「ごめんなさい、ポップさんが失礼な事を。ああ見えてポップさんてば優秀で、周りがお弟子さん達ばかりだったから、余り頭を下げる機会がなくて。初対面の方には敬語を使いなさいって、よく叱っておくから」
メルルがポップの非礼を詫びた。
(この会話も何度目だろうな。気にしなくていい、メルル。あの男が優秀なのは触れられた時にわかっている。あの時、あの男の持っている魔法力が私の中に流れ込み、私を満たした。私が動けるようになれたのはあの男のおかげだ。それについては、感謝している)
ふくろうのレイフはぱさぱさと羽根の先を揺らし、更に先を話し始めた。
何用か。私は聞いた。
勇者ダイが問いに答えた。
「あ、ゴメン。オレ達は君がここにいると聞いて……それで、まだ無事なら、デルムリン島へ連れてってあげたらどうかと思ってやって来たんだ。もちろん、君が良かったら、だけど。君の意思を無視してどかそうとしたり、何処かに連れて行こうとは思わないから、安心してよ」
(そういう名前の島がある事は知っている。しかし、私を連れて行こうと思うのは何故か)
「そうか。眠ってたから知らないんだね。ちょっと大きい大戦があって、現在は、魔物達はほとんどデルムリン島で暮らしているんだよ。魔物達の楽園としてね。魔物というか、モンスターというか」
(断る。私はモンスターではない。もっと魔法に近いものだ)
勇者ダイはそっとあの男の耳に口を寄せて、……どこが違うの? と聞いている。
「大雑把に言うと、生まれつきかそうでないか、の違いかな。多分このふくろう……レイフは、生まれた時は普通のふくろうだったんだろう。それがどうやってか、長生きしたおかげか、超常の力を得て魔法の生き物になった。ロンダーが滅びてからこちら、こんなに長い間封印されても、ヘーキでオレ達と喋ってるのがその証拠だ」
簡潔な答えに私はこっそり感心した。
(その通り。私はある魔法使いに使い魔として見出され、修行した。そして独立し、幾人もの王や領主に仕えた。私は王の鳥、知恵の番人、レイフ。その辺の魔物やモンスターと一緒にされるのは迷惑だ)
「それじゃ、任を解かれた時、次に仕える王様を探しに行けば良かったのに。わざわざ王様の死後に出戻ってきて、ここに居座ってるのは、どうして?」
人の良さそうな顔をして、なかなか勇者の方も言う事は言う。
私はいささか気分を害して、
(任を解かれたからといって、すぐに次を見つけるほど私が薄情に見えるかね。私はあの王が好きだった。気弱で心優しい、戦には向かない王だった。負けは確定していた。見届けようと思ったのだ。しかし実際にそうなってしまうと、奇妙に腹が立って仕方なかった。私は王がいつも座っていた玉座に戻り、近付く者を追い払った)
「それだけの力を、ロンダーの為に使わなかったのは?」
これはあの男の問いだ。
私はようやく勇者の背後から出て隣に並んだあの男の目を覗き込みながら言った。
(王の意思を尊重したのだ。王は孤独を癒す為の話し相手、治世に迷った時の相談役としてのみ、私と契約した。私の言葉は並みの人間には聞こえないから、丁度良かったのだろう。……そういえば、お前達には私の声が聞こえているな。勇者と大魔道士、だったか?)
心で会話するのは普通の魔法力とはまた別の力が必要なのだが、と今度は私が聞くと、
「ああ、慣れてるから、心話は。オレはポップの所に戻りたい一心で。ポップの方は……メルルのおかげ、かな?」
勇者があの男に水を向け、あの男もうんうんと頷いた。
「確かに。心話、という新しい能力にメルルが目覚めなきゃどうなってたかわかんないもんなー」
(私は眠っていたが、その大魔王やらとの大戦は、本当に厳しいものだったらしいな……世界がひとつにならねば超えられないくらいに。あなたがその役割を担ったのだろう、メルル。素晴らしい。あの男はあなたに感謝し、実に誇らしく思い、愛しているようだ)
「や、やだ。突然何を言い出すのよ、レイフ」
メルルは瞬間的に赤くなって、刺繍中の布を握りしめた。
(危ない、メルル。針が刺さったらどうするのだね。そう照れる事もあるまい。あなたが勇者達にひけを取らぬ活躍をしたのは事実だし、あの男の気持ちも本当だ。私が保証する。あなたは胸を張っていれば良い)
「ええ、そうね……ありがとう、レイフ」
レイフの知らない物語がある、とメルルは思ったが、それは表には出さなかった。
代わりに口にしたのは別の事だった。
「私の事はいいから、ポップさんの話をして? ポップさんがあなたを召し抱える事になった時のくだり、何度聞いても好きなの。あの人、私の前ではカッコつけてて、あんまりヘタレな部分は見せないから」
(充分ヘタレっぷりを見せ付けていると思うが……)
レイフは多少呆れた口調ながらもメルルのリクエストに応えた。
(この国は今、何と呼ばれているのかね?)
私は聞いた。ロンダーではないのはわかっていたが、かといって隣国の名前でもなさそうだったからだ。
今はパプニカ王国、ロンダー地方だよ、と勇者が言った。
私はしみじみと述懐した。
(そうか……地方の名称としてでも、残ったか。良かった。これでこの地に思い残す事はない。私はまた旅立って、新しい主を求めよう。昔と違い、世界には魔法の気配が薄く、心話の出来る相手も限られそうだがここに二人もいるのなら、案外と早く見出せるかもしれない)
玉座の背から、これもぶち破って貰った窓の枠に移り、礼を言おうと私は振り返った。
(世話になった。私は行く。自由にしてくれた恩は忘れない。もし、私の力が必要になった場合は私の名をつぶやくといい。世界の何処からでも馳せ参じよう)
「えーっと……」
勇者が首をかしげている。
(どうした。何か私に言いたい事があるのかね、勇者よ)
「あ、うん。レイフは新しく仕える主を探しに行くんだよね。それでもって主はいつも、王様や領主様だったんだよね。で、心話が出来る事が条件、と」
(そうだが……)
ちょ、おい、まさかとあの男が何やら勇者の袖を引いているのが気になる。
「ワザワザ探しに行く事ないよ! ぴったりの相手がここにいるじゃん!」
あの男をぐいと私の前に突き出しながら、ぱあっと満面の笑みを勇者は浮かべた。
「待てダイ! 条件ならオマエだって一緒だろーが! お前がこの地方の領主に任命されたの、知らないオレだと思うなよ!!」
「だって領主より王様の方が立場が上じゃん。それにオレ、名ばかり領主だし。王配にするのに女王の相手が無位無冠じゃ格好がつかないってだけで、当たり障りの少なそうなロンダーの領主に着任したってだけだもん。実際生活するのもパプニカの王都だし。まあそれで、ロンダーの特色や歴史を調べて、レイフの事もわかった訳なんだけど」
一応、オレに任された土地だし。やっぱり少しは勉強しないと。
はにかむように勇者は笑った。
「テランとロンダーじゃ、田舎度ではいい勝負だろ。たぶん規模も変わらないぞ」
あの男は苦々しげに眉をひそめた。
「いいじゃん。レイフの手間を省いてあげれば」
「別にオレは話し相手も相談役も募集してない。人材なら、パプニカより充実してると思うぞ」
「魔道士の塔の者、全員引き連れて行っちゃったもんねー……それはマスターはポップだけど、パプニカも場所とお金を提供していたから、ちょっと恨んでる高官もいるよ」
「その辺はお前の裁量でなんとかしてくれ。何の為の王配予定なんだ」
「王配ってそんな役割だったっけ?」
(二人は私にはわからない会話をしていた。私が問い質すと、勇者が自分は未来のパプニカの王配で、あの男はテラン王だと告げた。嘘だろう、と私は猜疑に満ちた目で二人を見つめた。私がこれまでに見知っていた王や領主達と、あの二人は余りにも違っていた。もしかして王、という言葉の意味が今と昔では違うのではないかとすら疑ったが、どうもそうではないようだ。私は、更に突っ込んだ話を聞いた)
(わかった。百歩譲って、お前達が王と王配予定だとしよう。何故そんな身分の者がこんな廃墟にいる? お付きの者や護衛兵はいないのか!?)
二人はお互いの顔を見合わせ、
「……ホラ見ろ、全く信じてないぞ。だから余計な提案しないで黙って見送っときゃ良かったのに」
「ポップが王様らしくないのがいけないんだよ。王様になってもう半年も経つんだから、それらしい威厳とか貫禄とか身につけといてよ」
内緒話のつもりだろうが、まる聞こえである。
ふくろうの聴覚は人間の三倍ある。ちなみに視覚は百倍である。舐めて貰っては困る。
あの男はわざとらしい咳払いをして、
「あー、ゲホンゴホン。よくわかったな、オレ達が王とか王配とか、アレは嘘だ。見抜かれたのなら仕方ない、何処へでも好きな所に飛んで行け。もの凄ーく残念だが。非っ常に惜しいが。しかしこれもまた運命、オレ達にはお前を止める手立てはない。なんという不幸。オレはちょっと己の無力さを嘆くから、その間にさっさと……」
(よくわかった。お前に仕えよう)
私はあの男の長口舌をぶった切って言った。
(その臨機応変な対応っぷり、頭の回転、口のうまさ、全てが王にふさわしい。大魔道士と言ったな。お前にはそれを名乗るだけの力もある。一瞬にして私を賦活させた魔法力は嘘ではない。私が最初に仕えた、修行したのもある魔法使いの下であった。たまには初心に戻るのも良かろう。何なら、私の持っている古い知識を伝授してやっても良い)
わあ、いらねーとあの男は叫んだが、こうして私は大魔道士ポップの所に行く事になった。
>>>2011/11/23up