01:07AM/03
想定外のイギリスの言動に、もしかして今日までの半年間、自分は酷い勘違いをしていたのではないだろうか、とフランスは思った。
口ではいつも 「お前が俺を好きで、どうしてもしたいって言うから、しょうがなく相手してやってんだからな!」 とか踏ん反り返って可愛くないことを言うものだから、 ああそうなのか、しょうがなくなのか、そうだよねー…いや知ってたけどね、そうなんじゃないかって思ってたよお兄さんは、 とイギリスの本心は彼の言葉のとおりなのだろうと受け取っていた。
それは今まで言葉にして好きだと言われたことがなかったのと、好意を示すようなわかりやすい態度も見せてくれなかったからなのだけれど、その一方でイギリスは愛を囁くフランスの言葉を否定も拒否もしなかった。
よくよくイギリスの性格を考えれば、フランスの好意が不愉快なら迷惑だとはっきり言うだろうし、それどころか 「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ!!!!!!!」 と、自慢の顔が原型をとどめないほど殴られるのが通常の彼の反応ではないだろうか。
けれどイギリスはそうはしなかったし言葉や態度で応えてはくれなくても、フランスの愛の言葉も抱き合うことも拒否することなくすべて受け入れていた。
それに加えて先の科白を思い返すと、フランスが繰り返す「好き」という言葉に頷いて、肌を重ねるのも求められれば拒否しないことで、 「お前は特別なんだ」 ということをイギリスなりに表していたのかもしれない。
「あのさ…ちょっと確認していいか? すごく今さらで悪いんだけど、…えっと……イギリスって俺のこと好きなの?」
愛の国を自負する自分がなんとも情けない質問をしていると思うが、この際だからちゃんと彼の口から本当の気持ちを聞いてみたい。
きつくしがみついているイギリスの身体をそっと抱き返すと、期待する答えの代わりに、首に回されていた腕でぎりぎりと容赦なく絞め上げられて、呼吸が止まりそうになった。
「本当に今さらだな! くだらねえこと聞いてんじゃねえよこの野郎!!!」
「あああぁああぁぁすいませんでした痛い痛い痛いです、首が折れる! 俺のこと好きならやめて!」
えらくドスのきいた呪詛のごとき声音でイギリスは声を荒げたが、フランスの悲鳴に近い言葉を聞いて絞めていた腕の力を弛めた。
どうやら 好きならやめて、 という部分に反応したものらしい。
やめてくれたということは、ほんとにこいつ俺のこと好きなのかな、と思えて、イギリスの言っていた 「俺とお前は、もう恋人同士で、付き合ってるんじゃなかったのか」 という言葉が徐々に胸に染み込んでいくのを感じた。
密着した互いの身体は酷く熱く感じられ、この熱を手放したくないな、とフランスはぼんやりと考えながらもう一度問う。
「なんかさー、……俺たちの関係について、俺とイギリスの間にちょっと認識の違いがあったみたいなんだけど、怒らないで聞いてくれる? 俺はお前とは…そのー…セフレなのかと思っ」
話の途中でイギリスの肘がフランスの顔面にめり込んだ。
いくら抱き締め合って密着している至近距離とはいえ、この暗闇なのにクリティカルヒットにもほどがある。
あ、これ間違いなく頭蓋骨いってます、粉砕骨折してるからマジで…! というくらい痛かったが、イギリスの鉄拳を何百年も喰らい続けただけあって、耐性が出来ているのかどうか、痛みを除けば骨も皮膚もなんともなかった。
というか、フランスの話はまだ途中なのだ、手を上げる前に人の話は最後まで聞いてもらいたいものである。
「おま、…殴るのは最後まで聞いてからにしろよ! 俺はイギリスのことそんなふうに思ってないけど、俺がいくら好きだって言っても全然言葉にして返してくれないし、だからお前は俺のことはセフレかなんかだと思ってるんだろうなって、……これでも結構悩んでたんだぜ」
「…っ、…じゃあてめえは俺が誰とでもあんなことするとでも思ってたのかよ。お、俺だけが勝手に恋人同士だとか思ってて、バカみてえだ…」
最後まで聞けと言っているのに、フランスの科白を良くない方に解釈したらしいイギリスは耐えかねたようにそう言うと、フランスの首に回していた腕を外し身体を離した。
彼はそのまま毛布から這い出て、部屋のドアを開けるとそのまま暗い廊下へ出て行こうとする。
こんな夜中に一体どこに行くつもりなのか、フランスも慌てて身を起こしイギリスを呼び止めた。
「イギリス、待てって! どこ行くんだよ、こんな時間に!」
「うるさいバカ! アメリカか日本のとこに泊めてもらうんだよ、てめえなんかと寝られるか!」
この時間ではとっくに寝ているであろうアメリカのところに行っても部屋に入れてもらえるわけがないし、日本も口には出さないだろうが引き攣った笑みの裏で、こんな深夜になんたるKY、さすがはアメリカさんの兄貴分…と顔を顰めるに違いない。
二人のイギリスへの好感度が急降下するのが避けられない事態になるのは目に見えている。
ただでさえ友達がいないのに、かろうじて友人の部類に入るアメリカと日本にまで嫌われたらいくらなんでも気の毒すぎる。
しかし頭に血が上ってそこまで考えが及ばないらしいイギリスは、今にも部屋を出て行こうとしていて、とてもそんなことをぐだぐだ説得している余裕はない。
「えーもう、……ちょっ、…待てってば!」
足に絡んだ毛布を蹴り、フランスはドアに向かうとイギリスの腕を掴んで、彼の身体を強く引き寄せると自分の胸の中に収めた。
「なんだよっ、離せ!」
「他の奴のとこになんか行かないでよ、最後まで俺の話聞いてって言っただろ」
逃げられないようにきつく抱き締め、耳元で囁いた声には自分でも驚くくらい必死な色が滲んでいる。
その分フランスが引き留める言葉に強い思いが込められているのだと伝わったようで、イギリスの強張った身体から力が抜けて、部屋の外へ踏み出していた足を戻した。
彼の身体を室内に引き入れてドアを閉め、ベッドサイドの明かりをつけると、二人並んでベッドの上に腰掛ける。
フランスはちら、と隣に座るイギリスの様子を何度も窺い、少し迷ったのち膝の上で硬く握っている彼の拳に、そっと手のひらを重ねた。
「…お前が素直じゃないことくらい知ってたけど、……でも、イギリスが俺とのことをちゃんと考えてくれてたとは思わなかった」
「……考えてなかったのはてめえの方だろ……、そりゃ確かに言葉ではっきり言ったことはなかったかもしれねえけど、…」
そこまで言って、イギリスは慌ててベッドサイドの明かりを消した。
フランスがじっと見つめていることに気付いて、自分の気持ちを吐露するのにその相手の視線を感じているのが、恥ずかしくなったのかもしれない。
室内が再び暗闇に包まれてすぐ、イギリスの拳に重ねていた手をぎゅ、と握り返されて、心臓がどくんと跳ねる。
こうして彼から触れられることなんてなかったから、余計に驚いた。
「…、イギリス…」
「…ずっと嫌いだって言ってたお前のことを大人しく受け入れてんだから、それくらいわかってると思ってたのに、…俺の勘違いだったみたいだな!」
聞き慣れた不機嫌な口調だったが、イギリスはフランスの手を握る力は緩めなかった。
ほんと言ってることとやってることが逆だなぁ、と思ったが、触れ合う手の温もりは酷く優しい熱だった。
「だってお前…床で寝ろとか、ベッドから蹴り出されたら誰だって好かれてないのかもって思うじゃない。それともイギリスは俺に同じことされても愛されてるって思えんの? 生憎お兄さんはそこまでおめでたく出来てないんだよなぁ……だから本当に嫌がられてるのかなって思ってさ」
責めるような言い方にならないように、ゆっくりと穏やかな声音で言ってやると、イギリスが小さく息を飲むのが聞こえた。
自分の言動が好意を伝えるには、あまりにもわかりにくいものだったと自覚してくれたのか、次に発した言葉は今まで彼が言わなかった分を補って余りあるものだった。
「なんで嫌なんだよ、嫌なわけあるか! 嫌だったら最初からてめえみたいな節操なしの変態と、キスとか、それ以上のことなんかするわけねーだろっ! …っお前がそんなふうに思ってたのも知らないで、お前と顔会わせるたびにドキドキしたり、ちょっとだけ甘えたり頼ったり出来るのも悪くないな、とか…、そんなことばっかり考えて俺一人で浮かれてたなんて恥ずかしいじゃねーかばかっ! …そうだ、お前今すぐ死ねよ。最後の慈悲として俺が介錯してやるから!!」
暗闇で互いの顔が見えないせいで羞恥が薄れているからだろうか、イギリスは一気にそこまで言ってフランスの膝の上に乗り、さっきと同じように首に腕を回して抱きついてきた。
ここまではっきり自分の気持ちを口に出したのは初めてなのだろう、しがみついてくるイギリスの身体がほんの少しだけ震えている。
イギリスが他人への好意を表に出したり、ストレートに伝えたりすることが上手くないと知っていたのに、なんで気付いてやれなかったんだろう、と自分自身に呆れたのと、彼の本心が聞けたことに深く安堵の溜息を吐いた。
明かりのない部屋の中では、イギリスの姿は薄ぼんやりとしか見えないが、触れ合う体温から伝染するみたいにじわりと温かな感情が胸に広がる。
それは彼に対する愛おしさだ。
あのイギリスがフランスのことを恋人だと思ってくれていたなんて、今までの言動からは俄かに信じられない気もするが、それ以上にやはり嬉しい気持ちの方が大きかった。
終わりの科白はいつも通りの可愛げない悪態だったけれど、それが彼の本心じゃないことはもう知っている。
「やだよ、せっかくイギリスも俺のこと好きだってわかったのに、なんで死ななきゃいけないんだよ。それより半年も悩んで損したなぁー。ってか、お前もどんだけ意地っ張りなんだよ、半年もそういうこと言ってくれないなんてちょっと性格悪すぎるんじゃねえ?」
「うるせえよ、こっちが下手に出てりゃなに調子に乗ってんだてめえ!! セフレだのなんだのわけわかんねーこと言っといて、俺のこと性格悪いとか言ってんじゃねえよばかぁ!」
普段通りの軽口に気が抜けたのか、イギリスはフランスに縋り付き、肩口にぐりぐりと額を擦り付ける。
幼い子供のような仕草がかわいくて、今イギリスは一体どんな顔をしているんだろうと思った。
ちゃんと彼の瞳を見て、言葉の一つ一つが真実なのだと実感しながら聞きたい科白だったけれど、明かりがあったらきっと羞恥に負けて、これほど明確に本当の気持ちを口に出すことは出来なかったに違いない。
今は掃いて捨てるほど口にしてきた愛を伝える言葉が、きちんとイギリスに届いていたことだけで嬉しかった。
むしろ伝わっているのならもっと言いたい。
好きだとか愛してるだとか、そんな言葉を気軽に口にすると薄っぺらく聞こえるとよく言われるが、いくら言っても言い足りないのだから、何度言ったって構わないではないか。
一生に数え切れないほど言う「愛してる」と、一生に一度しか言わない「愛してる」はどちらがより重いのかなんて、比較するのは実にナンセンスだ。
要はその思いが相手に伝わっているかどうか、それが一番重要なのだから。
「お前のそういう性格の悪いとこ、最悪だと思うけど好きなんだもん。イギリスがお兄さんのこと恋人だと思ってくれてたとか、マジでかわいすぎるんだけど…! もう好き好き大好き愛してるイギリスぅーーー」
「ぅ…、お、俺だって、同じだっ、……そうじゃなかったらお前の部屋になんか来るかよ…!」
フランスはイギリスの身体を強く抱き締めて、はぁはぁと変質者のごとく荒い呼吸を吐くが、今日は照れ隠しの蹴りは飛んでこなかった。
それどころか予想もしないデレた科白が返ってきて、どうしようもなくにやけた顔を見られなくて良かった、と部屋の明かりがないことをありがたく思った。
「…今日だって、…別に一緒に寝るのもホントに嫌なわけじゃなかったし…、…その…」
続いた彼の言葉に、フランスは あぁ、だからトイレのあとベッドに戻らず、布団に潜り込んで来たのかな、 と納得しかけたが、それが事実なら気になることがある。
イギリスが自らフランスの布団に潜り込んでくるなんて、寝惚けているのだとばかり思っていたが、あれは彼の意志での行動だったのだろうか。
「…あれ、寝惚けてたわけじゃなかったんだ?」
「〜〜なんか文句あんのかっ?! た、たまには俺だってお前とそーいうことしたいって思うときもあるんだよ!」
思い返せば寝惚けていたにしてはやたら強い力で抱き付かれたり、眠れなくなったから責任取れだとか、そのときは彼の意図がわからずおかしなことを言うと思ったけれど、あれはフランスと一緒に寝たい、むしろそれ以上のこともしてもいいというお誘いだったらしい。
普段のイギリスの態度を考えればあれほどわかりやすい誘いもないだろうに、さっきは気持ちに余裕がなくて、そういう意味だったとはまったく気が付かなかった。
めずらしい誘いをあんな冷たい態度であしらってしまって、なんてもったいないことをしちゃったんだろうなー、と苦笑して小さく溜息を漏らすと、足の上に跨っているイギリスの身体を抱え直して甘い声音で答える。
「…うん、俺たち恋人同士だもんね。イギリスがそんなふうに思っても全然変じゃないし、……えっと…、今俺もお前としたいなー…とか思ったりしてるんだけど…だめ?」
「……………」
触れることに応えるわけでもなく、かといって抵抗らしい抵抗も示さない。
やっぱり今さらそれはちょっと虫が良すぎるかな、と思いつつ指先でイギリスの耳や頬を撫でながら再び問う。
「…イギリスはもう気が変わっちゃった?」
「…か…変わってねえよ………好きにしろ、ばか…」
今まで聞いたことのない、誘うような甘えた声。
そんなかわいい反応にフランスの忍耐力が持つわけもなく、手探りで頬に手を添えると、そっと唇を触れさせそのまま深く重ね合わせた。
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