薫紫亭別館


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TOWER COUNTDOWN

 やはり反対するべきだった。
 そう、ダイはごちた。ポップの計画4が予定どおりいった試しなど無いのだから。
 というよりハナっから守る気など無いのだ。
 そうでなければ予定を一週間もオーバーして、平気な顔をしていられるわけがない。
「なにぶつくさ言ってんだあ? ダイ」
 ダイの前を歩いていたポップがふりむいた。
 黒髪に紫の瞳、どこにでもいそうなごくごく平凡な一青年は、しかし、全世界の頂点に立つ大魔道士だったりする。
 人呼んでグレイト・ルーンマスター・ポップ。
 世にマスターと呼ばれる魔法使いは腐るほどいても、上にグレイト、とつくのは一人しかいない。
 大魔道士様、といちいちこ難しく呼ぶのが面倒なためこうなった。
「なんでもないよ!」
 ダイは珍しくも荒っぽく言い返した。
 しかし、敵は気にしたふうもなく飄々と歩いてゆく。
 それがまた憎ったらしくて、じろりと背後から睨めつけた。
(今頃みんな心配してんだろうなあ)
 一見、冷静さをよそおったレオナ。
 胃をきりきり傷ませているだろうダイの副官のメイヤード。
 ゴリ押しに出てきてしまっただけに、もし遅刻でもしようものならどんな事態になるか考えたくもない。
「ポップ、わかってるの? 式典まであと三日なんだよ」
 ダイは早足で歩いて、ポップに追いついた。
 かるく袖をひくと、ポップはようやくああそのことか、というようにうなずいた。
「わかってるよ。大魔王バーンから平和を取り戻した記念祝典のことだろ? あと三日かあ、いいかげん準備がととのったころだな」
「ひとごとみたいに言わないでよ。オレたちも出席するんだよ」
「だから、間に合うように帰ればいいんじゃないか」
「予定では、もう一週間前に帰っているはずだったんだよ」
 いささかじりじりしながらダイは言った。
 ポップには事の重大さがわかっているのかいないのか、口調はいかにものんびりとして、その態度のどこにも焦ったようすは見られなかった。
「だってしょうがないだろ。目的のやつらが見つからないんだから」
「見つかると見つからないにかかわらず、期日が来たら王都に帰る約束だったでしょ!」
 記念祝典──正式には平和記念祝誕祭。
 二年前の大魔王バーンとの大戦に勝利して、人々がひとつになって呼び起こした奇蹟として、全世界でその日を祝日と定められた。
 当日は世界各地で祭りが行われ、そのもっとも大規模なものが、パプニカでの平和記念祝誕祭だった。
 なにしろ、勝利をもたらした中心メンバーの三人までがパプニカにそろっているのだ。
 うち、二人は勇者と大魔道士だ。
 この二人がいなかったら、いくら人々が心をひとつにしたとて、勝利はありえなかったとは誰もが認めるところだ。
 パプニカ女王レオナと、大魔道士ポップ。
 そして、勇者ダイ。
 平和を取り戻した一番の功労者であるはずのダイは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「いいかげんにしてよ! もう、大きいんだから、していいことと悪いことの区別くらいつくでしょ。今、オレ達がしなくちゃいけないのはどこにいるかわからないサギ野漏をつかまえることより、式典で、オレ達に与えられた役目をきちんとつとめあげることだよ!」
「オレよりみっつも年下のくせに、なに言ってやがる。ば──か」
 怒鳴りつけられてもポップはまったく動じない。
 どころか、苦笑さえうかべている。
 こーいうヤツなんだと知ってはいても、ダイは歯噛みしたくなった。
「大丈夫だよ。ちゃんと帰るさ、一応は。オレだってそれくらい考えてるよ」
 どうだか、とダイは思う。
 ポップはもとももと、式典をサボタージュするためにこの計画を練ったのではないかとしか思えないからだ。
 ポップが着ているのはおとなしめの黒っぽい旅人の服に、濃い灰色のマントだった。
 トレードマークの黄色いバンダナもしていない。
 そして、短めのマントの下には、見る者が見れば一発でわかる、ようやく世間に認知されてきた銀色のバッジが光っていた。
 四つ葉のクローバー……シャムロック・バッジ。
 それはちいさな、その名のとおり四つ葉を銀で象嵌したバッジで、裏に通しナンバーと持ち主の名前が彫られていた。
 ポップのバッジにはハーベイ、ダイも似たような服装と同じバッジをつけている。
 こちらにはスタンと彫ってあるはずだった。
 ダイはぴいんとバッジをはじくと、
「とにかく、いざとなったらポップを置いてもオレは王都に帰るからね。スタンとハーベイだって迷惑してる。いきなりとりかへばやの相手にさせられたって、ハーベイはともかくスタンは髪も、目の色だって違うんだからね。ごまかしきれないに決まってる」
「うーん。それを言われると弱い」
 前髪をかきあげながらポップは答えた。いつものパンダナをしてないのが違和感を覚えるらしい。が、たいして弱ったようすはなかった。
「あいつら優秀だからなあ。オレがいなくったって塔の運営にゃ困りはしないだろうが、さすがにダイの身代わりはムリだな。おまえの役目って、祭りのクライマックスに、ダイの剣を岬からひっこぬくことだもんな」
 祭りというか、お祭りさわぎが始まるその少し前に荘厳なかた苦しい儀式があって、式の最後にダイが平和の象徴として、パプニカの岬に突き立てたままにしてあるダイの剣をひきぬく。
 ダイの剣が勇者によって高々とかかげあげられると、それを合図として生みから花火が打ちあげられ、終わることのないカドリールが奏で始められるのだ。
「アレさえなきゃふたりして逃げられるのになー。誰だよ、あんなこと考えたやつ。レオナか。ったく、ロクなもんじゃねえな」
「こら。オレの婚約者になんてこと言うんだ」
 美しい女王と勇者は婚約しているのだった。
「あ、ワリィ。でもそれじゃ、さっさと犯人をつかまえて、王都に戻らないとな。手ぶらで帰ったんじゃ、やっぱカッコ悪いだろ?」
 カッコ悪くてもいいから、早く帰りたいと思うダイだった。
 レオナは女王としてそれなりに感情をおさえる訓練を積んではいても、内実はかなり激情家のかんしゃく持ちなのだ。そろそろ機嫌を取りに戻らないと、こっちの身が危ない。
(でも、ほっとけないんだよなあ)
 無理・無駄・無鉄砲な友人を見ながら、ダイは不可解なためいきをついた。

 一方、パプニカの王都では。
「いいかげんに落ち着かれたらいかがですか、メイヤードさん」
 多少ニュアンスは違うものの、塔主のポップに負けないほどのんびりした口調でスタンは言った。
 ダイの持つシャムロック・バッジの本当の持ち主だ。
 色の薄い金髪と、茶色だということがわからないほど細い目をして、にこやかに笑っている。
 向かいがわで、おろおろとハンカチをもて遊んでいるメイヤードとは対照的だった。
「あ、あ、あンた達は、何故そう落ち着いてられるんですかっ。心配じゃないんですか、ダイ様とポップ様が帰ってこなくてっ」
「そう言われましても……マスターのなさることですからねえ」
「ポップ様なんかどうでもいいんですっ! お痛わしや、ダイ様。あんなワガママ魔法使いにふりまわされて、無理矢理ひきずっていかれて。いいですか、ポップ様はともかく、ダイ様に何かあったり式典に遅刻でもしたら、私はあなたたちを許しませんよ」
「聞き捨てなりませんね」
 ハーベイが口をはさんだ。
 ここは魔道士の塔。ポップの開いた学校だ。
 スタンとハーベイはポップの一番弟子で、留守中の塔の運営を任されていた。
 そして今、塔主不在の執務室に、ダイの副官のメイヤードが訪ねてきている。
 三人は、執務室のすみに置いてある粗末なソファセットに向かいあって座っていた。
 あまり上等でないソファは、メイヤードが身動きするたびぎしぎし鳴った。
「マスターがなさることと僕達とは無関係です。さらに言うなら、勇者様がマスターについていったのは勇者様の自由意志です。脅迫されたわけではありません。人聞きの悪いことを言わないでもらいたいですね」
 塔の中の最年少、十三歳のハーベイは苛烈に言った。
 とにかく、遠慮だとか容赦を知らない少年なのだ。
 その意味では人一倍人当たりのいい、スタンとはいいコンビだと言えた。
「ポップ様があんなことを言いださなかったら、ダイ様は旅に出かけられたりしなかったのです。よりにもよってこの大事な時期に、エセ魔法使いの口車に乗って。ああダイ様、いまごろどこにいらっしゃるのか」
「半分くらいは賛成してさしあげたいのですが、エセ魔法使い、というのは正確ではないですね」
 顔色も声色も変えずにスタンは言った。
 どんなときでものほほん茶かりらく茶か、というスタンの内心を推し量ることは不可能に近い。
「まあお茶のおかわりでも。ダンテ」
 とびら近くで待機していた学生の一人にスタンは言いつけた。
 ダンテと呼ばれた青年はあわてたように飛びだしていって、新しい湯を沸かして持ってきた。
「ああ、ありがとう。それから、ゼノン」
「はっ、はいっ」
 もう一人いた学生も緊張したように答えた。
「こっちのティーセットはさげて、新しいカップをだして。それが済んだら退がっていいよ。どうもこの雰囲気は、君たちには酷なようだから」
 苦笑してスタンは命じた。
 ほっとして二人が出てゆくのを、しらじらとハーベイは見送っていた。
「……なぜ出ていかせたんだ、スタン? あいつらだろう、マスターと勇者様に出奔する口実を与えたのは」
「こらこら。部外者の前でなんてこと言うんだ。それは秘密にしておけとマスターに言われたろう」
「僕の知ったことか。いいですかメイヤードさん、今出ていったふたりがシャムロック・バッジを盗まれて、すごすご塔に帰ってきたおおたわけどもです。グチを言うならやつら相手になさい。僕達は忙しいんです」
 ハーベイは一刀両断にした。
「なんですってえっ!!」
 それを聞くとメイヤードはがたりと立ち上がって、
「ど、ど、どうしてそれをもっと早く言ってくれないんですっ! あのふたりが元凶なんですか? 早く呼び戻してくださいよ、どんな状況だったのか、とっくり説明してもらわなくちゃ」
 どんな状況……と言われても、スタンとハーベイには自明の理だった。
 なぜなら二人とも、その場にいたからだ。
 ダンテとゼノンは二人一組で仕事をこなしていた。
 ポップは、弟子にはコンビを組むよう企んでいたふしがある。
 スタンとハーベイもそうだった。
 特にそうしろと指示されたわけでもないのに、気がつくと一緒にいる。
 ダンテとゼノンもそうだったのだろう。
「それはかまわないでしょう、メイヤードさん。それに勇者様は、うちのマスターと違って式典には必ず間に合うよう戻ってくると約束されていたはずです。うらやましいかぎりです。マスターも、勇者様のそんなところを見習ってくれれば」
「あたりまえです。それくらいの保障も無しに、旅など許せるはずがありません」
 おっとりしたスタンにメイヤードも少しは態度が軟化してきたようだった。
 ハーベイには、スタンのおっとりが計算ずくだったのもわかっていたが。
「それならいいではありませんか。メイヤードさんは、勇者様を信じて式典の準備をしながら、ただ、待つだけでいいのですから。……うちのマスターは、どうでしょうねえ……せっかく用意した正装とか、新品の杖だのが無駄にならないといいですけどねえ……」
「あ、それでは私はこれで」
 いかにも胃の痛くなりそうなつぶやきに、そそくさとメイヤードは逃げるように辞した。

>>>2001/1/13up


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