01:07AM/01


近日中にまとめなければならない書類が一区切りついて、何気なくベッドサイドの時計に目線を向けるとすでに深夜の一時を回っていた。
ちょうどきりの良いところで終わったし、明日も授業があるので今日はこの辺で切り上げて休んだ方が良さそうだ。
書類を片付けベッドに横になると、疲れた身体は脱力しすぐに睡魔に襲われる。
ああ疲れた、もう寝よう、とベッドサイドの照明スイッチに手を伸ばしたとき。
突然 ドンドン、 と部屋のドアを叩く音が聞こえて、何事かと咄嗟に身を起こした。

「…………?」

こんな時間に一体誰が、何の用なのだろう。
不審に思いながらもベッドから降りてドアの前に向かうと、 「おいフランス、開けろ。寝てんのか?」 と、扉の向こうからこちらを窺うような、耳に馴染んだ声が聞こえて拍子抜けする。
まぁ、こんな夜更けに遠慮もなしに訪ねて来る知り合いなんて、……イギリスしかいないわけだが。

「開けろっつってんだろ、フランス! 寝てんなら起きろ!」

ガンガン、とさっきより乱暴にドアを叩かれて、フランスは はぁ、 と大きな溜息を吐く。
いつもなら彼はとっくに寝ている時間だけに、何かあったのかと気にはなったがまずは用件を聞くのが先だ。
扉は開けず、ドア越しに問う。

「何だよもう、こんな時間に何の用?」

「俺の部屋、空調が壊れた。……寒くて寝られねえ」

「………へぇ………で?」

「で、じゃねえよ。今晩お前の部屋に泊めろ」

「ええ〜…?! やだ」

空調壊れた、の時点で非常に嫌な予感はしていたが、案の定だ。
間髪入れずに拒否すると、深夜だというのにイギリスは ドン、 とドアを叩いて声を荒げた。

「なんでだよ!! いいだろ別に一晩くらい!」

「良くねえよ、いつも俺に対して文句ばっかり言うくせに、なんでこういうときは俺んとこ来るんだよ!」

こんなふうにイギリスが困ったときにフランスを訪ねてくるのは、他に頼れるような友達がいないから、ということくらいわかっている。
生徒会長なんて偉そうな肩書きで、多くの生徒たちを従わせているわりには、イギリスにはいつまで経っても親しい友達の一人も出来ない。
そんな彼がフランスにだけは何の遠慮もなく接してきて、 俺はお前のことは嫌いだから、嫌いな奴にどう思われても関係ないしな! などと憎まれ口を叩いては好き勝手に暴れ回り、そのくせ自分が困ったときには当たり前のようにフランスのところに来て、上から目線で なんとかしろ、 と言うのだから頭も痛くなるというものだ。
イギリスの我が侭というか傍若無人というか、そういう性格は昔から嫌と言うほど知っていたし、その性格が災いして彼がいつもひとりきりで寂しそうにしている(本人はそんな自覚はなく、孤高の生徒会長を気取っているつもりらしいが、寂しいとか構って欲しい的な感情は端から見ていてだだ漏れだ)ことも知っている。
誰よりも長い時間を一緒に過ごしてきて、いろいろと面倒くさい性格のイギリスに腹を立てたりしながらも、彼のことがなんだかんだで放っておけなかった。
俺がいないとだめなんだからなぁ、とかそんなことを思いながら、うざいのなんのと鬱陶しがられても構い続けた結果、結局頼る相手が自分しかいない彼のことが、フランスにとっていつしか特別な存在になっていたのだ。
フランスはそういう自分の気持ちを隠すつもりも必要もなかったから、ことあるごとにイギリス本人に好きだとはっきり伝えてもいた。

さすがに何度もしつこく言われ続ければ、いつもの質の悪い冗談などではないらしいとイギリスも気付いているようで、彼はそのフランスの気持ちを知った上で、キスやセックスも含めた恋人らしい付き合いを一応受け入れてくれている。
けれどフランスはイギリスに好きだと言われたことなんてないし、彼から好意を持たれているような素振りも見たことがない。
どういうつもりで自分の好意を受け取っているのか、イギリスの考えはフランスにはまったくわからないのが正直なところだ。
はっきり言うと今までの腐れ縁に身体の関係が追加されただけで、 これってあれだ……セックスフレンドってやつじゃねえの…… とイギリスとの関係を考えると少しへこむ。
フランスとしてはどうしようもなくイギリスが好きでたまらないので、好きな相手が困っているなら手を貸すことはやぶさかではないのだが、いくら好きでも毎度毎度こう都合良く使われるばかりなのは少し悲しくなる。
せめて お前しか頼れる奴がいない、 とか嘘でもいいからそれくらいの台詞は聞きたいものだ。
そんなことは天地がひっくり返っても、あのイギリスが言うわけがないとわかっているが、なんというか自分の好意をただ利用されているだけなのは虚しいな、と寂しく思ってしまうこともある。

「フランスのくせにうるせーな、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと開けろ!」

「……………」

彼の反応はわかり切っていたことだ。
それでも他に頼る相手がいないのも、わざわざそれを口に出さなくても、こんな夜中にイギリスが訪ねて来たのは他でもない自分の部屋なのだ。
以前のイギリスならこんな些細なことでフランスに借りを作るものかと、空調が壊れたくらいで部屋を訪ねて来ることはなかっただろう。
この横暴な態度はちょっといただけないが、そういう小さなことでも頼ってくれるようになったのは、フランスには甘えられるのだと彼の中で意識が変わったからかもしれない、と思えばかわいいものだ。
フランスが考え事をしている間も、乱暴にドアを叩く……否、完全に蹴っていると思われる音がして、このままではドアを蹴破られかねない。
開けなければドアが破壊されるのも時間の問題なので、はぁ、と大きな溜息を一つ吐いて扉を開けた。
明かりの消えた薄暗い廊下には、パジャマの上に薄いカーディガンを羽織っただけのイギリスが立っていて、何とか寒い部屋で寝ようとしばらく耐えていたのだろう、彼は小さく震えている。

「ほら、入れよ。ってか、そんなに寒かったならもっと早く来れば良かったのに」

「…さっきまで寝てたけど、寒くて目が覚めたんだ」

「ああ、そう……。じゃあベッドで俺と一緒に寝る? 暖めてやるけど」

「ふざけんなお前床で寝ろよ、この変態が」

「ふざけてんのはお前だよね?! ここ俺の部屋!」

ベッドに二人で寝るのは少々狭いかもしれないが、床で寝るよりはましだろうと思ったのにまさかの変態扱いだ。
己の日頃の行いを考えるとそう言われても仕方がないけれど、あんまりな言い草である。
あまつさえ どけ、 と足を蹴られて、フランスは少し泣きそうになった。
これ、この扱いはどう考えても都合の良いパシリ兼セフレなんです、けど…!
悲しみが止まらないとはこのことだ。

(…いや違うもん、イギリスはきっと照れてるだけだもん! お兄さん都合の良い男じゃないもん…!)

……まぁ実際ただの都合のいい男なんですけど、とわかっていても、そんなふうに自分を慰めるしかないのが余計に悲しい。
ともかくベッドは一つしかないし、この部屋には他にベッド代わりになる家具はない。
イギリスを床に寝させるのは気が引けるが、かといって自分が床に寝るのはぜひとも遠慮したいので、今日一晩くらいは我慢してもらうしかない。
ベッドで一緒に寝るのが一番いいと思うのになぁ、と未練がましくそんなことを考えながら、イギリスのために余っている毛布を引っ張り出した。

「この毛布勝手に使っていいから。じゃあおやすみ」

敷き布団代わりになりそうな厚い毛布を何枚か出してやり、フランスは自分のベッドに寝転がる。
その直後、ぎし、とスプリングが軋んで僅かに傾いたかと思ったら、イギリスがもそもそとベッドの中に潜り込んできた。
彼の冷たい足が皮膚に触れ、こんなに冷えるまで我慢してたのかと思うと、最終的にはここに来たとはいえ、まだ自分にも遠慮しているところがあるのかなぁ、と少し寂しく思える。
冷えた身体をぎゅう、と抱き締め、背中をさすりながら耳元に唇を寄せて囁いた。

「……なーに、やっぱり一緒に寝たいの?」

「っ、そんなわけあるか、てめえが床で寝ろ!!」

慈悲の欠片もない科白と同時に背中に衝撃が走り、憐れフランスの身体はベッドから蹴り出され、床の上に転がり落ちた。
ベッドの中に入ってきたまではかわいかったのに、期待に反して待っていたのはあまりに酷い仕打ちだった。
さすがにこれにはフランスも腹が立って、ブチブチと頭の血管が何本か切れたような音がした……気がした。
床に叩き付けられた身体をむくりと起こし、乱れた髪の毛を掻き上げて溜息を吐く。
苛立った不機嫌な表情は隠しようもなく、じ……と冷めた目線をイギリスに向けると、彼も今のはやりすぎたと思ったのかどうか、フランスの視線から逃れるように頭からすっぽり毛布を被って言った。

「…なんだよその顔は。……なんか文句あんのか?」

「………。お前ねー、こんな夜中にいきなり来て、人の寝床ぶん取るってどういうこと? エアコンが壊れたのは気の毒だけどさ、でもそれって俺のせいじゃないよな? 部屋に入れて毛布も貸すって言ってんのに、部屋の主が蹴りでベッドから追い出されるのってどう考えてもおかしいだろ。お前のそーいうとこ、ほんっとありえない…!」

空調の故障はフランスの責任でも、かといってもちろんイギリスの責任でもないし、それを責めるつもりはない。
ついでに彼のことを好きだからといって、なんでも許して受け入れてやる必要もない。
あばたもえくぼ、とはよく言ったものだが何事にも限度はあるのだ、悪いところに目を瞑り、ただ黙って受け入れるなんてそんなものは愛とは呼べない。
それに悪いと思ってもイギリスを恐れて誰も指摘しないのだから、指摘出来る立場の自分が言ってやらないといけないとも思う。
とはいえ当然彼はフランスの言うことを素直に聞くようなたまではないし、同じことを繰り返し指摘しても直らないところもある。
けれどそこで もういいや、 と切り捨てるのではなく、まずは直らなかったことも受け入れてやり、改めて悪いところは何度でも指摘してやることこそ愛だろうと思うのだ。

何よりフランスはイギリスのことが好きだ。
もともと顔は好みでかわいいと思うし、あの性格だって腹が立つことがあっても決して嫌いではない。
お前のことが好きだよ、と何度囁き伝えたのか、数え切れないくらいに自分の思いも口にしてきた。
イギリスもその言葉を否定しないし、触れ合うことも拒否しない。
彼から好きだという科白も、それらしい態度を示されたこともなかったけれど、フランスの好意を拒否しないのは、ある程度は受け入れてくれているからだと思う。
いくら気持ちいいことが好きなエロ大使といえど、イギリスが心底嫌いな奴に足を開けるほど酔狂でもないことも知っている。
今のいわゆる友達以上恋人未満な中途半端な関係は時折虚しく思うこともあるが、確実に彼との距離は近づいたし、口で言うほど嫌われてはいないと実感している。
それでも恋人もどきの付き合いよりも、腐れ縁のケンカ相手としての付き合いの方が全然長いし、今回のように理不尽な扱いを受けると言い方はどうしてもきつくなってしまう。
今日に限って言えば、イギリスが訪ねて来なければフランスは今頃とっくに眠りについていたわけで、寝入りを邪魔されたあげくにベッドから蹴り出されたのだから、怒るなという方が無理な相談だった。

「そ、そんなに怒ることないだろ! こんなのいつものことじゃねえか…」

確かにこんなやり取りは日常茶飯事で、普段ならここまで苛立つことでもない。
軽く戯れのような言い合いをして終わるのがいつものパターンだから、イギリスもフランスがこうも不機嫌になるとは思いもしなかったのだろう。
しかしセフレのような関係になってから、もう半年も経っている。
その間、前にも後にも進まない関係に、不安や苛立ち、虚しさがフランスの中に少しずつ蓄積され、自分でも気が付かないうちに限界まで来ていたのかもしれない。
そこにさっきのイギリスの態度は駄目押しだった。
やっぱり俺いいように利用されてるだけなのかなー、とどうしようもなく寂しい気持ちになって、また大きな溜息が漏れた。

「………まぁ、ここはお前の部屋だし……蹴ったのは、ちょっとやりすぎたよな、うん。俺が床で寝てやるよ、それなら文句ねーだろっ」

フランスの零した溜息をどう解釈したのか、しおれた葉のように毛布の中で小さく丸まっていたイギリスは、少し遠慮がちに(これでも彼にしては遠慮の部類に入っている)妥協案を出した。
聞きたい言葉はそういうことではないのだが、きっとイギリスにはフランスの気持ちなどわからないのだろう。
思わず そういう問題じゃねーよ、 とぽつりと呟くと、彼はきゅ、と唇を引き結んで、頭から被っていた毛布をはね除けベッドから降りた。
けれどフランスはイギリスが手に取るより早く、先ほど出した毛布を拾い上げさっさと床に敷くと、彼に背を向けて敷いた毛布の上にごろりと寝転がる。
こんな夜中にケンカなんてしたくないし、これ以上彼と話していると八つ当たりみたいなことを言ってしまいそうで嫌だったので、このまま先に寝てしまうことにした。
一晩眠って目が覚めたらいつも通りの自分に戻って、 本気で怒ってると思った? とか何とか言って誤魔化せば、イギリスも安心するだろうし普段と変わらない日常に戻る。
胸にどろりと渦巻く嫌な感情に支配されるのは今晩だけでたくさんだ。

「…ベッド使っていいよ。俺もう寝るから、イギリスが寝るときに明かり消して」

「…、…おいフランス、なに一人で言いたいこと言って自己完結してんだよ! 大体お前…」

「あー反論があるなら明日聞くから。時間も遅いし、今日はもう寝ようぜ」

「………、…」

話を途中で遮られ、部屋の主に呆れたように溜息混じりに言われては、さすがにイギリスもそれ以上何も言えず、大人しく寝ることにしたらしい。
酷く気まずい空気の中、ベッドが小さく軋む音がして照明のスイッチが切られると、室内は暗闇に包まれた。





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