薫紫亭別館


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ハジマリノウタ


『探さないでください』

「何よこれ――――――!!!!!」
 そう書かれた紙を見て、マァムは絶叫した。
 その紙が置かれていたのは、宿屋のベッドのサイドテーブルだった。水差しを重石代わりにして、ヘタクソな字で書かれている。ポップの字だ。
「ど……どうしたんですか、マァムさん」
 同じ部屋で寝ていたメルルが飛び起きた。反対側のベッドで、寝ぼけまなこで上体を起こす。
「見てよこれ! あの腐れ魔法使いったら、私達を置いて、一人で出掛けちゃったみたいなの。一人でどうする気なのよ、ああもう。そりゃあいつ強いけど、物理的な脅威には弱いじゃない。イキナリ熊とか出て来たら対処出来ないでしょ。捜索する場所だってメルルの占い頼りなのに、あてずっぽうで探すつもりかしら。とにかく追い掛けましょ、メルル。どっち行ったかわかる?」
 マァムはぱたぱたと慌てて武闘家の服を着込んでいる。
 メルルはその紙を受け取りながらぽーっとしていた。どうも低血圧らしい。
「えーっと……、女の子の泊まってる部屋に無断で入って置いてくなんて、紳士じゃないですよね、ポップさん」
 微妙にピントのズレた発言を返す。
 宿屋に泊まる時は、マァムとメルルの女の子組と、ポップ一人とに分かれていた。メルルは気付かれない所がさすがですけど、と続けて、マァムにお目玉を食らった。
「ほら、メルルも早く着替えて。ポップにルーラでも使われたら、追い付けなくなっちゃう」
「それはそうなんですが……」
 ポップとマァム、メルルの三人は、チームを組んで行方不明になった勇者、ダイの捜索を続けていた。
 ダイの親友であった大魔道士ポップを先頭に、メルルの占いでダイの居場所を探し、武闘家のマァムは魔法の及ばない箇所の、二人のボディガードといった役割だろうか。
 しかし成果ははかばかしくなかった。
 もう半年も経っているのに、ダイの行方は杳として知れなかったからだ。
 メルルの占いも、もう三回は行っている。
 その度に示す地名は変わったが、ポップは別に怒った様子はなかった。大抵の場所ならルーラで行けるし、却ってすみません、と申し訳なさげなメルルを慰めていたくらいだ。むしろ色んな所に行けてお得だよな、などとも言っていた。ポップが本心から楽しんでいるらしい事は、心が繋がっているメルルにはわかっていた。
 だから、メルルは気にせずに、結構この三人旅を楽しんでいた。
「……ちょっと待ってください。ポップさんとコンタクト取ってみます」
 大魔王バーンとの最終決戦で、メルルもまた資質を開花させ、ポップとなら心で話せるようになっていた。
 といっても、普段はお互いの心の中が駄々漏れにならないように、主にポップの方で、心を遮蔽している。
 が、メルルが望めば、心の扉を開けてくれる筈だった。しかし今回は、その扉に伝言が貼り付けてある。
 『パプニカに戻れ』
 ……メルルはほんの少し困惑しながら、伝言をそのままマァムに伝えた。
「何よそれ!? 私達はお荷物だってこと!? 一人の方が動きやすいって事なのかしら。……そりゃ余り役に立ってたとは言えないけれど、私達も、ダイの為に何かしたいのに……」
「そういう意味じゃないと思いますマァムさん。ポップさんは、一人になる必要があるんじゃないでしょうか。パプニカに戻れって、とにかくパプニカのレオナ姫に報告して、指示を待てって事ではないかと……もしかして、姫なら、ポップさんのこの行動の意味がわかるのかもしれません」
 メルルはマァムを説き伏せて、二人はパプニカに戻る事にした。
 ちなみに現在地はカールの外れだ。行きはよいよい帰りは怖い。つか遠い。徒歩と船だし。


 一方。
 一人になったポップは悠々自適に歩いていた。
 いや別に三人でも良かったんだけど。自分は。そりゃまあ告白した女と告白された女と、ちゅうぶらりんなまま旅を続けるのも変だけど、今の所、目下の幸いというか、もっと優先すべき事柄があるので喧嘩もなく仲良くやってきた。つもりだ。
 しかしどうもこのままではダイは見つからないらしい。
 そう思ったポップの行動は早かった。書き置きを置いて、ルーラを唱えて、マァムとメルルから身を隠す。
 適当に唱えたらテランに来ていた。やはり、この地はポップにも思い出深い場所らしい。
 滅多に弱音を吐かないダイが逃げ込んだ場所。竜神信仰のある、かつてマザードラゴンが眠っていた泉。
 ポップはとりあえず泉の水で顔を洗って、ここに野宿と決め込む事にした。
 旅費は全額マァムが管理していたから本当に着のみ着のままだが、貧乏旅には慣れているし、当分ポップはここから動かないつもりだったから、早々金も必要ないだろう。
 水はあるし、魚も泳いでいるし。
「よし! 充分!!」
 ガッツポーズをして、ひと眠りする。目が覚めたらハーブでも探しに行こう。ここには森も多いし。んで魚を釣って魚のハーブ焼きだ! うおお完璧。塩、無いからね。
 しかし魚だけでは栄養が偏るというもの。
 寝て起きると、ポップはがっさがっさと森に分け入ってどんどん進み、人家のある所まで出ると、体の無理の利かない老夫婦だけが住んでいると思しき小屋に目星を付け、薪割りなどの肉体労働を対価に、使われなくなって台所の隅で埃を被っていた古い鍋をゲットする事に成功した。
 親切な老夫婦はオマケにと塩と多少の香辛料も分けてくれた。まさに労少なくして益多し。
 これで料理のバリエーションが広がる。
 ことほど左様に、ポップは思いがけず始めたキャンプ生活を楽しんでいた。
 ちょっと子供時代を思い出す。故郷のランカークスもこんな辺鄙な村で、過疎化でろくに遊び相手もいなかったポップは、一人で火を熾したりその火にその辺に生っていたみかんの実を放りこんだり、細竹にタコ糸で絶対に釣れる筈のない魚釣りモドキをしたりと、結構一人上手だった。
 アバンとの旅で食べられる野草や毒草などの知識を叩き込まれ、その後の旅で、サバイバル技術だけは無駄に上がっていったような気がする。今ではポップは草むらにいた羽虫を大量に集め、それを撒き餌に湖の魚をおびき寄せ、ちゃぽんと指を水に浸し、閃熱呪文を一発唱えてぷかぷか浮いてきた魚を素手で捕まえる事が出来る。
 むしろ、湖の魚を根絶やしにしてしまわないよう、範囲指定する事の方が手間だった。
 楽っちゃ楽だが……一人で食べるには多過ぎるな。今回は仕方ないとして、明日からはもう魔法禁止!
 貴重な塩を多めに振って焼きながらポップはぐっとこぶしに力を込める。
 ちなみにその分の魚は先日の老夫婦の所に持っていって、パンと交換して貰った。物々交換だ。失敗もプラスに変えるとは、さすがオレ天才、食料も無駄にしなかったし、と自画自賛しながらポップは毎日を過ごしていた。
 その日ポップは汗だくになって山芋掘りをしていた。
 魔法禁止、を自分に課しているので頼りは己の腕一本。と、シャベル代わりの木の枝のみ。
 そのかいあって、丸々と育った山芋を全部掘り上げた時には、立派になって! と、山芋に言っているのかはたまた自分へか、よくわからない感情で涙目になってしまったくらいだ。
 しかし思ったより時間がかかってしまったらしい。太陽が西の空へ沈もうとしている。
 ポップは湖に戻って山芋を洗い、ついでに自分も洗う事にした。泥だらけになっていた法衣を脱ぎ、シャツに手をかけた所で動きを止める。
「……どーして水浴びしよう、ってタイミングで出て来るかなあ……」
 ポップは呆れた調子を隠しもせずに言った。
「なあ、ダイ?」
「えへへ」
 照れ臭そうな顔をして、パキンと枯れ枝を踏みながら、背後の森から覚えのある影が現れた。
 ダイだった。
「おかえり、ダイ」
 行方不明の勇者、ポップの親友――ポップは笑って立ち上がると、振り返って両手を広げた。
「ただいま、ポップ」
 広げた両手にふらふらと吸い寄せられるように近付いてきたダイの頭に、一発ゴツン! とぶちかます。
 こんな事もあろうかと、手のひらに小石を握っておいた。
 ポップの力でも、多少は効いた事だろう。
「あだだだだ……ポップう、ヒドイじゃないか」
 大して効いてないかもしれない。まだまだ態度に余裕がある。
 ……石の方で殴ってやれば良かったか。魚と同じようには行かないな。ちっ。
 コブが出来たふうにも見えない頭をいつまでもいつまでも見せつけるように撫でつけているダイを見ながらポップはさっさと本題に入った。
「うるさい黙れ。最後の最後にケリ入れられて落とされた恨みは忘れんからな。で、いつ帰って来たんだ?」

>>>2010/06/21up


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