薫紫亭別館


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 祭りから一夜明けて。
 ダイはレオナと十時のお茶を飲んでいた。
「なんなのよ? 確信犯だってわかってたのなら、さっさと切りあげて帰ってくればいいじゃない」
「そうなんだけどね。オレも悪かったんだよ。ポップと足袋をするのが楽しくて、ついつい、強い態度に出られなかったんだから」
 レオナはそれほど怒りを爆発させはしなかった。
 ともかくも、無事に式典を終えたことで、ほっとしたのかもしれない。
 そういうレオナの気のゆるんだところを見計らって話をしたので、ダイも拍子抜けするほどなごやかに、道中の説明をすることができた。
 レオナは両ひじをついてちょこんとあごをのせ、
「で、ポップくんの計画ってなんだったの、結局?」
「うん。きちんと確かめたわけじゃないんだけど、それはね」
 ダイは思う。ポップは、どうも祭りの日……式典の時間になるのを待っていたようだと。
 それ以前の旅ははっきり言ってオマケだ。ダイのにらんだとおりの観光旅行だ。
 ポップは、ポップのやりかたで、平和記念祝誕祭を祝うつもりらしかった。
「ほら、あーいう祝日とかって、悪いことした人でも御社とか言って許されたりするじゃない? ポップはそれを狙ってたんだよ。最初から、ポップには犯人の見当がついてたみたいだし、ついでに式典がサボれて大暴れできる──勝手な理屈なんだけどね」
 ダイは苦笑した。
「ポップは祭りを祝ったんだよ。ちょっと荒っぽいやりかただったけど。そのいけにえが、ルドルフとラウールだ。二人には迷惑だったと思うけど、結果として更正して、塔にも戻れたんだからいいよね。あ、ラウールは初めて入るんだけど。別に入りたいとも思ってなかったみたいだけど」
「……あきれた」
 レオナは手をといて背をそらした。
「なに考えてんのよ、ポップくん。誰も、……私も、ポップくんにそんな許可だしてないわよ」
「まあまあ。あれでも譲歩したんだよ。最初は本気で、式典をばっくれるつもりらしかったんだから」
「こら、ダイくん。『ばっくれる』なんて単語、どこで覚えてきたの?」
 それはポップのセリフなのだった。
「……もうっ、あいかわらず口が悪いんだから。ポップくんの言葉づかいマネしちゃ駄目よ、ダイくん。それで? ポップくんは、どうしてダイくんまで連れていったの?」
「……それは……」
 ダイにも今ひとつよくわからないことだった。
 一人じゃ寂しいとかなんとか言っていたようだけど、そのことについては最後まで言葉をにごして、教えてくれなかったのだ。
 ダイが返事に窮しているのを見ると、
「まあいいわ。それじゃ、わざわざ弟子になりすまして旅をしたのは? バッジが必要だったのは、犯人の子たちの居場所を知るため……っていうのはわかったけど」
 レオナはかるく長い金髪を揺らして、言った。
 ダイはぷっと吹き出すと、
「ああ。それはオレの口から聞くより、知らないままでいたほうが楽しいと思うよ。魔道士の塔で、もうすぐ何か起こるはずだ。塔はいつでも、毎日何かしら起こりまくってるんだけどね」
 ダイはいたずらっぽく、レオナにウィンクしてみせた。

                    ※

 いつも騒ぎの絶えない魔道士の塔だが、今日はことさら大きな騒ぎが持ち上がっているようだ。
「も──いいですっ!! 二度と、マスターの言うことなんか信用しませんからねっ!!」
 ばたんとドアを閉める音も高らかに、ハーベイは塔の執務室を出ていった。
 ポップはびくんと肩をすくめて、
「なんって粗暴なヤツだ」
「……一夜明けて自分が借金大王になっていれば、粗暴に振る舞いたくもなりますよ……」
 スタンすらフォローしくれなかったようだ。
「だいたい、なぜハーベイの名を出す必要があったんです? マスターがご自分の名を名乗れば、それですむことでしょう?」
「だって。身分を証明するものがハーベイのバッジしかなかったんだもん。本名言ったって、大魔道士は式典の真っ最中だし、信用してもらえるわけないだろ?」
 ノーチェ・ドリアリ街道……ノーチェ村とドリアリ村を結ぶ道の正式名称だが、ポップがルドルフ達をいたぶって遊んだ場所でもある。
 そしてそこには、ポップが嬉しそうに破壊活動に走った証拠がありありと残されていたのだった。
 石畳は還付なきまでに破壊され、村々のあいだにある枯れ地には、野焼きよろしくぼぼうと火が燃え、さすがにヤバイと感じたポップが氷系呪文で火を消すまでは、もう夕方近かったにもかかわらず、黒い煙が空高く上ってゆくのが見えた。
 ──これに誰も気づかない、わけがない。
「わざわざ両方の村から、警備兵が馬を飛ばして走ってきやがんの。それで身分証明を出せって言うから、通行手形の代わりにもなるシャムロック・バッジを見せた。
「馬が見えた時点で逃げるへきでしたね」
 スタンが塔のハーベイあてに来た、道の破損費用請求の公文書類をめくりながら言った。
「だな。今、考えるとそう思うよ。でもあンときは消火に急がしかったし、煙と夕方とで視界も悪かったから、かなり近くに来るまで馬に乗ってるのが警備兵だとは気づかなかったんだ」
「ですがマスターなら、瞬間移動呪文で逃げられますよね。兵が目前にせまっていても」
「なんだよ。なにか言いたそうだな、スタン」
 ポップはむっとしてスタンを見た。
「いえ、ちょっと疑問だったものですから。式典さえ逃げて出席しなかったマスターが、たかだか警備の兵ごときに詰問されておとなしく弁明する、なんて思えなかったもので。勇者様なら、真面目な方ですからそういうこともあるでしょうが」
「………」
 スタンは少し悲しそうな顔になって、
「……駄目ですよ、マスター。ルドルフ君とラウール君はともかく、ハーベイまでいじめちゃ」
「はあ!?」
 思いもかけぬことを言われた、というようにポップは叫んだ。スタンは続けた。
「故意に逃げなかったんでしょう、マスター。たぶん、時間を稼ぐのと、ハーベイに嫌がらせをするため。マスターは、自分がいなければ代わりをするのはハーベイだと知っていたんです。まあ妥当なところですしね。身長こそ足りないものの、髪も目の色も同じだし、塔の序列からいってもおかしくない。マスターの思惑どおりに動いた僕も間抜けですが、ハーベイもかわいそうです」
「どうしてオレが、ハーベイに嫌がらせしなきゃならないんだ」
 僕は憮然として言った。
「マスターは式典が嫌いなんかじゃないんです。ああいうお祭りはマスターのもっとも好むものですし、それが砂かぶりの席で見られるなら多少の役目なんてなんでもない。だからその席にいるハーベイに嫌がらせしたくなったんです。憎む、とまではいかないまでも」
「………」
 ポップは塔主の椅子に深く腰かけて、にやりとあまり、たちのよない笑みをうかべた。
「さすがだな、スタン。どうしてわかった? オレの演技は完璧だと思ってたんだが」
「ほぼ、完璧でしたね。最後の最後でマスターは、気を抜かれておしまいになった。勇者様がダイの剣を掲げ持ったときですよ。あのときのマスターは、実に寂しそうでしたよ。実際あの表情を見ていなかったら、僕も、すっかり騙されていたと思いますしね」
「そんな顔してたか? オレ」
 ほっぺたをひねりながらポップは言った。
「自覚がなかったんですね。まあ、そういうこともあるでしょう」
 うなぎのようにとらえどころのないスタンの顔を見やって、ポップはつぶやいた。
「……どこまでわかった? スタン」
「すべてを。……と、うぬぼれてよいものでしょうかね。とりあえず説明させて頂けますか?」
「いいだろう」
 スタンは淡々と話しはじめた。
「僕の推測にすぎませんが、マスターは……勇者様がダイの剣を引き抜くところを見たくなかったのじゃありませんか? そしてレオナ様の隣にいる姿も。閣議などにきちんとおいでになれば普通に見られる姿ですが、相談役という任についていてさえ、マスターはそれにもほとんど出席なされませんしね」
 ポップは黙って聞いている。
「……勇者様は王になります。いつまでも、マスターの遊び相手はしていられない。これが、マスターが勇者様を連れていった理由ですね?」
「………」
「式典はそれを思い出させる。それを見たくないばかりにマスターは、あれこれと理由をつけてサボタージュまでしたんです。マスターがそうなさるのはご勝手に、ですが、勇者様まで巻き込もうとしたのはマスターの我儘ですよ」
「……だから戻ってきたじゃないか。遅刻スレスレだったけど」
 くやしそうにポップは言った。
 図星なのがよくわかる態度だった。
「勇者様がそう望んだからでしょう? 結局、戻ってくるのなら、最初からあきらめてご出席なさればいいものを。困った方ですね」
 スタンは苦笑した。
「ふん、だあれがっ。本当は旅で飲み食いした費用や宿代etc、ぜんぶハーベイにツケてやるつもりだったんだからな。オレはまだまだ甘すぎる」
「それに、ルドルフ君達もですね。結局壊したのは石畳やらなんやらで、ルドルフ君とラウール君にはかすり傷ひとつなかったですものね。マスターには、悪役は似合いませんよ。悪いことなんか出来やしないんですから」
 そう言うとスタンは座っているポップの頭をよしよしと撫でた。
 ポップはその手を振り払った。
「子供扱いするなっ、ハーベイじゃあるまいし」
「あなたはまだまだ子供ですよ」
 スタンはなんとも形容しがたい、複雑で、どこか悲しそうな表情をうかべ、
「……マスターは僕ら塔の者みんなで遊んであげますよ。たとえ勇者様が王となられても」
「おまえらなんかヤダ」
 即座にポップはつっぱねた。
「ダイの代わりなんかどこにもいない。おまえらじゃオレについてこれないよ。だから、オレにはダイしかいないんだ」
 すねたようにぷい、とポップはそっぽを向いた。
「あなたも僕達の、かけがえのない、ただひとりのマスターなんですよ」
 スタンはやわらかく言いなだめた。
 そしてポップの気をそらすために話題を変えた。
「まあ、ルドルフ君達とハーベイをいじめて少しは気が晴れたでしょう。それから、ハーベイあてに来た修復費用請求の件は、塔全体のものとして処理します。よろしいですか?」
「……オマエは本ッ当に有能だよ」
 にがにがしげにポップは言った。
「ありがとうございます」
 誉めたんじゃねえ、と怒鳴ってからポップは、ようやく心からの笑顔を見せた。

                     ※

 ──ポップがベンガーナで武器屋をやる、と言い出して、皆を仰天させたのは、それからしばらくのちのことだった。


<   終  >

>>>2001/3/4up


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