薫紫亭別館


back 塔top



 それを聞いてポップは腹の底から大笑いした。
「そりゃー災難だったな。エドモスは、ああやって自分の趣味の園芸の話をするのが大好きなんだ。ここに遣わされた塔の若い連中なんかはまず、エジキになってる。だから一度来た奴らは二度と来たがらない。あの癖さえ無けりゃ、真面目でいい奴なんだが……」
「ほんとに、魔法使いにマトモなのはいないって、いい勉強になったよ。まったく」
 枕に顔を押しつけてダイはグチった。
 二人がいるのはアバンが用意してくれた、ツインの客間だった。夕食に招かれ、カール国王夫妻たるアバンとフローラと差し向かいで歓談し、ワインなんかも特別に舐めさせて貰ったりして、楽しい時間を二人は過ごした。
 夕食後は案内して貰った大浴場で疲れを落とし、今は清潔な夜着に着替えて、ベッドに潜り込んでいるのだった。ダイは隣のポップを見やると、
「そっちに行っていい? ポップ」
 と聞いた。
「……いいぞ」
 お許しを得ると、ダイは音もなく自分のベッドを抜け出し、するりとポップのシーツに潜り込んだ。
「えへ。やり直しー」
「何かバタバタしてたもんなー。あの日も結局お流れになったし、何故だか、お前、飢えてるし」
 お互いに服を脱がせっこしながら言う。
「ポップ、好き……」
「ん……オレも、ダイ……」
 珍しく普通にキスまで到達した後、ダイはぴく、と僅かに体を強張らせた。ダイはポップの耳に、息を吹きかけるように見せかけてささやいた。
「ポップ……ちょっと、動かないでね」
「ダイ?」
 枕の下に手を伸ばす。引き出された手を見てポップは仰天した。ダイの手には、またも投げナイフが三本挟まれていた。
「だ……ダイ!?」
 ポップが叫ぶのが早いかダイが投げナイフを放つのが早いか。投げたナイフは天井付近に突き立って、そこから見覚えのある薄茶色の影が現れた。
「……オスカー!? 無事だったのか!?」
『あーあ。また見つかっちゃった』
 オスカーは悪びれた様子もなく、しゃあしゃあと頭を掻きながら天井から床まで降りてきた。ポップは更に言った。
「何が見つかっちゃった、だ馬鹿野郎。テメエには覗き趣味でもあるのか!? ……あるよな。当然だ。それが楽しくて幽体離脱してるよーなモンだろうしな。だが、どうしてよりによって、ココなんだ。人の情事を見て何が楽しい」
『マスターの弱点を探ろうかな、と思いまして』
「オレに弱点など無い。あったとしても、貴様に試す機会など永遠に無い。オレは男はダイ一人だからな、他の男は返り討ちだ」
『そう言わずに。試してみれば、また違う感想を持つかもしれませんよ』
「悪ふざけも大概にしろ。テメエにそっちの趣味が無いことくらい知っている。いい加減にしないと、こっちにも考えがあるぞ」
『どんな?』
 ポップが手を伸ばすと、ひょい、とダイがガラス製の水差しを手渡した。サイドテーブルに置かれていたものだ。細長いティーポットのような形をしていて、きちんと蓋まで付いている。
『ま、マスター、またですか!? ちょっと待ってください、すぐ消えますから……っ!』
 中にはまだ水がなみなみと残っていたが、ポップは気にせず焦るオスカーに口を向けると、
「――封印!」
 水差しの中に、オスカーを封印した。
 蓋はともかく、注ぎ口から出て来られてはいけないので、とりあえず指の腹で押さえる。ダイが詰め物用の布を持ってきた。この辺りの息の合いっぷりはさすがだ。
 ポップはダイにオスカー入りの水差しを預けると、手近な鏡に呪文をつぶやいて、パプニカの、魔道士の塔へのホットラインを開いた。
「……スタン! まだいるか!?」
 夜という事で、スタンも塔の学生が寮として使っている建物に帰ってしまっているかと思ったが、意外や鏡はすぐにスタンの像を結び、
『ああ、マスター。良かった。大変なんです』
 スタンの方でも、ポップからの連絡を待っていたらしい。鏡を使った通信魔法はポップオリジナル・スペルなので他人が扱うことは難しい上に、スタンには残念ながら、魔法の才能が悲しいほど無い。
 スタンの能力はもっぱら実務に特化しており、それでも彼は誰もが認めるポップの一番弟子――塔の運営役である。
『マジック・ダウジング・ロッドを持たせて捜索させた所、さすが闇雲に探し回るよりは、魔法感知道具を使ったおかげか、インク壺自体はすぐに見つかったのですが……その、中身が……』
 珍しくスタンは語尾をぼかした。常に黙々と、与えられた仕事をこなす彼にしては滅多にないことだ。
「中身が無かった、と言いたいんだろう。何故だ? 蓋でも緩んでいたか!?」
『当たらずとも遠からずです、マスター。インク壺は、地面に落下した時の衝撃で割れてしまったようです。その際に、オスカーは脱出したのではないかと……』
 今は全員でオスカーの幽体を探している所だと、スタンは続けた。
 ポップが手を出すと、すかさずダイが水差しを握らせた。注ぎ口にしっかり詰め物をされたそれと、ポップの怒りに燃えた顔と格好とを見て、スタンは事情を察したようだ。
『あー……ご愁傷様です、マスター。では、すぐに捜索を中止させます。こんな時間まで粘ることは無かったですね』
「いや、捜索は続けろ。明日からでいいが。代わりに、先日オスカー入りのインク壺を落とした学生をルーラでこっちに寄越せ。もう一度落とさせる。今度は割れないように、中身もこぼれないように、念入りに梱包してな」
 スタンは承服しかねる、と言うように眉間にシワを寄せ、
『……マスター……さすがにそれは、ちょっとひどくありませんか? 個人的な怨恨は、マスターご自身で晴らされた方がよろしいかと……』
「誰が怨恨だっ! 人聞きの悪い」
 鏡の向こうのオスカーにポップは怒鳴った。
「オスカーが自力で脱出したら、オスカーの奢りで全員バーベキューパーティー、というのが出来なくなってしまうんだぞっ!? お前はバーベキューとオスカーの自由と、どっちが大切なんだ!?」
『――すぐ手配します』
 鏡の向こうのスタンが消え、ドアを開けて誰かにものを言いつける声が聞こえた。それを聞き届けると、ポップは鏡の魔法を解いた。
「あーあ。せっかくいいトコだったのに」
 ぶつくさ言いながらポップは身支度を整えた。といっても夜着姿だが。今から学生が訪ねてくるというのに、上半身裸というわけにもいくまい。
 ダイも同じく夜着を被った。せっかくポップが脱がせてくれたのにと思うと惜しいが。非常に。それにしても、スタンもやっぱり魔道士の塔の一員なんだなあ……としみじみ思う。
 自分の利益最優先というか、自分の実力が全ての結果だと考える彼らは、結果の為には経過はどうでもいいらしい。この場合、結果とはバーベキューで、経過はオスカーを犠牲にする事なのだが、それさえも、犠牲にされるオスカーの方に責任があるのだろう。
 よくわからない。わかったら最後な気もするのでそれで正解なのかもしれない。ポップの事は理解したいと思うが、他の方法を模索した方がいいかもしれない。
(努力はするけどね、エドモス)
 昼間約束したエドモスに心の中でこぼすと、ダイはポップが不審そうな視線を自分に向けているのに気がついた。
「何? ポップ」
「いや……些細な事なんだが。ダイ、お前、オレの枕の下から投げナイフ出したよな。あんなもん、最初からあったか? あんな硬い物が枕の下にあったら、オレだって気付くと思うんだが……」
 微妙に口籠もりながらポップは言った。
「ああ。だって、オレがポップのベッドに潜り込んだ時に忍ばせたんだもの。最初の最初は、オレの枕の下にあったんだけどね。ここに案内された時に、ベルトから抜いて置いといたの。ポップが不安になるといけないから言わなかったけど」
 簡単に、あっけらかんとダイは語った。ポップはますます困惑の表情を深めた。
「な、なんで、ンな面倒な事を……!?」
「だって、何か武器持ってないと不安じゃない? 特にポップと行動している時は、何が起こるかわかんないしさ。いつでも反撃出来るように、武器は携帯しとかないとね。あ、もちろん、武器が無くてもオレは強いから、ポップは安心していいよ」
「………」
 ポップはすがめた目でダイを見た。勇者の考える事はわからない。
 ポップは思った。そんな物騒なもの、身につけない方が安全だと思うが。……と思うのは魔法使いの理屈で、ダイにはまた違う講釈があるのだろう。そういう事にしておこう、うん。
「……それでもオレはお前が好きだぜ、ダイ」
「……? どうしたの、突然? でも、嬉しいよ。オレも大好きだよ、ポップ」
 ダイとポップは、元通りサイドテーブルに置いたオスカー入りの水差しの前で濃厚なキスを交わした。
 魔道士の塔から学生が来たのは、そのすぐ後の事だった。

<  終  >

>>>2010/5/12up


back 塔top

Copyright (C) Otokawa Ruriko All Right Reserved.