薫紫亭別館


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 驚愕に満ちた声。それも当然だろう。デリンジャーにはオレ達が、ぼやけて歪んだガラスに映したように、二重に重なって見えるはずだ。
「レオナ──レオナ姫! 生きておられたのですか!?」
 デリンジャーは感極まったように叫んだ。
 オレは口をはさんだ。
「いや、生きてはいない。知っての通り、レオナは物見の塔へ続く階段から滑り落ちて、非業の死を遂げた。しかし魂はここにある。オレと共に、オレを依りしろとして、ダイとパプニカの国を導くために」
「ああ、でも、姫はそこにいらっしゃるのですね?」
 老人はひざまずき、女王に対する正式の最敬礼をした。
 頭を下げたままデリンジャーは言った。
「それなら教えてください、姫の死の真相を。私達は不吉な憶測に囚われて生活しております。あなたの民は、そのことを思うと夜も眠れぬ毎日を過ごしているのです。どうか、姫……!」
 オレはすがめた目で老人を見た。
 それでは、デリンジャーでさえ、あの愚かしい噂から自由ではいられないわけだ。レオナとオレとは目を見交わし、ふっとため息をついて、仕方なく口をひらいた。
「……噂は当たっているとも言えるし、当たってないとも言える。レオナが足を滑らせたのは本当だ。ただ、何故レオナがあんな、いつもは寄りつかない塔などに行ったかは、ダイのせいだ。あの日ダイは、ちょっとしたことでレオナと喧嘩して、うんざりして人の少ない物見の塔へ登ったんだ。頭でも冷やしたかったんだろう」
 オレは見てきたように言った。
「しばらくしてレオナも、もう一度話し合おうと物見の塔へ向かった。ダイに会いに行く途中でレオナは死んだんだ。会った後じゃない。ましてや突き落としたなんて冗談じゃない。そのことは、物見の塔で見張りをしていた兵士に聞けぎわかることだ。これが真相だ。満足したか、デリンジャー?」
 オレの皮肉に声に、デリンジャーはどうとりつくろっていいかわからぬ様子で、
「は、はい。しかしポップ様。それなら、何故ダイ様の汚名をそそぐために、このことを公表しないのですか? ポップ様がひとこと言えば、噂もやむと思いますが」
「逆だよ、デリンジャー。オレがダイをかばってると思われるだけだ。なんたってオレ達は、一応親友ってことになってるんだからな」
 それにダイは苦しむ必要があるのだ。どんな理由かは、誰にも絶対に言えなかったが。
「……はあ。それもそうですね」
 デリンジャーは釈然としないながらも納得したようだった。オレは手を振って老人を立ち上がらせ、隣に座るよう勧めた。
 座らせると、デリンジャーの目にオレとレオナが映っているのがよく見えた。レオナは花嫁衣裳を着ていた。ダイとの婚礼のためにつくらせた、真っ白なウェディングドレス。
 ドレスはまだ完全に仕上がっていなくて、胸の部分には真珠やレースが借り縫いのままくっついていた。裾などは借り縫いもされておらず、豊かなドレープを飾りつけているのは、銀糸の刺繍もない絹の光沢だけだった。
 それでもそのドレスはレオナによく似合った。
 生きているうちに着せてやりたかったと、、オレは痛切に思った。
「姫……ポップ様。あの、おあたりはどのようにして今のような状態になったのでございますか」
 言いにくそうにデリンジャーが問いを発した。
 オレは詰まった。本当のところは、オレにもレオナにもよくわからない。波長があった──としか、言いようがない。
 オレ達が困っているのがわかったのか、老人は話題を変えた。
「それでは──これからおあたりは、どのような関係になってゆくのでしょうか?」
 レオナはオレだけに聞こえる声でささやいた。
 オレはうなずいて、レオナの見解を述べた。
「恐らく……オレ達はふたりで一人の人間になるんだと思う。これからオレはどんどんレオナに似てくるだろう。外見にも性格にも、もうその兆候が出てるしな」
「ポップ様……」
「まあそう悲愴な顔をするな。だからって、オレが消えるわけじゃない。この体は元々オレのだし。最終的に、どのくらいの割合でオレとレオナが統合するのかわからないが、そんなに誰だかわからないほど変わるってことはないだろう。デリンジャーは心配せずに、今までと同じく接してくれ。あ、このことは他の皆には秘密な。おまえを見込んだからこそ話したんだから」
 デリンジャーはまた足もとにひざまずいて、オレとレオナに、永遠の忠誠を誓った。

                     ※

 オレはレオナの意識が、オレの意識と重なったときのことをよく覚えている。
 今夜もダイに足を開きながら、オレはそれを思い返す。
「ん……ダイ、もっと、ゆっくり……!」
 ダイがレオナを殺したのだと、実際は事故だったわけだが、本能的に悟った夜。
 暴行されながら、オレは思っていた──レオナ、レオナ、レオナ。
 可哀相に、レオナ。こんな人非人を愛して、死んでしまって。その葬儀の夜に。どうして?
 ダイが覆いかぶさって、くちづけてきた。
 最初から、こんなふうにしてくれれば良かったのに。レオナ。
 レオナ……。
 するりと、レオナの意識が入りこんできた。
 それを魂とか、幽体というふうに言い換えてもいい。何故か恐いとは思わなかった。彼女は自然に、オレの中に滑り込んできて、もしかしてそれは、オレが呼んだのかもしれなかった。
「……ダイ! そうじゃなくて、こう……」
 オレは自分からダイを引き寄せて、優しく息を吹きかけた。ダイはぞくりと身を震わせて、その震えをオレは繋がっている部分で感じた。
「……ずいぶん積極的になったね、ポップ」
「ひらきなおっただけさ。せっかくやるのなら、痛いより気持ちいいほうがいい、だろ?」
 でも、同化が始まったのは、ダイがオレの一番弱い箇所に、爪をたてた夜だった。
 長く痛めつけられて、もうこれ以上は、例えキスの威力があってね耐えられないと思った。私が花分受け持ってあげる、とレオナが言った。
 そんなことが可能なのかと思ったけど、その日からオレ達は少しずつ混ざっていった。
 それまでも執務についてのアドバイスなどは受けていたけど、オレが起きているとき以外、レオナは何も出来なかった。それが今では、眠っていてもレオナの自動書記で執務がこなせるまでになった。
「またいきなり百八十度考えが変わったもんだね」
 そう。レオナと同化し始めて、オレはダイに抱かれることに抵抗を感じなくなった。いや、無いこともないけど、男としては屈辱以外のなにものでもなくても、レオナにとってはこれで普通だ。
 体は男でも、女性のアイデンティテイを得たことが、オレの気を楽にさせた。
 そうして、今こうしてダイに縋っているのは、オレの中のレオナなのだ。
「ダイ。もっと、手を……」
 ダイはおずおずと、手を這わせた。
 いつかダイはレオナに気づくだろうか? オレとレオナ、ダイの愛した二人の人間が、融けあって、一人になっていることに。
「……泣いてるの、ポップ」
「何でもない、いいから」
 ダイとレオナの喧嘩の原因は、オレだった。
 ダイはレオナを好きだったけれど、ほんの少し、髪の毛ひとすじ分ほどオレの方を愛していた。間違った恋なのを知っていたから、ダイもオレに何も言わなかった。オレも知らずにここまで来た。
 けれど結婚を控え、それが秒読み段階に入ると、ダイは黙っているのが心苦しくなったんだと思う。
 ダイはレオナに言ってしまった。
 そしてレオナを失った。
 どんなに悔やんでも、嘆いても、もう遅すぎる。
 それを認めないために、ダイは、その原因となったオレを苦しめる必要があったのだ。
 いわばとばっちりで、オレにはいい迷惑だったけど、それ以上にダイは苦しんでいた。周囲の憶測や、自分の内心の声に。
 そのためにダイは壊れてしまって、加減がわからず、オレを殺しかけていたのだけど。
「──ダイ」
 オレはぎゅっとダイに抱きついた。
 とまどったようにダイは、オレを抱く手に力を込めた。
 この迷妄も、恐らく後少しで醒めるだろう。
 レオナはここにいるのだから。オレ達は二人して、おまえを見守っているのだから。
 おまえを愛しているのだから。
 オレは静かに目を閉じて、長く甘いキスを待った。

<  終  >

>>>2003/4/28up


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