薫紫亭別館


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 何でこんなにベルトが多いんだ。
 立体機動装置の為に全身の筋肉を使うのだから仕方がないが、とにかく邪魔だ。
 エルヴィンはリヴァイの腰と腿のベルトだけ外すと、せわしなく手を差し入れた。薄いシャツ越しに乳首を食む。数日別々に寝ただけで、いかに自分がこの匂いに飢えていたのか思い知らされる。唾液で濡らした指を挿れると、絞るように締め付けてきた。
 ……駄目だ。我慢出来ない。
 エルヴィンはリヴァイの体をひっくり返して、後ろから覆いかぶさった。
 もどかしく自分のベルトを解く。
 ぐ、腹の下に手を入れて、持ち上げ、自分を受け入れさせる体勢にした時、リヴァイが余りに静かなのに気がついた。
「……リヴァイ?」
 リヴァイは石床に片頬を押し付けたまま、エルヴィンを見ようとしない。
 力を抜いて、面倒くさそうに体を投げ出している。これは、早く終われ、という事だ。出すモン出して、スッキリしたらさっさと出て行け、という事だ。
 すっと頭が冷えた。だがどうしていいか、わからない。
 どのくらい表情のないリヴァイの横顔を見つめていただろう、リヴァイの唇が動いた。
「……どうした。やらねえのか」
「……悪かった」
 自分のものを収めて、リヴァイの服を元通りにして、そっとエルヴィンは鐘楼を出た。
 また同じ事をしてしまった。初めてリヴァイが忍んで来てくれた時、あの時も自分の快楽だけを追った。
 リヴァイは黙認してくれたが、本来なら、あの時殺されていてもおかしくなかった。
 エルヴィンが許されたのは、まず、一応はリヴァイから誘ったという事と、一晩だけは相手に感謝して我慢する、というリヴァイの主義のおかげだ。大抵翌朝に半殺しにされる訳だが、エルヴィンは調査兵団団長という事で、人類に必要な人物だと目溢しされた。
 自己嫌悪が止まらない。その後に決定的な出来事があって、永遠にリヴァイを失ってしまう所だったが、リヴァイは戻って来てくれた。それに感謝こそすれ、欲望に任せて穴扱いなど非礼もいい所だ。最近、エルヴィンを拒むようになったのは、その辺りを見透かされているに違いない。
「………」
 だが……まだ、完全に見捨てられてはいない筈だ。
 寒くなったら潜り込みに行く、とリヴァイは言った。エルヴィンはそれを信じて、大人しく冬まで待てばいい。今は少しインターバルを置いて、お互いに冷静になるのがいい。エルヴィンには長い時間になるが。
 遅刻にはなるが、エルヴィンは報告会議に出る事にした。
 残してきたリヴァイに、後ろ髪を引かれながら。


 ……また雰囲気が変わったな。
 朝の食堂で、ヒラ団員達は噂した。
 リヴァイは一貫して変わらないが、エルヴィンの方が、寄らば斬る的な殺気を放っていたのが去勢された家畜のように大人しくなっている。気兼ねしている、とでもいうか。団員達にはああまた団長が兵長の不興を買って怒られたな、とわかるが、部下達に洞察されるトップ二人というのも如何なものか。
 エルヴィンとリヴァイの株がちょっと下がった、かに見えた時、
「リヴァイー。今日、髪洗ってくれる?」
 団長と兵士長に次ぐ分隊長の一人であるハンジがお気楽な声をかけた。
 リヴァイはテーブルまで寄ってきたハンジを見上げた。
「……髪?」
「そう! ここんトコ急に暑くなったじゃなーい? なーんか髪がベタベタしててー」
 いつもの事だろ、とリヴァイは流した。
 にやり、とハンジは悪戯っぽく笑った。
「まあそう言わないで。リヴァイだって一人じゃ水浴び禁止だし、丁度いいじゃん。私がいれば今日は堂々と川に行けるよ? 今日は、風呂は女が使う日だしね」
 一度風邪を引いて死にかけて以来、リヴァイは一人で川に行くのを禁止されている。
 兵舎の大浴場は男女一日交代だから、男が使えない日は仕方なく部屋に水桶やらタライやらを持ち込んで、軽く行水したり体を拭いたりで我慢する。井戸の周りで水を被ってる団員もいるが、その中にリヴァイが入っていったらちょっとしたパニックになる。……まあ、色々と。
 なるほど、と頷いてリヴァイはエルヴィンをちら、と見た。
 いいだろう、とエルヴィンは許可を与えた。
 風紀的に問題はあるが、ハンジなら大丈夫だろう。それにこのタイミングで声をかけてきたという事は、エルヴィンへの援護射撃の意味もあるだろうし。
「良かったー。んじゃ、あの超高級ブランドシャンプー持ってきてね。アレまだ使ってるんでしょ?」
「ああ。エルヴィンが王都に出張に行く度、ついでに買ってきて……」
 途中でリヴァイは顔をしかめた。
 日常でさりげなく、エルヴィンの世話になっていた事を思い出したらしい。リヴァイの表情には気付かぬ振りで、ハンジは明るく一緒に川に行く事を約束した。


「駄目だよー。エルヴィンがいるのに、他の人に抱っこして貰っちゃ」
 一回じゃ泡立たねえぞクソメガネ、だの痛い痛い! 頭皮が裂ける! だの大騒ぎした後で、ひと段落してハンジが言った。一応は異性である事を考慮して、お互いにシャツと下着姿だ。仲良く並んで川の水に浸かりながら、ようやく本題に入ったな、とリヴァイは答えた。
「だってエルヴィンは、外じゃ抱っこしてくれないし」
 公私の別をつけるエルヴィンは、人目のある所では調査兵団団長の顔を崩さない。自ずとリヴァイも兵士長としての行動になる。ミケはそこまで厳格ではないし、下心がないぶん甘えやすい。
 これがエルヴィンだと、ぺたぺたくっつくのは自室の寝室のみ、かろうじて二人きりの時の執務室だが、こちらもいつ団員が飛び込んでくるかわからないので、ほんとーに軽い接触だけだ。しかもエルヴィンは、リヴァイが甘えようとするとすぐいらん所に手を伸ばしてくる。
「やり直す、って決めて戻ったのは俺だし、だからエルヴィンが求めるのなら、応じなきゃって思うんだが……」
「リヴァイ、あんまりSEX好きじゃないもんねえ」
 あえてのんびりハンジは言う。
 商品としての過去を持つリヴァイは、強制された記憶が強くてSEXにはかなり消極的だ。
 どちらかというと行為以前のスキンシップの方が好きで、だがそれを言うと、まだ保護者を求めているのかと非難されそうで、言えない。
「ん。最初が最初だったせいか、エルヴィンは手荒な事はしないし、時間もかけてくれるし、楽な客ではあるんだが……」
「……リヴァイ。エルヴィンは客じゃないよ」
 そっとハンジは訂正した。
 ……そうだったな、とリヴァイは目を伏せた。
「けど、最近、客以下な気がしてくる。だって金も貰ってないのに、俺ばっかりエルヴィンの言うこと聞いてやってるし。あいつの片腕になるのも、恋人になるのも俺が決めた事だけど、ちょっと疲れた。少し離れたくて冬まで待ってくれと言ったら、こっちの寝室に忍んでくるし鐘楼には連れ込まれるし、あ、コイツ、俺の言うこと全っ然聞く気ねえな、って思ったら……」
 すうっと冷めた、らしい。
 予想以上に深刻な状態だ。恐る恐るハンジは聞いた。
「……エルヴィンの事、嫌いになった?」
 うーん、とリヴァイは首をひねった。
「……まだ、好きだと思う……多分。あン時、最後までヤられてたら今はどうだったかわからないが」
 危ねえ。愛想尽かされる寸前だったよエルヴィン。
 内心の焦燥を悟られないよう言い聞かせる。
「気持ちはわかるけど、いきなり冬まで、ってのは乱暴だったかもね、リヴァイ。くっついてまだ日が浅いし、エルヴィンだって二年越しの片思いがやっと実って幸福絶頂だから、ちょっと調子に乗り過ぎてるだけで。もう少し長い目で見てやってよ。私からも、エルヴィンに釘刺しといてあげるからさ」
 うん……、とリヴァイは不承不承頷いた。
 世話が焼けるねえ全く、と思いつつハンジはリヴァイの頭を撫でた。エルヴィンの代わりに、もういないリヴァイの女達の代わりに。リヴァイの女達をハンジは知らないが、一緒に住んでいたのなら、可愛くて仕方なかっただろう。
 あんなに強くて人類最強なのにうん……、とか言っちゃって愚痴吐いて、でもよっぽど親しくないとそんな姿は見せないとか。リヴァイが身内認定してくれている事にハンジは思わず頬が緩む。
 よしよし、とハンジはリヴァイをいい子いい子しながら、昨年、リヴァイが部屋に来てくれた時にもうちょっとだけ頑張って、エルヴィンから盗っときゃ良かったかなー、ともったいなく思った。


 静かな夜だった。
 今日も一日無事に終わった、とエルヴィンは一人疲れを取るべくベッドに横になっていた。
 カチャ……とドアが開く音がした。
 建て付けが悪いせいか建物自体が古いせいか、蝶番に油を差してもどうしても多少の音がする。
 気配を消すつもりはないらしく、トットッと軽い足音を立ててベッドに近づき、ぽすっとベッドの上に乗る。何だか猫みたいだな、と思う。そういえば初対面の時から膝に乗ってきていた。あれは治療の為に包帯を巻いていたからだが、嫌がらせに骨折が治ったばかりの鎖骨を押すなど、獲物を嬲る所がそっくりだ。
 だが一応は人間なので、手を使ってシーツをはぐって潜り込む事が出来る。
 ぐいぐいとエルヴィンの脇を押し、自分の好きな位置にポジション取りをすると、ようやく大人しくなった。そのまま何もしないでいると、背中を向けていたリヴァイがころんと反転してこちらを向いた。
「……ハンジから何か言われたか?」
「……ハンジとミケと、両隣からサラウンド状態で言われたよ。お前は性急過ぎる、少しはリヴァイの負担も考えてやれってね」
 リヴァイから話しかけてきた事に僅かに驚きながらエルヴィンは答えた。
 リヴァイは含み笑いを漏らして、
「それで起きてンのにも関わらず、手ェ出してこない訳か。ここがこんなになってンのに、律儀な奴だな」
 シーツの下でエルヴィンの下腹部に手を伸ばす。
 寝間着の布越しにでも、エルヴィンが大きく膨らんでいるのがわかる。指先でそこを何度もなぞりながら、楽しそうにエルヴィンの表情を観察している。
「やめなさい、リヴァイ……それとも、私の忍耐力を試してるのか?」
「てめえが今まで好き勝手してた分だけ、俺も冬まで自由にさせて貰うが、たまには抜きに来てやるよ。その時はヤっていい事にしよう。これ以上、腹が出るのもアレだしな」
 少しずつ、妥協点を探って行こう。
 以前よりは肉付きが良くなったエルヴィンの腹を突っつきながらリヴァイが笑う。
「リヴァイ」
 エルヴィンは横向きになり、リヴァイの肩を抱き込み、リヴァイが嫌がっていないのを確認してからキスをした。

<  終  >

>>>2013/11/20up


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