01:07AM/02
部屋の明かりが消えても一向に眠りにつけず、フランスは溜息を吐いては何度となく寝返りを打つ。
身体は疲れていたし、早く眠ってこのもやもやとした苛立ちから解放されたいのに、一度怒りで急激に感情が高ぶってしまったせいか頭は冴えていた。
しばらくまんじりともせず毛布にくるまっていたが、いつまで経ってもフランスの元に睡魔は訪れてくれない。
……イギリスはもう眠っただろうか。
この暗がりではイギリスの姿もうっすらとした輪郭しか確認出来ないが、背後から聞こえる彼の僅かな呼吸音に、目を閉じていても眠ろうとする意識が乱されてしまう。
寝ようと思えば思うほど頭が冴えていくような気がして、フランスは無理に寝ようとするのは諦めた。
何も考えないようにしようとしても、先ほどのイギリスとのやり取りが思い出されて、少しだけ自己嫌悪に陥った。
彼の態度は決して褒められたものではなかったし、この件に関してはどちらかというとイギリスに非があるだろうと思っている。
けれどフランスの言い方も、思い通りにいかない現状に苛立った八つ当たりのようなもので、イギリスが自分の言動を反省してめずらしく歩み寄ってくれたのに、どうしても許す気になれなくてそれすらも冷たくあしらった。
少し気持ちが落ち着いた今は、彼がああいう物言いしか出来ないことを知っていながら、それでも自分の感情を抑えられなかったことに我ながら大人げないな、と呆れてしまう。
本当はフランスだってあんなケンカはしたくなかったのだ。
深夜に自分を頼って訪ねてきてくれたことは嬉しかったし、床に寝ることになるとしてもいきなりベッドから蹴り出すのではなく、せめてもうちょっとソフトな言い方で命令されたなら、こうはならなかったと思う。
…とはいえ、イギリスとのやり取りでこの程度は特別酷い仕打ちでもないのだが、それはあくまでも普通の日常生活の中での話で、今日みたいなシチュエーションでやっていいことじゃない。
仮にもイギリスが自分の意志で受け入れている身体の関係があって、常日頃好きだと言っている男に対してそういうことをするなんて、愛情の欠片も感じられないしそれこそ彼の都合のいいように使われているだけで、 「お前は恋人じゃないし、そうなる気もない」 とはっきり態度で示されたような気がする。
フランスがどんなにイギリスのことが好きで、どれだけ愛の言葉を囁いても彼にはまるで届いていないのだろうか。
どうしたら俺のこと見てくれるのかな、好きになってくれるのかな、と答えの出ないことばかりが頭の中を巡り、 イギリスにとっての俺は腐れ縁のケンカ相手で、セックスするのも試してみたら悪くなくて後腐れもないからってだけで、最初から真面目に付き合う対象じゃなかったのかもなぁ、 とまたも虚しい気持ちでいっぱいになり、胸が苦しくなる。
半年前はイギリスの思いを自分に向けさせることは、そう難しいことじゃないと思っていたのにこの様だ。
真っ直ぐに向けていたはずのフランスのイギリスへの愛情は、どこで間違ってしまったのか二人の間に歪んだ関係を作り出してしまったらしい。
その関係を今さら軌道修正出来るのかわからないが、今後は彼に対する接し方を少し変えた方がいいのかもしれない。
そんな取り留めもないことを考え始めてどのくらい経ったのか、フランスがようやくうとうとと微睡み始めたとき、ぎし…、と大きくベッドが軋む音が聞こえた。
やっと眠れそうだったのに、たったそれだけの僅かな音で意識が浮上しそうになる。
イギリスがベッドを降りる気配を感じながらも、フランスは目を閉じて薄れていきそうな眠気を何とか繋ぎ止める。
しかし次の瞬間、背に何かが当たったかと思ったら、 「ぅわ、…」 と小さな声が聞こえて、直後にフランスの身体の上にどすん、と押し潰されるような重みと衝撃が走った。
「…、……っ?!」
「……い、ってぇ…」
フランスはその痛みに掠れた声で、唐突に落ちてきた衝撃の正体がイギリスだと気付く。
どうやら床に寝ていたフランスの身体に躓いて、そのまま上に倒れ込んだらしい。
「ちょっ、…重い! あと痛い!」
イギリスの体重はそんなに重くはないが、彼の肘がちょうど胸の辺りを圧迫していて苦しい。
痛みに耐えかねたフランスは顔を顰めて声を上げた。
これではとてもじゃないが眠るどころではない。
「…悪い……ってか…あれ…、俺、…?」
寝ぼけているのか、自室じゃないことを訝しむように言ったイギリスはフランスの上から退けるどころか、暗い室内を見回し状況を理解しようともぞもぞと動き回る。
だから痛いって言ってるでしょーがァァァ、と叫びたいのを堪えて、上に乗っている身体を支えようと彼の肩を軽く掴んだ途端、一瞬だけびく、とイギリスの身体が震えた。
同時に彼の口から あっ、 と短く声が零れ、それがやけに甘ったるい響きに聞こえて、フランスは慌てて手を離した。
「あのー……早くどいてくれる?」
どうにか平静を装ってそう言うと、イギリスは身体を起こし、 悪い、 ともう一度呟いて洗面所の方に向かっていく。
急に起き出してきたから何事かと思ったら、トイレに行きたかっただけらしい。
生理現象なのだからそれを悪いと言うつもりはないが、おかげでまた目が覚めてしまい、今度はもう眠れる気がしなかった。
寝ぼけているから仕方がないとはいえ、自分からこの部屋に来たくせに忘れてんのかよ、どんだけ意識されてないんだ俺、と余計に気持ちが沈んでしまった。
目を閉じて大きな溜息を吐くと、イギリスが戻ってくる気配がして思わず息を詰めた。
フランスは寝たふりをしたまま微動だにせず、イギリスがベッドに戻りまた眠りにつくのを静かに待つ。
きし、と僅かな足音が近づいてきて、ゆっくりと彼の気配が通り過ぎていく。
…そのとき、ふいに足音がフランスの横で止まった。
今度はさっきのようにぶつからないよう気を付けているのだろう、と単純に考えてあまり気にしなかったのだが、何を思ったのかイギリスはベッドには戻らず、床に寝ていたフランスの毛布の中にもぐり込んできた。
まだ寝ぼけているのかと驚いて、もはや寝たふりをするどころではなかった。
「イギリス、…ベッドは向こうなんだけど」
「………ん…」
フランスの言うことを理解しているのかいないのか、イギリスは曖昧な返事をして身体を擦り寄せてくる。
ベッドから蹴り出される前に触れた彼の身体はすっかり冷え切っていたが、今は触れ合ったところから温かなぬくもりを感じる。
イギリスの体温が戻ったことに 良かった、 とほっとして、フランスは寝返りを打ち彼に向き直ると、なるべく感情を込めない口調で言った。
「あのさ、ここお兄さんの寝床だから。早くベッドに戻れって……眠いなら運んでやろうか?」
「……いい…」
眠いのか、短い返事が帰ってきただけでイギリスは身を起こす気配はない。
まさかこのままここで寝るつもりなのだろうか。
お前、それはちょっと勘弁してくれ、とフランスは思い切り顔を顰める。
結局一緒に寝るならさっきのケンカはなんだったんだって話になるだろ、ていうか俺が怒った理由とか全然わかってないよね?!
むしろケンカしたことなんか忘れてる……というより、最初からケンカなんかしてなかったみたいな態度なのはなんで?
今お前の気まぐれに付き合えるほど余裕ないんだけど、……そんなことも伝わらないくらい、イギリスにとって俺ってどうでもいい存在なのかな。
イギリスはいつだって自分のしたいように行動してきたし、彼の行動にフランスの意志や思いが影響を与えたこともなく、身体の関係を持ってからもそれは変わらなかった。
そんなことを考え出すと一度は落ち着いたはずの暗く澱んだ感情が、再びじわじわとフランスの心を浸蝕していく。
「…いや良くないよ……ほら、ベッド連れてってやるから、ちょっと起きろよ」
疲れた声でそう言って、明かりを点けようと毛布から這い出ると、それを阻止するかのように突然腰にイギリスの両腕が巻き付いた。
体当たりのごとく勢いづいて抱きつかれ、二人の身体はぴったりとくっついた状態で毛布の上に転がる。
なんなんだこいつは、一体何がしたいんだよ、頼むから大人しく寝てくれよ、とフランスは脱力しつつ、とりあえず腰に回された腕を解こうとすると、ますます強く抱き締められて身動きすら取れなくなる。
「……なぁこれって新手の嫌がらせ?」
離れまいとぎゅうぎゅうとしがみついてくるイギリスに、フランスは思わず溜息混じりにそう呟いた。
いつもならこんなふうに彼から抱きつかれたりしたら、頬が緩んで元に戻らないばかりか、自分からも抱き返してやるのだけれど、今はとてもそんな気分にはなれなかった。
イギリスがどういうつもりでこんなことをしているのかがわからなくて、彼のこの行動はフランスには嫌がらせにしか思えなかったのだ。
「…な、なんだよ嫌がらせって、……お前のせいで眠れなくなったんだからな、……責任取れ」
ぽつりと答えたイギリスに、 それはこっちの台詞なんだけど、 と思いつつフランスは一度大きく息を吐く。
夜中にいきなり来てベッドから蹴り出した挙げ句、ようやく眠れそうだったときに人をマット代わりに下敷きにしてくれたのはどこの誰だ。
それが原因で眠れなくなったというなら、自分の不注意までフランスのせいにされても困るし、彼が眠れなくなったこととこうして布団に潜り込んでくることに、何の関係があるというのか。
「責任ってなに………俺は床で寝てただけだろ…」
「だって、お前が、……変なとこ触るから…」
イギリスはほんの少し詰るような口調で答えたが、フランスは彼の言葉にまったく心当たりがない。
強いて言うなら彼が身体の上に倒れ込んできたとき、手で肩に少し触れただけだ。
もしそのことを言っているのだとしたら、言い掛かりにもほどがある。
フランスの精神は今日一晩でだいぶ削られていて、もうまともにイギリスの相手をする気力も失せていた。
「あーそう……そりゃ悪かったな……俺は全然身に覚えがないんだけど」
素っ気なく言ってもイギリスはフランスに抱きついたまま、離れようとしない。
密着する彼の体温は肌に馴染んでいて、その感覚は不快には感じられず、きつく抱きついてくるイギリスの身体を強引に引き剥がすことはしなかった。
けれど明日も授業があるのだ、いつまでもこうしていても仕方がないし、お互いに睡眠時間が短くなっていくだけだ。
「…で、どうしたら大人しくベッドで寝ていただけるんでしょうか」
「お前のせいで眠れなくなったって言っただろ…、何とかしろよっ」
フランスはこの状況に本当に心底困ってそう言ったのだけれど、自分の気持ちはどうもイギリスには上手く伝わらないらしい。
こうなったのは全部イギリスが元凶なのに、何とかしろ、と言われても何をどうしろと言うのか。
何とかするのはフランスではなくイギリスの方だ。
彼がさっさとベッドに戻って寝てくれれば、それで済む話なのだから。
自分が出来ることはスルーして、こちらにばかり非を押し付けてくるなよ、とじりじりとした苛立ちが神経を灼いていくのを止められない。
ただでさえ気力が尽きているというのに、あまりにも自分勝手な言動を繰り返すイギリスに、フランスはついに溜め込んだ感情を吐露し始めた。
「何とかしろってなに? お前が寝付くまで子守歌でも歌えばいいわけ? 俺もお前のせいで眠れなくて困ってんだけど、お前は俺に何をしてくれんの? っていうか、そもそもそんなふうに言われるようなことをした覚えもないしさ。……まぁお前は生徒会長で俺は副会長だから、会長命令だって言うなら従うけど」
「な、なんでそんな言い方するんだよ! ベッドから追い出したのは俺が悪かったけど、……でも、…お前、今日変だぞ、……いつもはこんなことで怒ったりしねえのに…」
聞こえるのは室内に響く声だけで、表情は暗闇で見えない。
イギリスのか細く頼りない声を聞くと、彼の顔も自分の顔も互いに見えていなくて良かったと思う。
彼はきっと緑色の瞳を涙の被膜で潤ませているのに違いないし、自分は口調以上に冷めた表情を浮かべているはずだ。
そんなフランスの顔を見たら、イギリスはもっと嫌な思いをするだろう。
「こんなこと、ねえ……。怒らないからなにしてもいいと思った?」
「! そうじゃねえよっ! そうじゃねえけど、……なんでお前、今日はそんなに怒ってんのかわかんねえから、…」
イギリスにしてみれば、ベッドから蹴り出したことを除いては特別変わった行動をした覚えもなく、フランスの葛藤も知らないのだからそう思うのも当たり前だ。
もうこれまで中途半端にだらだらと続けてきた関係を、はっきりさせるときなのかもしれない。
自分の気持ちから無理矢理目を逸らして今まで通りの関係を続けようとしても、一度溢れた感情を抑えることは難しく、そんな不安定な関係はきっと長くは持たずに破綻してしまう。
結果、フランスを恋人として受け入れることが出来ないイギリスとの間に溝が出来ることになっても、それは仕方がないのだ。
フランスは小さく溜息を吐くと、出来る限り穏やかな声音で、自分の思いがイギリスに伝わるようにと祈りながらゆっくりと話し始めた。
「じゃあ聞くけど、イギリスにとって俺ってなに? ただの腐れ縁? ケンカ相手? ……それとも都合のいいセフレかな?」
「な…、なに、言ってんだお前…」
「…俺はイギリスのことが好きだよ。お前にも俺のこと好きになってもらいたいし、今までみたいにただ一緒にいて気が向いたときだけセックスするんじゃなくて、ちゃんと恋人として付き合いたいと思ってるんだけど、……イギリスにはそういう気持ちはないの?」
「フランス…! お前さっきから何言ってんだよっ?! 俺は、…俺とお前は、もう恋人同士で、付き合ってるんじゃなかったのか…? なんで、今さらそんなわけわかんねーこと言うんだよばかぁ!」
「………え? それどういう、…」
イギリスはフランスの腰に回していた腕を外し、今度は首に緩く巻き付けて言いかけた言葉を奪うように口付けた。
暗闇の中、突然唇に触れた感触に驚いて咄嗟に身を引こうとしたが、イギリスの腕がしっかり首に巻き付いていて思うように動けない。
唇が触れ合ったのはほんの一瞬だったが、先の彼の科白といい、状況が飲み込めずフランスの頭の中は真っ白になった。
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