薫紫亭別館


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亡き王女のためのパヴァーヌ

 いきなり腰をとられて引き寄せられた。
 このところ、ダイは大胆になってきたような気がする。以前はこんな真っ昼間から、執務の最中に、求めてくることなんか無かったはずだ。
「……王……!」
 オレはちいさく声をあげた。
「王。やめてください。人が来ます」
「うるさい。人が来ようと知ったことか。おまえはオレの好きな時に、オレにやられりゃいいんだ」
 抵抗しても無駄なことがわかっていたから、オレもそれ以上なにも言わず、大人しくダイにされるままにしていた。無抵抗が、一層ダイを激昂させたようだった──どうしろって言うんだ。オレをこんなふうに調教したのはダイのくせに。
 王の相談役として、オレは宰相に任命された。
 パプニカの宰相ポップ。それが、オレに与えられた新しい肩書きだった。実質は、王が望めばいつでもどこでも体をひらく、ていのいい男娼と化していたけれど。
 宰相用の執務室も用意されていたけれど、オレはほとんど王と同じ部屋にいた。怪しむ者は誰もいなかった。王と宰相なら、同じ室の方が能率があがるとでも思ったのだろう。
 夜は夜で、遅くまでオレが王の寝室に呼び出されようと、反対に王が出向いてこようと、密議を交わしていたと言えばそれで通ってしまう。なにより、オレ達は勇者と大魔道士であり、オレ達が親友同士だということは、全世界中に鳴り響いていた。おかげで誰も、オレがこんな境遇に貶められているとは気づいていなかった。
 いや、何人かは気づいていたかもしれない。
 以前のダイの教育係で、今はオレの秘書のような役目をしているデリンジャーと、召使い頭のニナ。その夫の料理長のチェスタトン。ニナは、オレと王の身の回りのことはすべて自分でやって、誰にも手をつけさせようとはしなかった。
 それはオレにはありがたいことだった。特にデリンジャーが、続き部屋で控えている近習達を追い払ってくれるのは助かった。
 彼等に気づかれないために、オレは必死で声を殺して、悲鳴でもあげれば我慢できることも、それすら出来ずにオレは両手で口を塞いでその時間が過ぎるのを、じっと耐えているのが常だったからだ。
「……ッ……」
 悲鳴の代わりに、オレはダイの背中に両手を廻して爪を立てた。そうすると、少しだけダイが優しくなるような気がした。ダイのやり方は決して優しいとは言えない。ほとんど慣らしもせずに強引に押し入ってくる。ダイはオレに痛みしか与えない。まるでそうすることが、愛している証しとでもいうかのように。
 愛──確かに、ダイはオレを愛しているのだと思う。それはひどく歪んで、元が何だったかわからないくらいになっているけれど。
 初めてダイに乱暴されたのは、忘れもしない、レオナの葬儀の夜だった。
 そのときオレは、マトリフ師匠のもとで修業していた。ダイは城で、オレはマトリフ師匠の岩屋で、いずれパプニカの国の重要に役につくために、それぞれ研鑚を積んでいたのだ。
 ダイはとっくにレオナと婚約していて、もうそろそろ正式に結婚の話が出る年頃だった。日取りも決まって、招待状がオレとマトリフ師匠にも届いた。レオナが死んだのは、その矢先のことだった。
 階段から落ち、打ちどころが悪かったというのがその原因だった。
 ……これは、ちょっと、オレが聞いても信憑性に欠けると思った。実際、口さがない人々のあいだでは、誰かがレオナを突き落としたとか、後頭部を殴って殺したなどという噂が流れた。
 そしてそれをしたのが、ダイだという噂も。
「オレはそんなことしてない。ポップは信じてくれるよね?」
 霊安室で、レオナの遺体のそばに座り、喪服に身をつつんだダイは、目に涙をいっぱい溜めて、オレに駆け寄ってきた。そこには何人かの神官も警備の兵もいたのだけど、ダイは人目を気にせずオレの胸に顔を埋めてわあわあ泣いた。ダイはオレより背が高くなっていて、そのためにはオレは膝立ちにならなければいけなかったのだけど。
 オレはダイを抱きしめた。どんなことがあっても、オレだけはダイを信じようと思った。
 オレはダイの代わりに葬儀を取り仕切り、出来るだけダイを表に出さないようにした。パプニカ王家の血を引く者は誰ひとり残っていなかったから、喪主は当然、婚約者であるダイだったけれど。
 何日もかけた国葬が終わり、オレはほっとして当座にあてがわれた部屋で休んでいた。疲れもあって、すぐに泥のような眠りが襲ってきて、着替えもせぬまま、いつしかオレは眠りこんでしまったのだと思う。次に目を開けると、外は真っ暗で、真夜中だというのがわかった。瞬間、ぎくりとした。
 誰かがそこにいる。すぐそばで、オレを見ている。
 闇が口をひらいた。
「……ポップ」
 ダイの声だった。緊張がいっきに解けて、オレは不覚にも、その声に秘められた響きに気づかなかった。
 オレは言った。
「なんだ、ダイか。驚かすなよ。どうした、眠れないのか?」
 ダイは返事をしなかった。オレはいぶかしく思い、起き上がってダイのいる方へ手を伸ばした。
 阿保なオレは、それがダイの最後の理性を弾き飛ばしてしまったことに気づかなかった。
「痛……ッ!!」
 折れそうなほど強く、手首をつかまれた。何事かとオレが抗議の声をあげようとすると、更に強く握りしめた。本当に痛いときは、声など出ないということを、この後オレは思い知らされることになる。
「ダイ、痛い、痛いよ。何すンだ、離せって……!!」
 涙ながらにオレは訴えた。情けないとは思うが、痛いものは痛いのだ。
 見上げると、ダイの目だけがけもののように黄色く光って、ダイの中には竜の血も流れているのだということを、オレに思い出させた。
「ポップ。このままずっと、マトリフさんの所へ帰らずに、オレと一緒にいてくれる?」
 ダイは妙なことを言った。それとこれと、どなん関係があるって言うんだ。
 それにオレは、レオナを亡くしたばかりのダイをここで一人、放っておくつもりは無かった。
 言われずとも、ここに残る気だった。
「いるよ、いるから! だから、その手を離せって! ちくしょう、こういうのってフェアじゃないぞ、ダイ。力で言うこと聞かせたってしょうがないだろ。無理に誓わせなくても、オレはずっと、おまえのそばにいるってば……!!」
 ようやく腕の力が薄らいだ。その隙にオレは手を引こうとしたが、依然としてダイは、手を離そうとはしなかった。
 どころか、ダイはゆっくりと、寝台の上に膝を乗せてきた。
 次にダイがどう行動するのか、オレにはなんとなく予想がついた──しかし、それを認めることは出来なかった。

>>>2003/3/26up


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