薫紫亭別館


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 さくり、と。
 ブレードがバターナイフの様に巨人の皮膚を切り裂く。
 リヴァイの手にかかると、俊敏な筈の巨人もまるで据物斬りだ。しかも同班の仲間を庇いつつ、フォローを入れつつ、うなじを削ぎまくっている。神業だった。今もまた捕まった班員が巨人に握り潰される前に、リヴァイはその手首を切り落とした。
 あ、ありがとう、と礼を言う班員の無事をリヴァイはちら、と確認してから、
「礼はいい。早く体勢を直せ」
 にべもなく言って、前を向き、油断なく刃を構えた。
 巨大樹の森。
 さて、他の調査兵団は今、何処にいるのやら。五つの陣形に分かれて巨人狩りをする予定だったがそんなものはとっくに崩れててんでんばらばら、散り散りに乱戦の体になっている。
 森の見通しが悪いのがよくない。
 こんなに巨木が生い茂った、重なり合った葉のせいで薄暗い場所では、巨人が現れても即座に発見出来ない。あれで巨人は素早いのだ、見つけた時には距離を詰められている。立体機動を活かせる立地なのはいいが、こんな所で戦うのははっきり言って、自殺行為だ。
 ……そう思いつつも、リヴァイは不平を表に出さず黙々と巨人を駆逐していた。
 攻撃をミスった班員が悲鳴を上げる。
「落ち着け。訓練を思い出せ、大丈夫だ」
 リヴァイの声には混乱を落ち着かせる力がある。すぐに二の太刀を浴びせる。今度は成功した。
「よし」
 リヴァイがその虚をついてうなじを削いだ。
 歓声が上がる。巨人を斃す役に立った、という喜びの声だ。
 リヴァイがいれば、自分達は囮役に専念出来る。もちろんこれで生存率が上がった訳ではないが、リヴァイが見ていてくれる、というだけで班員達は全力を出す事が出来た。いざとなれば、リヴァイからの後援も期待出来る。これで士気が上がらない筈がない。
 全てはうまくいっていた。ここまでは。
 巨人が複数現れた時は、カスパル班長も削ぎ役に回った。
 陽動が二手に分かれる事にはなるが、その辺りはカスパル班長の指示が功を奏した。
「………」
 何かおかしい。カスパル班長はすぐに気付いた。こちらに向かってくる巨人が多過ぎる。
 巨人は人間の匂いを嗅ぎつけてやって来る。まさかとは思うが、他の班は全滅したのだろうか。
 だから皆、こちらに向かってくるのだろうか。
 これ以上数が増えては捌き切れない。幾らリヴァイとて、限界はあるのだ。
 カスパル班長は決断を下した。
「リヴァイ! 私が許可する!! 単独で行動せよ!!」
「………!?」
 リヴァイがカスパル班長を見上げる。
 初陣のリヴァイにはわからなかったかもしれないが、曲がりなりにも一度は壁外調査に出て、生き残って帰ってきた班員達には今の状況が異常なものだと、おぼろげに察知出来ていた。
「心配いらん、君がしていた役目は私かエミールがする。君が入るまでは、元々そういうフォーメーションだったのだ。出来るな、皆!?」
 はい! と声を揃える。班員達にはカスパル班長の意図が痛いほどよくわかっていた。
 元々リヴァイに補佐など必要ない。それは最初の一体目を仕留めた時に証明されている。フォローが必要なのは我々であって、我々などいない方がリヴァイは自由に動ける。
 実際、援護の必要がなければ、リヴァイの討伐数は格段に増えていただろう。
 足手纏いにはなりたくない。
「……了解」
 意志が伝わったのだろう。リヴァイが立体機動装置を駆使して、軽やかに舞う。
 まさに自由の翼にふさわしい。
 見とれてばかりはいられない。こちらはこちらで、全力を尽くさなければならない。
 カスパル班長の指揮の下、班員達は一丸となって、巨人と対抗した。


 キィイイン、と耳をつんざく金属音がする。
 音響弾。撤退の合図だ。
 一人で巨人と交戦していたリヴァイは、皆より少し遅れて、馬を繋いでいた場所まで戻った。
 見知った顔が一人足りない。
「……エミールは?」
 答えはわかっていたが、聞かずにはいられない。
 想定通りの返事が返ってきて、……そうか、とリヴァイはうなだれた。
 無言で馬を走らせる。
 ぱらぱらと、撤退ポイントに人が集まって来ていた。
「――これだけ?」
 思わずつぶやく。出発時に比べ、明らかに人数が減っている。
 五割どころの話じゃない。これでは……七割、八割くらいの死亡率ではないか。
 多分これで普通なのだろう。皆、青い顔はしていても、泣き叫んだり取り乱したりしている者はない。
 カスパル班長がつい、と馬を寄せて、
「……班の犠牲がエミールだけで済んだのは、君が近くにいてくれたからだ、リヴァイ。君だけで一体、何人分の働きだった事か……感謝する。君は本当に、私達を連れて帰ってくれた。ありがとう、本当にありがとう……!」
「………」
 男泣きに泣くカスパル班長を横目で見やりながら、リヴァイにはよくわからなかった。
 門に戻って、浴びせかけられた罵倒の方がよっぽど正論に思える。
 何の為に、壁の外に出るんだ?
 人間、地下街に押し込められていたって、生きていく事は出来るというのに。
 調査兵団の兵舎まで戻りながら、リヴァイは自分を魅了してやまない空を見上げた。
 切れ目がなく、蒼い。

 ――ああ。そうか。

 どんなに広く見えても、壁で仕切られている限り、ここは地下街と同じなのだ。
 自分はもう答えを知っていたじゃないか。
 地下の穴蔵でネズミみたいに這い回っているよりずっといい、と。
 兵団の厩に馬を繋ぎ、ひと通り水をやったりなどの世話をしていると、エルヴィンがやって来た。
「リヴァイ」
 後の事を他の班員に任せて、エルヴィンの呼び出しに応じる。
 快く引き受けてくれた仲間に軽く頭を下げてから、リヴァイはエルヴィンに着いて歩いた。
 演習場を抜け、コローナの林に差し掛かった頃合いだった。
「……カスパル班長から報告を聞いた。大活躍だったそうだな」
 エルヴィンの問いには答えず、リヴァイはエルヴィンに近付いて、ぺたぺたとエルヴィンの胸やら腹やらを触った。
「――てめえは生きてるな、エルヴィン」
「どうした?」
「エミールが死んだ。いい奴だった。俺を庇ってくれたり、一緒に座学を受けてくれると言った」
 きゅっと、エルヴィンの上着の開きを掴む。
「バルトも死んだ、嫌な奴だったが、嫌いじゃなかった。いずれ俺に喧嘩を売った責任を取らせようと思っていた。もう出来ない」
 今日死んだ兵士の中にバルトもいた。もっとも、生きている兵士を数えた方が早い。
「――友人、か」
「そう……だな。友人だな。ハンジとミケもそうだが」
 ハンジとミケの顔は引き上げた時に確認している。その点は安心出来た。
「私は?」
 エルヴィンが聞く。
「てめえは保護者だろ? エルヴィン。飼い主、の方が正しいかもだが」
 視線が交錯する。
 微妙に不思議で曖昧で破裂しそうな空気が二人の間に流れる。
「……そうだな」
 ぐい、とエルヴィンが腕を引いて、リヴァイを胸の中に抱き込んだ。
 リヴァイも逆らわなかった。
「傷つくな。調査兵団ではこれが常態だ。いちいち悲しんでいては身が保たない」
「別に……人死にには慣れてる。まあ……ここまでごっそり逝かれたのはさすがに初めてだが……」
 リヴァイは大人しく頭を撫でられている。
 エルヴィンは丁度いい場所にあるリヴァイの髪に顔を埋めた。
「手応えはどうだ? やっていけそうか?」
「人型はしているが、人間ではないから罪悪感はないな。でかいネズミやゴキブリを殺すのと同じ様な感じだ。むしろ……」
 その先は口にしなかったが、エルヴィンにはリヴァイの言いたい事が伝わっていた。
 何であんなので死ぬんだ、簡単過ぎるだろ、ちゃんと訓練してきたんだろうな。
 普通の、一般の兵士がリヴァイの要求するレベルに達するのは不可能に近いと、どう言ったら理解して貰えるだろう。エルヴィンは迷った末に、別のことを耳打ちした。
「お前は班長になる事が決定した」
 ぱっと顔を上げて、リヴァイが目を見開く。目は口ほどにものを言う、を地で行っている。
「早過ぎる。俺はまだ入団して一ヶ月強の新兵だぞ」
「カスパル班長が強力に後押ししてくれてな、その力がある、と認められたんだ。ハンジとミケも同じく抜擢された。私もまあ、班長をすっ飛ばして分隊長に任命されたんだが……」
 壁外調査の度に数を減らす調査兵団では人的資源に乏しい。
 繰り上がりに昇進するのは必然だった。
 それでも、ここまで異例の人事は前代未聞だっただろうが。
「……言い忘れていた」
 エルヴィンは、ともすれば非人間的な印象さえ与えるリヴァイの薄い灰色の目を覗きこんで、言った。
「――リヴァイ。お前が無事でいてくれて、良かった」

<  終  >

>>>2013/7/28up


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