式が終わったからといって、すぐにベンガーナへ発つわけではない。
ダイは、身の回りの物をまとめてがらんとなったポップの部屋に、一緒にくっついてきていた。
「は──……終わったなあ、ダイ」
「うん」
その言葉には、もうパプニカでやれる仕事は何も無い、やることは全てやった、というようなニュアンスがあった。ダイは、それを寂しく思いながらうなずいた。
「明日の朝イチでオレは発つよ。まだ物件を決めただけで、掃除もしてないんだー。古いけど、なかなか味のある建物なんだ。いかにも何か出そうでさ。そーいや、オレの弟子にもそんなのがいたなあ……」
もはや他人に対するような話し方だった。
いや、他人には違いないのだが、以前のポップはもう少し、直弟子に対して親身だったような気がする。
「ポップ」
ダイは手をのばした。
ポップはぺちっとその手を払った。
「ポップうう! なんだよ、まだ怒ってんの!? やり過ぎたのは、謝ったじゃないか!」
「でかい声だすな、恥ずかしいいっ!!」
ポップの方がよほど大きな声で叫んで、ダイを制した。
あきらめきれずにダイは愚痴った。
「だって、不安なんだもん……ポップってば何だか冷たいし。さっきの、オスカーだよね? に対する物言いとか、ハーベイへの仕打ちとかも」
ダイもハーベイが眠ったままなのを知っていた。
シャムロック・バッジを返しに行ったさいに知ったのだ。
そのあともダイは、ポップの居場所を聞きだそうという魂胆はあったものの、何度も見舞いに通ったものだった。
「なに言ってンだよ、ばあか」
ポップはちょっと意外そうな顔をして、自分からダイの髪にふれた。
「ハーベイとおまえは違うだろう? オレはおまえを眠り姫なんかにしないし、おまえをユーレイ呼ばわりもしないぞ。ダイはダイだろ。な?」
「……うん……」
ポップと話していると、見事に話しがズレていくな、と思うのは、ダイの気のせいではあるまい。
が、まあ、それは置いといて。
「……ポップ」
今度はぱしん! ともう少し強くはたかれた。
ダイは哀れっぽい声をあげた。
「ポップううっ」
「ンなことしなくても、オレはおまえのものだよ、ダイ。それとも何か? てめえ、オレの体だけが目当てか?」
「と、とんでもないっ」
ダイはあわてて首を振った。
「ならいいだろ」
ポップは突き放すように言ったが、少し考えたあと、もういちど手をのばした。
逆にポップに腕をつかまれる格好になったダイは、もしかして……と、こっそり胸を高鳴らせた。
しかし。
「……レオナには、このことバレてねえだろうな」
ポップが言ったのは、その一言だった。
あいかわらずダイの期待を裏切りまくる男だ。
ダイはためいきをついて、
「気づいてないと思うよ……今のところは。一回だけだったし、ちゃんと後始末もしたし、空気も入れ替えたし。当直の兵は寝室より、二間続きの部屋の向こうの廊下に立ってたから、えっと、その、声も聞こえなかったと思うよ……たぶん」
「たぶんじゃダメだろーがああ」
ポップは情けなくも、妙に底冷えのするような声を発した。
ダイはぞくりとした。
「明日までにやることが増えちまったっ。おいダイ、その当直の兵の名前わかるかっ!? わかんなかったらシフト表を手に入れてでも捜しだせ。念のために、昨夜の記憶抜いとくっ」
最後までこの調子なのか……と、ダイは物悲しいような気分になったが、同時に安堵もしていた。
どうも自分達は、こうして、どたばたとして、永遠に落ち着かない関係であるようだ。
それもいいな、とダイは思う。
「なに笑ってやがんだ、ダイっ!? とっとと行くぞ、このままじゃ安眠できねーかんなっ!!」
ポップの罵声に我にかえって、ダイは、まだ笑みを浮かべたままの顔でポップにどつかれながら兵の宿舎まで案内した。
※
ダイがまだ眠っているうちに、ポップは発っていったらしい。
結局、何もしないという条件で添い寝してもらって、ポップより朝が早いダイが昼過ぎまで目を覚まさなかったのは、これも魔法のせいだろうと思われた。
(ポップも、恥ずかしかったり別れが照れくさかったりしたのかな……)
魔道士の塔は今日も騒がしい。
どうやらハーベイが目を覚ましたようだ。
怒り狂うハーベイと、それを涼しい顔でなだめるスタンが目に浮かぶようだった。
「ダイ様っ」
遅い昼食を摂っていたダイをメイヤードが呼びに来た。
なるほど、世界は自分を中心に動いているのではないのだ、と、実感する。
「本日の御予定は……」
片方の耳でそれを聞きながらダイは連兵場へと向かう。
外へ出て上を見上げると、政務をとっているはずのレオナが、さぼってこちらを見下ろしているのが見えた。
ダイは手をふった。レオナも手をふり返した。
いつか許可をもらって、ベンガーナのポップに会いに行こう。
ポップがどの町にいるのか、その名前とイメージも、寝ている間にポップが送りこんでくれていた。
これでルーラが使える。
「ダイ様?」
ふくみ笑いをしたダイに、メイヤードがいぶかしげな視線を投げる。
ダイは謝った。
「ああ、ごめんメイヤード。聞いてなかった。もう一度、最初から言ってくれるかい?」
誰の上にも、平等に朝は来る。
──すべて世はこともなし。
< 終 >
>>>2002/1/20up