OVERLAP TRIANGLE
「このド下手くそどもッ!! こうだ、こうッ!!」
言いながら、オレは特大のメラを放った。
ほとんどメラゾーマと変わらないくらいのヤツだ。
巨大なメラは魔道士の塔のまわりの芝生を直径5メートルほど黒コゲにして、『塔』の上級生である、いちおう高弟たちが、必死で消火活動をした。
「荒れてますねえ、マスター」
消火も手伝わずに両腕を組んでのんびり見ていたスタンが言った。
スタンは魔法使い系には珍しい、肉体派の大男だ。
「やかましい。弟子ごときに機嫌を伺われる筋合いはないぞ。見物するほど余裕があるなら、オレが今この場でテストしてくれる。スタン、前に出ろ!」
「お言葉ですが、マスター・ポップ。オレは一年前にマスターから免許皆伝をいただいてますよ。そりゃマスターかと比べれば、実力は天と地ほども違うかもしれませんが、レベル1でも魔法使いは魔法使いですよ」
ちっと舌打ちしてオレは口をつぐんだ。
オレの舌峰をかわすスタンの手管はかなりのものだ。多少やりこめられたような気がしないでもないが、弟子どもに当たり散らして気分はすっきりした。
後を片付けておくように言い置いて、オレはふらふら歩きだした。
※
マスター。
それが今の、パプニカでの、オレの呼び名だ。
もっとも、これが通用するのはオレが創設した魔道士の塔の中だけだ。
魔道士の塔は城の敷地のはしっこにあり、オレが私物化して使っていた塔の、一階から四階……つまり、最上階のオレの私室以外が魔法を学ぶための学校になっている。
べつにオレが好んでそうしたわけではない。
押しかけ弟子が増えすぎて、しょーがなく開校した、というのが本音だ。
証拠に、オレはあまり教育熱心ではない。
どころか、今ではパプニカから離れてベンガーナで武器屋を営んでいる。
実質はさっきのスタンと、ハーベイという、もうひとりの高弟が残りの者どもを指導している。
しかし名目上は、この塔はあくまでもオレのものだったりする。
「はああ」
塔から離れて、ひとりになって落ち着いたところでオレはようやくためいきを吐き出すことができた。
むしゃくしゃしたときにはここに帰って弟子どもをいたぶるのが一番だが、それもそのときだけで、喉元すぎれば……のたとえどおり、あっというまにもやもやと、釈然としない気持ちが戻ってきてしまうのだ。
不快だとか、ゆううつだとか、そういうんじゃなくて、ホントにこれでいいのかなあ、という気持ち。
わかってもらえるだろうか。カッコ良く言うなら、オレは今、青春の怒涛の波に立ち向かっているのだ。
すなわち恋。問題は、相手がダイ……だということだろう。
ダイ。勇者。竜の騎士。パプニカの姫であるレオナの婚約者でもある。
このダイがなにをトチ狂ったか、オレに愛の告白をして寝込みを襲いに来やがって……まあちょっと正確ではないものの、そんなことがあって、オレもいろいろ考えたんだが、結局はダイの気持ちを受け入れた。
後悔はしていないはずなのに、やはりときどき考えてしまう。
本当にこれで良かったのだろうか。
もっとほかに方法があったのじゃないか。
オレの名誉にかけて言うが、オレは断じてホ○じゃない。自分で言うのもナンだが、かなり女好きなほうじゃないかと思う。
十八歳の健康な男子として、かわいい女の子を見れば目がいくし、とくに胸とケツのでっかい女が好きだ。自分がへれへれした体つきをしているせいか、ドーンと受けとめてくれそうな女がいい。
だからオレはマァムが好きだった。
あ、胸とケツがでかいから、という理由だけじゃないぞ。
マァムは優しいだけじゃなく、厳しい面も持ちあわせていて、オレが甘ったれていると横っつらを張りとばしてくれる、オレの女神だ。
女神は今、故郷のロモスで武神流拳法の道場をひらいている。
いつかは彼女を迎えに行くのだと思っていた。
しかし、いざダイとこういう関係になってみると……驚いたことに、あんなに憧れた女神の顔さえ散らつかなくなっている。以前は、もうすこしひんぱんに思い出していたような気がするのだが。
オレはごろんと芝生に転がって、ひとりきりで空を見上げた。
誰もいない。塔の近辺はもともと人通りの少ないところだし、オレの機嫌が悪いのを、弟子どもも感じとっているのだろう。
太陽はゆっくりと街並みの向こうに沈んでゆこうとしていた。
夕焼けがきれいだ。きっと明日は晴れだろう。
ぼうっとそんなのもを眺めながら、オレはまた、もの想いにふけっていた。
薄情、なのかな、オレは。優しくしてくれるなら、誰でも良かったのかな。
ぶんと首をふって打ち消す。ちがう。ダイは確かに優しいが。オレにやってるこたああんまり優しいとはいえないぞ。いや、じゅうぶんに優しくしてくれてるんだろうけど。
体の構造じたいが違うんだから、そもそも無理があるのだ。
ちきしょー、わかってんのか、ダイ。オレは好きでヤラレているわけじゃないんだぞ。
そこでオレはまた首をひねる。好きでもないのにどうしてヤラしているのか。
それはやっぱり、ダイが嫌いじゃないから……という結論に落ち着く。
こんな思考はもう何十回と何百回となく考えたことで、いまさら思い返す必要もないくらいなんだが、どうしてもここで立ち止まってしまうのは何故だろう。
わからないんだ、オレは。ダイのこと、レオナのこと。
ふたりが何を考えているのかわからない。
レオナはさすがに大物というか、オレのことをけろりとして容認している。恋敵、のはず……なんだから、もうちっと修羅場になってもいいようなモンなんだけど。
ダイも浮気とか、愛人だとか、そんなふうにオレのことを思ってないみたいだ。
これっぽっちも悪びれてない。うしろめたくはないんだろうか。
オレはレオナも好きだから、友人として、彼女の婚約者をとってしまったことに途方にくれる。
いや、ダイはべつにレオナとの仲を解消したわけじゃないし、オレがベンガーナにいるからしょっちゅう遊びには来るけれども、やはり月の大部分はパプニカで、レオナのそばで暮らしている。
オレの立場としては、ダイの二号さんみたいなもんか?
それならお手当てのひとつも貰いたいものだが。
いかん、なにを考えているのだオレわ。
こんな調子だから、オレのダイへの気持ちも恋なのかなんなのかわからない。
だいたいあいつに金を貰おうったって、金を持っててるのはレオナであってダイではない。
あかん……ますます思考がドロ沼に……。
オレはゴロゴロ体を転がらせた。
手首や顔に当たった芝生がちくちくした。
男だから、男同士だから、というのは、ふしぎなくらい湧いてこなかった。最初は一応こだわってたけど、そんなもんどーでもよくなっちまった。
馴らされた、つーか、オレにとっては自分が男、というのはあまり重大じゃなかったみたいだ。
まあ昔からカラダに自信は無かったしなー。
どーんと受けとめてくれそうな、と言うならダイにかなうヤツはいないだろう。
なんたってあれだけ頑丈な男だし、殴ろうが蹴ろうがびくともしないだろうし、だから、相手が一人じゃ足りないのもわかる……、
「じゃなくて! うわーなに考えてんだオレってば」
思わず起き上がって地面をばんばんはたいた。頬が熱くなっているのを感じる。
「……なにやってんすか、マスター??」
後ろから声がした。
内心ビクッとしたのを悟られないように、目に力をこめてオレはふりかえった。
「きさまか、スタン。何の用だ。後片付けは終わったのか」
「さて。それはハーベイに聞いてください。オレは、厨房まで行ってマスターのためにウェイターの役目を果たしにきたんですよ。どうぞ。料理長が急いでつくってくれたサンドイッチです。どうせ城に顔を出す気はないんでしょ?」
「………」
城に行けば、もう夕飯どきだったから、料理長の贅をつくした料理が供応されるのはわかっていた。でもオレは、今日魔道士の塔に弟子どもをいたぶりに来たことは、ダイとレオナには知られないようにしていた。
ふつうなら女王であるレオナに面会を申し込んで、あいさつに行くのが本当なんだろうけど、ここに来るのはだいたいが気まぐれの突発で、むしゃくしゃしてスカッとしたいというのが動機だったから、今回の原因の半分である……レオナの顔を見たいとは、オレは思わなかったのだ。
レオナに会えば、必然的にダイとも顔を合わせねばならない。
魔道士の塔から離れていることを、しみじみ感謝したくなるのはこんなときだ。
「……ふん。一食ぶん浮いたな。サンキュ」
オレはスタンかせ運んできてくれたサンドイッチを手にとつた。急いでつくったというわりにはえらく豪勢に具がはさんであって、おそらく今夜の晩餐の料理を少々いただいたにちがいなかった。
「おまえも食えば?」
「そう言ってくれると思ってました」
ダイはきょとんとながら、城のほうからもうひとりのオレの高弟、ハーベイを連れて歩いてきた。オレはスタンを睨みつけた。
遠慮なくスタンは手をのばした。
肉体派魔法使いだけあって、スタンはよく食べる。
もしかして、オレに食事を運んできたのも、これが狙いだったのかもしれない。
「ところで、ダイ様と何かあったんすか? マスター」
>>>2000/9/2up