「けち」
ダイはちぇ、と小さく舌打ちして頬を膨らませると、
「ポップこそ。オレが帰ってるって知ってたんでしょ? 何でわかったの?」
不思議そうに聞いた。
「そらまあ、メルルが三回もハズしたらな。これでもオレ、結構メルルの占いアテにしてんだぜ。一回や二回なら猿も木から落ちるかな、と思うけど、三回違ったら必然だろ。と、すると、ダイの方で避けてると考えるのが自然だろ? 避けられるくらいなら、怪我とかも大丈夫な程度だろうし」
ポップはそこで言いにくそうに言葉を切って、
「……もしかして、無理して帰ってきたせいで、また竜魔人化とかして、オレ達に姿を見られたくないのかと思ってたけど……」
自分が殴りつけたダイの頭に手を伸ばし、引き寄せた。
「考え過ぎだったみたいだな。いつものダイだ。竜魔人化しても、ダイはダイだけどな」
きゅうっ、と胸に押しつけるようにして抱きしめる。
ちくしょう、頭撫で撫でするより甘やかしてんじゃねーか。やっぱりオレ、ダイには弱いよなーとポップはしみじみ感慨に浸っていたが、背中に回ったダイの手がだんだん下に下がっていって、不埒な動きをしようとするのを、阻止する事は忘れなかった。
「けちー!」
「やかましい。人が色々心配して、人前に出られない姿なんじゃないかと思って、マァムとメルルを帰して単独で待っていたオレの純情を汚すんじゃねえ」
「その割には楽しく生活してたようだけど」
ポップのお気楽サバイバル生活をあてこすってダイは言った。
「お前、オレが悲壮な顔してて嬉しいか? オレがキャンプ生活を満喫していたからこそ、お前もまあいいか、ってな感じでひょこっと顔を出せたんだろ。ん!? ちょっと待て。そうすると、お前はオレが野宿しているのを、黙って見守ってた事になるんだな。な・ん・で、もっと早く姿見せねーんだテメエぇええ」
ポップは握りこぶしをダイのこめかみに当てて両側からぐりぐりした。
ダイは呻いた。
「ポップ! 痛い痛い! ストップストップ!!」
勇者でも、痛いものは痛いらしい。ポップが心ゆくまでぐりぐりを堪能してから解放してやると、ダイは目を赤くして頬っぺたからこめかみまで手で擦った。可哀相だな、と思ったのでちゅ、とこめかみにキスしてやると、ダイは顔中を真っ赤にして視線を泳がせた。ちょっと離れている間に挙動不審になったな、とポップは思う。
「……ポップ」
する、とうなじに手を伸ばし、背伸びして顔を近づけてくる。
とりあえず頭突きをかます。気合いを入れたので、石頭のダイ相手でも大丈夫だった。オレ一番。
「ポップうう! 生殺しって言葉知ってる!?」
「当然。お前が知っててオレが知らない単語なんか無いだろ?」
しれっと答えたポップに、ダイは頭突きの痛みを忘れたように笑って言った。
「あるよ。単語じゃないかもしれないけど」
どういう意味だ? と首をかしげるポップをダイは座らせて、自分も隣に並んだ。
「んー……、ポップにオレの帰還がわかったのは、メルルの占いが外れたせいだよね。じゃ、逆に、どうしてオレがメルルの占いを避けられるのか、変だなーとか思わなかった?」
あれ? そういえばそうだ。ポップは聞いた。
「何でだ?」
「メルルじゃないよ。オレがわかるのは、ポップだよ」
「意味がわからん」
「それはポップが悪いよ。オレがこんなにこんなにポップが好きで、気を付けてて、ずうっとポップの所に帰りたいと思っててそうしたのに、ポップには全く通じなくてさ。壁、厚過ぎ。メルルだけじゃなくて、もう少しオレにも心開いてよ。そうしたら、オレの声が聞こえるようになるよ」
「声……?」
声? 聞こえているが、ダイが言いたいのは普通に耳で聞こえる声じゃないらしい。
心って……もしかして、と思いつつ、ポップは心の扉を開いた。
途端にダイの声が飛び込んでくる。
好き好き大好きあーもう何で通じないんだよオレがこんなに好きなのにポップって本命以外には鈍いんだよねちょっと待てそれじゃオレは本命じゃないのかそれは駄目だオレはポップが一番好きなんだからポップもオレが一番でなきゃ駄目だそこんトコわかってくんないかなーとりあえず実力行使でいいだろうか好きなんだからいいよね責任取るし何でこんなの好きになっちゃったんだろうでもまあ幸せだからいいか
――そこまで聞いて、ポップは急いで扉を閉めた。
顔を引き攣らせながら結論を言う。
「あー……、つまり、ダイも資質を開花させて、心話で話せるようになったって訳だな」
「ポップ限定だけどね」
まあそれはメルルも同じだから、驚く事でもないかもしれない。
メルルもポップが好きで、好きが高じて心が通じたようなものだったから、ダイなら尚更かもしれない。
最初の最初から、ずっと冒険を共にしてきたのだ。
二人の結び付きは、余人の入る隙を与えない。それはお互いが想いを寄せる少女でもだ。
ポップに聞こえなかったのは、先にメルルの事があって心をブロックしていたのと、周波数……のような物が、ダイに合っていなかった為だろう。二人も心が通ずる相手がいるなど、まず思わない。
「気付かなくて悪かったよ、ダイ。すまん。でも、別に逃げ回る必要はなかったんじゃないか? みんな心配してたろ?」
「それはわかってたんだけど……」
恥ずかしかったから、とダイは続けた。
「だってさあ、お前を倒して、この地上を去る……! とかオレの使命だとか、あれだけカッコイイこと言っといて、みんな心配してくれてるのにすぐにピンピンして平気な顔で帰って来たのが気まずいというか申し訳ないというか……っ!」
「……オマエ、いつ戻ってきたんだ」
呆れたようにポップが言った。
「わかんないけど、割とすぐ、だと思う……二日後? 三日後? あ、でも、最初の一週間位は、体中痛くて起き上がれなくて、朝露とその辺の草とか虫で食い繋いでたよ。この時ポップが見つけてくれてれば、あんなに逃げ回らないで済んだのに、回復しちゃうと色んなこと考えちゃってさ。すげーコト言っちゃったなーとか思い出すと自己嫌悪でうわああ、とかなっちゃうの、ポップだってわかるだろ!?」
「………」
わかるわかり過ぎる。ダイの弁明に、ポップは深あく頷いた。
ポップの冒険はそんな事の連続だ。大口叩いて逃げ出してマァムに怒られて。どうにかこうにかやってきたけど、基本が逃げ出し野郎なのは大魔道士となった今でも変わらない。
「まー、それじゃ仕方ないな。オレがえらそうな口利けたモンじゃないしな。……あれ。するってえとダイ、オレが一人になったら出て来たのは、オレならお前の気持ちがわかる、とか、そんなふうに思ってくれちゃってたワケ!?」
「それもあるけど」
茶化したように言うポップの首にダイはするりと両腕を回した。
「最初に言いたかったんだよ、『ただいま』って」
唇を重ねられながら、今度は頭突きはやめておいた。さっき、ダイの心が流れ込んできた時に、ポップの心も同時にダイに流れ込んでいる。自分の心を直視するのはちと恥ずかしいからやめておくが、ダイには既にお見通しだろう。自分が、ダイを、……き、だって。
心は閉じている筈なのに、そう思った瞬間ダイはにぱっ、と笑った。
のしかかってきたダイを全身で受け止めながら、ポップはダイの言葉を聞いた。
「オレも大好きだよ。ポップ」
「……あら」
パプニカで与えられた一室で、そろそろ寝ようと夜着に着替え、燭台の火を吹き消したメルルは、ベッドのシーツをはぐった所で顔を上げた。
一瞬、だったけれど、先程ポップの遮蔽が解けた。すぐまた扉を閉められてしまったけれど、どうやらポップは首尾よくダイと再会を果たしたらしい、のがメルルにはわかった。何故なら今ではメルル用とダイ用と、ふたつの扉が心の壁に取り付けられているからだ。
ちなみにパプニカには五日程で着いた。カールのアバン国王に、気球を借りられたのが良かった。これも同行したマァムがアバンの弟子だったおかげだ。それがなければ、メルルとマァムの二人は今でもギルドメイン大陸のどこかをうろついていた事だろう。
「レオナ姫に……!」
報告を、と思ったが、先日のレオナの言葉を思い出してメルルは廊下に通ずるノブを回すのをやめた。
レオナは断言したものだ。
「なるほどね。わかったわ、もうほっといていいわよマァム、メルル。ポップ君がそうするのには、何か理由が……計算がある筈だもの。きっと、ダイ君をひっかける罠でも思い付いたのね。それには一人行動の方が、何かと都合がいいんじゃない?」
パプニカの王城に戻って、謁見を願い出た時の言葉だ。謁見、というほど堅苦しいものではなかったが。
今更ながらメルルはレオナの慧眼に驚く。
「……私達、二人の、何の力にもなれないの……?」
力なくマァムがつぶやく。それをレオナはカラカラと笑い飛ばした。
「あーそりゃお邪魔虫でしょうよ。正直マァムとメルルと三人で行くって聞いた時は、私の方が驚いたもの。ポップ君も気弱になってるのかしらって、その時は納得したんだけど」
姫は知っているようだ。自分も知っている、とメルルは思う。
自分が知ったのはポップと心が繋がったからだけど、不思議なくらい嫌悪感は湧かない。姫も割り切った上で勇者ダイが好きらしい。すると知らないのはマァムさんだけで、言いふらす事でもないから黙っていたけれど、二人の関係を知ったらどんな感慨を抱くのだろう。
それは、この奇妙な三角関係を終わらせる遠因になるかもしれない。
「ああでも良かった! ポップ君、ダイ君を連れ戻すメドが付いたって事よね。きっと近い内に連絡が来るだろうから、私達は勇者帰還パーティーの準備でもしましょ。いつ、とは言い切れないのが難しい所だけど」
そう言って、レオナは内密に日持ちするご馳走を取り寄せさせたり、勇者ダイの体格に合わせた服を仕立てさせたりしていた。しかし勇者と大魔道士のコンビが帰ってきたのはメルル達がそう報告してから実に一ヶ月以上経ってからで、激怒したレオナに城から追い出されたりしていた。
窓の外から怖々様子を伺うダイに、レオナも気を取り直して――というか反省して、全世界を代表して、世界を救った勇者に対する礼を述べた。ダイはちょっと困ったような、照れ臭そうな表情をしていた。
ポップも窓の外に浮いて様子を見ていた。
目敏く見つけたマァムがポップにお小言をぶっていた。マァムに叱られるのはポップは嫌ではなさそうだったが、自分は自分だと、助け舟を出してメルルも言った。
「お帰りなさい、ポップさん」
< 終 >
>>>10/06/28up