで結局ロンダーが負けて、王様も処刑されてしまったんだけど、そうしたらふくろうが城の中に戻ってきた。王様が座っていた玉座の背に止まったまま、脅しても水をかけても動かない。無理にどかそうとすれば、何故かその場にいた人間で同士討ちを始める始末」
「ふうん。そのふくろう、何かそーいう力を持ってたか何かか?」
 あの男の足音はコケた割にはリズミカルだ。
 もう一人の彼も、今では誰も近寄る者のない廃墟と化した城の中を軽快に歩いていた。
「あったんじゃないかな。王様に仕えていたくらいだし」
「なら、その力を貸してやれば良かったのに。それならロンダーが勝ってたかもしれないし」
「その辺りはふくろうに聞いてみないと。……あ、ここみたいだよ」


(二人はついに玉座の間の前まで来た。扉にはぶ厚い板が何枚も打ち付けられていた。私を排除する事を諦めた隣国の者達は、私ごと扉や窓を封印し、いずれ時期を見て、私が死んだ頃に部屋を取り戻そうと思ったのだろうが……あいにく、私は死ななかった。私は半化生、半分魔法の生物だ。他に、荒れた部屋の中には玉座の間といえどネズミも出たしな)
 クククク、とレイフは笑った。
 ふくろうも笑うんだー、とメルルはのんびりお茶をすすった。
(まあしかし、彼等の訪問の仕方は随分と荒っぽいものだった。何せ彼等は、封印された扉を力ずくでぶち破って入って来たのだ。もうもうと埃の立つ薄暗い部屋で、それでも私は動けなかった。幾ら半化生といっても、さすがにそろそろ生命力が尽きてきていた。恐らく彼等が来なければ、私は眠ったまま静かに死んでいただろう。彼等は堂々と入って来て、やがて目が慣れたのか、私を見つけた)


「うわ、ホントにいた!」
 どちらの叫びだったのか、もしかして二人同時だったかもしれない。
 彼等は慎重な足取りで近付いてきて、じろじろと私の体を眺め回した。不快でなかったのは、彼等が私に危害を加えるつもりはないと本能的にわかっていたからだろう。
「し、死んでるのかな……ポップ」
「いや、死んでるならとっくに骨になってなきゃおかしくね? むしろその骨さえ風化しててもおかしくない時間が経ってるような……剥製、かな? それでも形がキレイに残り過ぎてる気が」
 あの男が手を伸ばして、私に触れた。
 その瞬間、砂漠に水が沁み渡るように私の体に魔法力が満ちたのがわかった。
 私は驚いて丸く目を開けた。
 驚いたのはあの男も同じようだった。
 動いた! と大きく後ずさりながら化けて出たー、成仏してくれーとうるさく喚いている。
「こらこら。落ち着いてポップ。伝説が本当だっただけじゃないか」
 彼があの男の首根っこを掴んで大人しくさせた。
 それから私に向き直り、
「オレは勇者、ダイ。こっちは大魔道士ポップ。オレ達はこの城に、忘れられた魔物がいると聞いてやって来たんだ。君は、知恵の番人、ふくろうのレイフ……だね」
 彼、ダイは実に紳士的な態度で私に挨拶した。
 あの男、大魔道士ポップ、今は私の新しい主となったテラン王は、実に胡散臭そうな顔をして、勇者ダイの後ろに隠れて肩越しに私を眺めていた。

>>>2011/11/22up


王様top next

Copyright (C) Otokawa Ruriko All Right Reserved.