薫紫亭別館


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 こちらが実験室、こちらが……と、控え室のある建物をひと通り案内してから、エドモスはダイを外に連れ出した。
「みっつある建物のうち、ひとつは完全な寄宿舎です。ここは完全寄宿制ですので。後のひとつが騎士としてふさわしい知識を詰め込まれる教室、さっきまでいた建物ですね。残りが雨天練習場や各武術の道場など。主に勉学と剣技・武術、寄宿舎とに分かれていると思ってください」
 エドモスは茶色い地面が剥き出しの、ダイが練兵場と思った広場を指して、
「あそこが晴天時の教練場です。球技など、ゲームも授業にありますので、そんな時はなかなか賑やかですよ。魔道士の塔には体育、というものはありませんでしたからね。私も時々、特別に混ぜて貰ったりしますよ」
 ダイはその言葉でピン! と来た。
 エドモスの、魔法使いにあるまじき体格と、礼節を崩さない態度。よくよく見れば、手のひらには剣ダコのようなものがありはしないか?
「ねえ。もしかしてエドモスって……昔、剣士……とかだったりした?」
 エドモスは鷹揚にうなずくと、
「お察しの通りです、勇者様。私は武門の家系に生まれましたので……幼少時から剣技等を仕込まれました。大魔王バーンとの大戦にも、微力ながらパプニカの軍隊で参加させて頂きました。しかし、私は……私自身は、剣を振るうより書を読み、調べる事の方が性に合ったので……マスターが魔道士の塔をひらかれた時、両親の反対を押し切って入学したのです」
 エドモスは先へ先へと歩いて、くるりと建物の裏側へ出た。
「始めは驚きの連続でしたよ。こんなに全てが適当で大雑把でいいのかと。しかしそれは、私が剣士としての目を捨て切れてないだけであって、塔のみんなにはそれで当然なのですよ」
 話が核心に迫ってきた。ダイは身構えた。
「魔法使いは、自己責任というか、全ての結果は自分の実力の結果だと考える連中なのです。今は私もそうですが、そこに至るまでは随分と悩みもしました。ですから、オスカーがインク壺に封印されたのも、それを落とされたのも、全てオスカー自身の責任なのです。マスターが罪悪感を感じる必要はないのです」
「だ、だって、まさか封印されるとは思わないじゃん。そんなのがわかってたら、オスカーだって幽体離脱して来ないよ。学生がトンビの大群にぶつかってインク壺を落としたのだって、完全にイレギュラーだし」
 ダイは思わずオスカーの為に弁明していた。
「それが勘違いの元なのです、勇者様。オスカーは幽体離脱した時点で、封印される危険があると予測していなければならないのです。胡散臭い特技ですから、マスターならずとも、気付いた者がいれば封印したくもなるでしょう。マスターだから親切に送り返そうとしてくれましたが、タチの悪い者なら使い魔として使われたり、最悪、消滅させられたりしてもおかしくありません。そうならなかっただけでも、オスカーは感謝すべきです」
 そうかなあ、とばかりダイは首をかしげた。
「仮にこれがマスターなら、封印された所で出て来られますし、封印される事もないでしょう。その前に、相手に気付かれるなどというヘマはしません。オスカーも、マスターに気付かれないよう、気配を消していれば今の事態は無かった筈です」
「………」
 ダイは無言になった。オスカーの気配を先に察したのはダイだった。ポップはダイの手に翻弄されて、それどころではなかった筈だ。
 自分がオスカーを見つけなければ、オスカーは今も無事でピンピンしていたのだろうか?
 そう考えるのは鬱だったが、どうやらそうらしい。
 際限なく沈み込みそうになっていたダイの耳に、少しだけ明るいニュースが聞こえた。
「それに、マスターは本気でオスカーを放置しようとしていた訳ではありませんよ」
 ダイは顔を上げた。
 エドモスはいかつい顔に優しげな微笑を浮かべ、
「回復呪文をかける前に、凍れる時の秘法を施そうかと思った、と言っていたでしょう? あれならかなり長期間、ベホマをかけなくても保ちますし、それくらいの猶予があれば、オスカーも自力でなんとかすると思ったのでしょう。むしろ、塔総出で捜索に踏み切ったことの方が不思議です。魔法使いには有り得ない結論ですからね」
「あ。もしかして……」
 ダイは、ポップが突然協力的になった時のことを語った。王たる者うんぬんのくだりだ。
「それですね、確実に」
 エドモスは保証した。
「勇者様の、王としての資質に触れて、マスターも重い腰を上げるつもりになったのでしょう。あのマスターの気を変えさせるのは、存外骨の折れる仕事なんですよ」
 多分、これは褒め言葉なんだろう。
 ありがとう、とダイは言った。エドモスはちょっと意表を衝かれたように目を見開いたが、すぐに笑顔を取り戻して、
「……マスターをわかってあげてくださいね、勇者様。端から見れば、身勝手で我儘でどうしようもない屁理屈ばかりこねてるように見えますが、あれでこそ私達のマスター、魔道士の塔の主です。魔法使い以外の者に理解しろ、というのは、はなはだ難しい事ではありますが……」
 元・剣士のエドモスにも理解出来たのだから、勇者である自分にわからない、などという事があるだろうか。ダイは力強く請け合った。
「よろしくお願いします。勇者様」
 エドモスは神妙に頭を下げ、そして、自分がアバンに特別に願い出て許可を貰ったという、ハーブ園にダイを案内した。もっとも、ハーブ園なのはほんの一画だけで、他は全てエドモスの趣味の草花だそうだ。
 それから夕食に招待されるまでの時間、ダイはえんえんと、エドモスの交配したオリジナル品種の説明や、種子の取り方などを聞かされる事になった。

>>>2010/5/10up


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