薫紫亭別館


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ROUND ABOUT

 どがん。
「……またかよーポップ───!!」
「っかしーなー。計算では、ふわりと宙に浮くはずだったんだが……」
「どんな計算だよ!?」
 揺れとともに魔道士の塔の地下からは、こんな会話が聞こえてくる。
 男にしてはかん高いマスターの声は、この騒ぎの中でもよく通る。
「どーせまたいつものあてずっぽで試したんだろうっ、違うと言うなら計算結果を見せてみろっ」
「なんだその口のきき方はっ。オレに意見する気か、ダイ?」
「したくもなるよ!! どーやったら『空飛ぶじゅうたん』が爆発すんだよ!?」
 口論。僕は耳をふさぐ。
「おーい弟子どもーっ、あと片付けとけえっ」
 マスターの声。僕とたいして齢の変わらない、マスターの。
 グレイト・マスター・ポップ。
 大魔道士。十七歳。
 この魔道士の塔の責任者。
 僕達はこの塔でマスターに教えを請うている。
 マスターはめんどくさがりで、めったに真面目に指導してくれるなんてことなかったけど。
「行かないのか、ハーベイ?」
 一番年長のスタンが僕をうながす。僕は無視。
 他の連中は、手に手にほうきやちりとりを持って、外に出ていっている。
「………」
「そうか。んじゃ、行ってくる」
 座ったままの僕に、気を悪くしたようすもなくスタンは出てゆく。
 僕は、ここにいる連中の中で、こいつが一番嫌いだ。
 なにかっつうと兄貴ぶって、親切げに世話を焼こうとする。
 大きなお世話だ。大体、二十代も半ばになって魔法使いになれないのなら、いいかげん才能がないと割り切って転職を考えたらいいのだ。
 しかし、僕にはうっとおしいとしか思えないおせっかいも、他の連中にはウケがよく、色々頼りにされたり相談ごとを持ちこまれたりしているらしい。実に馬鹿馬鹿しい。
「あー。ハーベイ、またサボッてんな」
「マスター」
 後ろに勇者様をしたがえて、マスターは教室に入ってきた。
 さすがの僕も、マスターを目の前にしてはスタンみたいに無視を決めこむわけにはいかない。僕は立ち上がって、神妙にも頭をさげた。
「なーにガラでもないことやってんだ? 魔道士の塔一番の生意気ボーズが」
 マスターはけらけら笑って、つんと人差し指で僕のひたいをつついた。
 僕はむっとして言い返した。
「お言葉ですが、僕はマスターの失敗の後片付けをするために、塔に入ったのではありません。それでも、マスターは僕の指導者です。師匠に礼を尽くすのは、弟子として当然です」
「おまえは相変わらず堅苦しいな。ま、それがおまえのいい所といえばいい所かも。別に強制はしないけど、他のヤツラにはやっかまれてるかもよ」
「能力の劣ったやつに何と思われても、知ったことじゃありません」
「そうだなあ。おまえ、才能だけはあるもんなあ」
 マスターはまたくすくす笑った。
 今度は僕は何も言い返さなかった。返せなかったのだ。
 いくら腹がたっても、この眼前のひょろりと細長い男にはかなほないのを知っていたからだ。
 たった二年前だった。世界に危機が訪れたのは。
 そのとき十五歳だったマスターと、十二歳だった勇者様は、最初はたった二人でこの危機に向かう冒険をしたのだ。
 僕は今、十三歳だけど、もし今未曾有の危機が訪れて、それに立ち向かえるか、と聞かれたらまず無理だと思う。よしんば僕が、スタンみたいに二十歳過ぎだとしても同じことだ。
「もう少ししたら、アバンのしるしならぬポップのしるしとかいうのをつくって、おまえにやるよ。今、デザイン考えてんだ。あちこちのデザイン書ひっぱりだしてさ」
「へえ。ポップ、そんなこと考えてたの?」
 勇者様が口をはさんだ。
「当たり前だろ。いくら押しかけ弟子ばっかとはいえ、一応オレの弟子なんだから、それなりにカッコつけてやんなきゃな」
「迷惑がってるとばかり思ってたよ」
「迷惑だけど、しょうがないだろ」
 この塔にいるのは全員大魔道士様の実力を慕って集まってきた者ばかりだ。
「それにさ、オレなーんにも教えてないのに、塔にいたってだけでオレの弟子呼ばわりする奴もいるだろ? そーいうのを防ぐためにもさ」
「………」
 ほとんどが向学心に燃えてやってくる塔の学生の中にも、やはり虎の意を刈るキツネとか、そーいうのはいる。
 数ヶ月(へたしたら数日)ここで暮らしただけで、さっさとトンズラして大魔道士の弟子だと吹聴する輩だ。
「それ、全員にあげるの? ポップ」
「いんや。オレがこう、と決めた奴だけにだよ。何人か候補を考えてる。後の奴らにゃ悪いけど。そうだなあ、真面目に勉強した奴には卒業証書とかつくって渡してもいいかな、なんて考えてるけど」
「マスター」
 思いきって僕は聞いてみた。
「候補って……僕の他には、誰ですか?」
 マスターはしばらく僕の顔をじっと見つめると、やがてニッと笑った。
「聞きたいか?」
「聞きたい……です」
 僕以外に、マスターに認められた者がこの塔に、どれだけいるというんだろう?
「エドモスとかオスカーとか、何人かいるけどやっぱり最初はスタンだな」
「スタン!?」
 つい大声を出してしまった。
「なんだなんだ。なに叫んでるんだ」
「失礼しました、マスター。で、でも、なんでスタンなんです!? あんなやつ、人がいいだけで、たいして魔法力ありませんよ!」
「魔法力だけが基準じゃないぞ」
「ほかに何があるっていうんです!?」
「人柄とか人望とか、そんなんじゃないか?」
「………」
 僕は詰まった。僕には、望んでも得られない資質だからだ。
 もっとも、そんなもの望みたくもない。頼りにされてるというと格好いいけど、実際は、他人の尻ぬぐいに使われるだけだ。
 勇者様やマスターみたいに世界的な規模ならともかく、こんな狭い塔の中や故郷の村で、人望を得たところで何になるというんだ。
「なんとなくおまえの考えてることがわかるぞ、ハーベイ」
 マスターと勇者様は顔を見合わせて苦笑した。
「まあ、それも基準のすべてってわけじゃない。とゆーか、候補なんてほとんどカンで決めてるよーなもんだ。オレだって、アバン先生の押しかけ弟子で、しるしを貰ったときだって仮免だったんだからな」
「そういやそうだったね」
 なつかしそうに勇者様はうなずいた。
「だろ? だからその後の苦労したことったら。つまり、オレが大魔道士になったのは、アバンの使徒になってからだ。ハーベイも晴れてオレの弟子になったら、せいぜい精進して有名になってくれ。オレも嬉しい」
「虫のいい話だね、ポップ」
「やかましい」
 マスターは軽く勇者様の頭をはたいた。
 負けじと勇者様も軽くやりかえして、なんでも、最近遅めの反抗期を迎えた勇者様は、以前ならマスターの言うことをはいはいと聞いていたのが、少し反論したり批判したりするようになったらしい。
 マスターはちょっとグチっていたけれど、この様子を見るかぎり、そう怒ってもいないらしい。
「マスター。終わりました」
 後片付けをしていた連中が戻ってきた。
 自然とマスターに報告したのはやはりスタンだった。

>>>2001/10/12up


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