「もう。ポップがくろすけと遊んでいるから、またわにわにが寝ちゃったじゃないか。今回はオレのせいじゃないからね」
ポップが漫才しているあいだに、わにわには呆れて寝てしまった。
結局もう一日(?)泊まってからオレたちは帰路についた。
「そう言うなよ。おかげで納得いく名前がつけられたんだから。タイチロウ! これ以上かっこいい名前があるかっ。うーんカンペキ。我ながら素晴らしいネーミング」
どっから拾ってきたのかというと、ポップが最近読んだ本の中に、こういう名前の竜がいたそうだ。
もちろんオレの希望など入ってない。いつものことだ。
「でもタイチロウで、すぐたんぽぽ竜のことだってわかるかなあ? ここの人って、結構そういうの気にするみたいだし」
オレはさりげなく嫌味を言ってみた。
「心配するな。あんな言いにくい名前、すぐに『たっちゃん』とでも省略される。そしたらみんな、たんぽぽ竜だからたっちゃんなんだな、と思ってくれるさ」
……うわー、奥が深い。
ポップって本当にここまで読んで名前をつけたんだうか。
足もとを歩くわにわにも、感心したように首をまげてポップを見てる。
オレも、どっちかというとたっちゃんの方がいいや。
なんかレベルが下がったような気もするけど。
長い長い距離を歩いて、見覚えのあるうっちゃんのガーデンセットが見えてきた。
テーブルクロスを白から赤いギンガムチェックに取り替えて、イメージチェンジしたらしい。
「お帰りなさい、お客人一号さん二号さん。わにわに。お客人のために、あちらからクッキーなるものを取り寄せましたよ。さ、お席について召し上がってください」
うっちゃんがそうすすめてくれたので、オレたちも遠慮なくいただいた。
ここまでくれば元の世界はすぐそこ。
最後に、お茶をしながら余韻にひたるのも悪くない。
「……そうですか、うまく行きましたか」
うっちゃんはなんとなく悲しそうだった。
この辺りにはたんぽぽ竜は来なかった。
うっちゃんには、頭でわかっていてもたんぽぽ竜の脅威は夢の中の出来事のように感じられていたのだと思う。
しかしうっちゃんはそれ以上なにも言わずに、ふところから何か取り出すと黙ってオレに手渡した。
「時計?」
それは奇妙な時計だった。
時刻を示す数字などなく、白い盤の一部分だけが黒く塗られている。
一本しかない針が、むなしく白い部分に影を落としていた。
「それはこちらの時計です」
うっちゃんは説明した。
「黒い部分が夜を示しています。夜が明けたら、また来てください。お客人はここの英雄です。いつだって、ここに来る権利があります。皆にはかって、その時には道を開けておきましょう。ここに住んで頂けたらそれが一番いいのですが、でも仕方ありません。お客人には向こうで、しなければならないことがあるのでしょうから。これが、たったひとつの冴えたやりかた。さようなら、お客人。再会の日を楽しみにしています」
ぐにゃりと空間が歪んで、目の前が真っ暗になった。
あれ!? どうしたんだ!?
「……意外とせっかちだな、うっちゃん。そんな、イキナリ放り出すこたないだろうに」
ポップの声がすま゛近くで聞こえた。
「ポップ! そこにいるの? オレたちどうなったの?」
「だいたい見当はついてるだろうが、あっちとこっちの世界の中間に放り出された。ま、オレについてくれば大丈夫。ほら、手つないで」
オレは声を頼りにポップを探しあてて、ポップにしがみついた。
「そんなにひっつかなくてもいいって……。置いてきゃしないから」
ポップはすたすたと、何もない空間を平気で歩いてゆく。
オレはポップにしがみついたまま、耳もとでこうささやいた。
「ね、夜っていつ頃明けるのかな」
「すぐだよすぐ。向こうでは長くても、こちらではほんの一瞬さ。ちゃんと時計見てるんだぞ、ダイ。忘れたり見逃したりしないように」
「うん」
忘れないよ、こんな大事なこと。
たんぽぽの花を食みながら、悟ったように首をさしだた、優しい悲しいたんぽぽ竜。
その忘れ形見。手のひらにすっぽり納まってしまうちいさな、緑色の卵。
オレとポップは、君をあたためずに向こうへ帰ってしまうのだけど、おひげさんが君を孵してくれるから、どうかそれまで待っていて。
君が生まれるのは、緑にたんぽぽの綿毛が白く散っている世界。
夜が明けたら会いにゆくよ。
夜が明けたら。
「また来ような」
ポップの言葉に、オレは力強くうなずいた。
< 終 >
>>>2001/4/6up