TOMORROW
※ 大脱走 ※
「アルキード王国に行ってみようと思うんだ」
ダイは、ぽつりとそう言った。
寝しなに押しかけてきて、寝台の端に腰かけたダイを見ながら、ポップは眉一筋動かさず答えた。
「いいぜ。いつ行く?」
即答だった。
「いいのかなあ……レオナに黙って出てきちゃって」
次の日、ダイとポップは揃ってランカークスの山中にいた。
「姫さんに言ってどーするよ? 絶対止められるに決まってンだろ。こーゆー時は金目の物を二、三個ほど拝借して、こっそり出てくるモンなの!?」
先に立って歩いていたポップが振り返って言った。
二年前と同じような、旅人の服と魔道士のマント。マントに隠されてはいいるが、腰のベルトには輝きの杖とブラックロッドが装備されている。
一方のダイは、パプニカの闘衣とマント、ダイの剣と装備こそ変わらないものの、この二年でポップの頭半分ほど高くなってしまった身長は、引き摺るようだったダイの剣をほど良い長さの中剣のように見せていた。
ついにダイに身長で並ばれてしまったとき、ポップは『絶対にオレの隣に立つンじゃねえぞ!!』と言って、ダイを苦笑させたものだった。
「いまごろ城は大騒ぎだろうなあ。なんたって勇者と大魔道士が示しあわせて家出してきちまったんだから」
おかしそうにポップは笑った。
「捜索隊が出てるかもしれないよ、ポップ」
「ひとごとみたいに言うなよ。言い出しっぺはおまえなんだからよー」
確かにそうだけど……と、ダイはちょっと納得いかなかった。
言い出したのは確かにダイだが、そうと決まるや寝台から飛び起きて地図を揃え、貯蔵庫から当面の食料を盗み出し、路銀にするからとレオナのドレスをかっぱらってこい、とダイに命じたのはポップである。
更にポップはこう付け加えた。
「なあ。どうせならノヴァとかにも会って来ようぜ」
いぶかしげな顔をするダイに、
「だって、おまえ、最近面白くなさそーな顔してんだもん。次代パプニカ王になる為とはいえ、レオナも詰め込み過ぎだよな。ここらでちょっと息抜きしたって罰は当たらないさ」
大魔王との大戦が終わってから二年、ダイはパプニカで勉強三昧の日々を送っていた。
バーンを倒し、平和が訪れると共に、ダイはパプニカ王女レオナと婚約した。
それはとても自然なことに思えた。
二人は相愛だと誰もが知っていたし、これから国を再建するという重荷を背負った人々には、それを忘れさせてくれる象徴としてのヒーローとヒロインが必要だったのだ。
世界の王と王族を招いて執り行った婚約式は、大戦で疲弊した国庫の関係でそれほど華やかなものではなかったが、とかく暗くなりがちな大戦後の世界に、久々に明るい話題を提供した。
(……でもオレ、どっちかっていうとすぐにアルキードに行きたかったなあ)
ダイの母の国。ダイの父と母が出会った国。そして父がすべてを滅ぼした国。未だ見たことのないダイの故郷。流されてデルムリン島でブラス老人に育てられ、余り故郷という実感は湧かないものの、やはり一目見てみたいという欲求は抑えられなかった。
「……ダぁイっ、もーすぐロン・ベルクの庵だぜ」
ポップが声をかけた。ダイは物思いからはっと引き戻された。
「リンガイアの北の勇者から一転、鍛冶屋に転職だもんなー。ノヴァも。空中要塞から戻ってそれ聞いて驚いたよ。まさか、ロン・ベルクに弟子入りたあねー」
ダイは思わず苦笑を漏らした。
「まあまあ。ノヴァはあれで立派な勇者だよ。自分の力不足を認め、オレ達の留守をきちんと守ってくれたんだもん」
後から聞いた話では、ノヴァが生命の剣を使って自爆しようとした所を、ロン・ベルクが助けてくれたのだそうだ。彼の両腕を犠牲にして。
「ねえ、ポップ。ノヴァの作った剣があったら一本貰ってこようよ。オレのダイの剣は、相当のことがないと抜けないし」
「そういや、本当に危険な時しか抜けねえって面倒なシロモノだったな……でも、ノヴァの作った剣じゃあなー? そのお飾りの、ダイの剣より始末が悪いかもしれねえぞ?」
「それはヒドイよ」
ダイとポップは顔を見合わせて笑った。
そうこうしている内に、ロン・ベルクの庵が見えてきた。
「キミ達の姿が見えた時は驚いたよ。まったくもって、予測不可能な奴らだな、キミ達は」
ノヴァが出迎えた。相変わらずちょっと気取った口調だ。
ダイとポップは居間に通され、ノヴァとロン・ベルクと向かい合わせになって座った。
「キミ達はパプニカでそれぞれ重要な役目を背負っているんじゃなかったのか? パプニカの次期王と、パプニカに新しく発足した、魔道士ギルドの長というのはそんなにヒマな役なのか?」
魔道士ギルド、というのはパプニカにいる魔法使い全体を束ねる組織だ。ポップがその初代ギルド長に任命された。ちなみにギルド発足を提唱したのもポップだったが。
ポップはひらひらと手を振って、
「だーいじょうぶ大丈夫、長なんかいなくたって。補佐役の三賢者がいればギルドはちゃんと機能するしー。ダイだって今すぐ王になるわけじゃなし、今のうちに遊んどかなきゃ、いつ遊べって言うんだよ?」
「ポップの言うことは少々暴論だけど、まあ大目に見てよ」
「本当に緊張感のない奴らだな」
それまで黙って聞いていたロン・ベルクが口をひらいた。
「そういやポップ、ジャンクには会ってきたのか?」
ジャンク、というのはポップの父親の名前である。
「会ってない。ロン・ベルクの庵なんかで見つかったら、それこそ今ノヴァが言ったような理由でぶっ飛ばされちまわあ」
「オレは訪ねてこようと言ったんだけどね。近くなんだし」
「妙な所で強情なのは父親譲りかもしれんな」
なごやかなに話は弾んでいった。
ダイとポップは、どうやって城から脱出したかを得意そうに語った。
まだ夜も明けきらぬ時間からルーラでひとまずベンガーナへ行き、デパートが開く時刻まで、頂いてきたパンやチーズを齧りながら店の前で待ったことや、レオナのドレスを売る段になって、余りの上等さに盗品ではないかと疑われたこと、それを口先三寸で丸めこんでケムにまいたこと、etc、etc。
「ひどいな……レオナ姫の服を売っちゃうなんて」
ノヴァは呆れながらも苦笑している。
「宝石とかよりは罪がないと思ってさ。パプニカの布が高価なのは過去の経験で知ってたし、一応姫さんだから、それなりにドレスは持ってるし」
「盗んで来らされたのはオレなんだよ。女の子のクローゼットなんか覗いたこともないし、真っ暗だし気づかれないようにしなきゃいけないし。だから、手に取ったのをそれだけ持ってくるので精一杯だったんだから」
「しかしそうすると、帰ったとき大変じゃないのか?」
心配するというよりは、明らかに面白がっている調子でロン・ベルクが問う。
ポップはガキの頃の悪戯小僧のままのにやにや笑いを浮かべ、
「やばいに決まってるだろう。だからしばらくは戻らないつもりさ。ノヴァもロン・ベルクも、もしパプニカから使者が来ても、そのつもりでうまく誤魔化してくれよ」
>>>2003/10/25up