愛・おぼえていますか/01


ひっそりと静まり返った地下室で、イギリスは門外不出の数多くの蔵書から、いわゆる黒魔術と呼ばれるものが記された本を手に取りニヤリと笑った。
何故そんな怪しげなものを見ているかというと、日頃の苛々を発散するべくあのバカで変態でどうしようもなく癪に障る隣国の男を、得意の魔術と呪いで困らせてやろうと考えたからである。
ちょうど二日後に彼がホストの世界会議が控えていることもあり、そこで他国も巻き込んであの男を盛大に笑いものにすることが今回のイギリスの目的だった。

術書にはさまざまな禁術が記されているが、さすがに今の時代に国として機能しなくなるような危ないものは使えない。
どれがいいかな、といくつかの術書を捲ると、三冊目でさほど仕事に影響がなくなおかつ思い切りからかうことが出来るちょうど良い呪いを見つけた。
これを使った結果を想像するだけで笑いがこみ上げてくる。
こうしてイギリスはうきうきとした気持ちで魔方陣を描き、少しも躊躇うことなく魔術を発動させたのだった。

……それから僅か数時間後のこと。
自室で仕事を片付けていると、ばたばたと騒々しい足音が階段を駆け上がってくるのが聞こえて、 来やがったか、 とイギリスは顔を上げドアに目線を向ける。
この部屋に向かって走ってくる足音は、先ほど呪いをかけたあの男のものに間違いない。
どんなまぬけヅラで現れるのか見物だぜ、と薄く笑みを浮かべた直後、バン、と勢いよく扉が開いた。

「イギリスこれお前の仕業だろ、俺の身体元に戻せ!!!」

開いたドアから姿を見せたフランスは、イギリスのかけた呪いによって身体が縮んでいた。
否、正確に言うと若返っていた、のである。
実は呪いをかけるのはだいぶ久しぶりだったので、失敗しないか少し心配だったのだけれど、今のフランスを見る限りではばっちり効いていて大成功だ。
……が。

「…、………」

一目見るなり嘲笑してやろうと思っていたのに、何百年ぶりかで見た懐かしい彼の姿に咄嗟に言葉が出てこなかった。
それどころか あれ、昔のこいつってこんなに可愛い顔してたっけ、 とか何とか、まるで見当違いなことを考え出す始末だ。

「おい、聞いてんのか?」

若返ったフランスの顔をぼーっと見つめていると、いつの間にか目の前に立っていた彼の少しばかり苛立った声で我に返ったイギリスは、動揺を隠して答える。

「は…、ははっ、ざまあねえな! 俺は知らないからな、日頃の行いが悪いせいだろバカめ!」

「嘘吐け! お前以外に誰がこんなことするんだよ! 早く元に戻せって!」

ばん、と机に手をついてフランスが顔を近付けてきた。
まだ鬱陶しい髭を生やしていない幼さの残る顔。
人間の年齢で言えば十六、七歳くらいの頃だろうか。
フランスはイギリスより少し年上で、当たり前のことだけれどそれが逆転したことはない。
今のイギリスから見ればこの姿のフランスは幼く可愛らしくて、こうして見下ろすのは初めてのことだ。
いつだって自分より大人びていて、いちいち兄貴風を吹かせていた記憶しかなかったから、この頃のこいつってこんなにガキだったんだ、と不思議な気持ちになった。

急いでここまで来たためか柔らかくうねる金糸は少しだけ乱れ、透き通る青玉がこちらを見つめている。
今も昔も変わらない綺麗な青色の瞳に、まだ丸みのある柔らかな頬のラインはまるでビスクドールだ。
イギリスはその青い瞳を見つめ返し、無意識に手を伸ばして彼の緩く波打つ髪を指先で弄ると、何の脈絡もないその行動に驚いたフランスは訝しげに瞳を細めた。

「…なんだよ?」

「っ…別に何でもねえよ!」

はっとして慌てて触れていた髪から手を放し顔を背けると、その先にフランスも移動して正面からじっと見つめてくる。
なんでそんなにこっち見んだよ、その顔で見んなよ落ち着かねえなもう…!
ドキドキと少しずつ心音が早まって、急激に頬が熱くなっていくのを感じる。
イギリスがそんなおかしな反応をしてしまうのは、昔フランスの容姿に少し…、ほんの少しだけ憧れていたことがあったからだ。
特にさらさらと流れる美しい金髪が羨ましくて、彼の真似をして髪を伸ばしてみたこともあるくらいだ。
おかげでこの男は未だにイギリスは自分の見た目が好きだと思っていて、ことあるごとにからかってくる。
確かにフランスの顔が好きというのは間違いではないのだけれど、そんなことを素直に認めたらこの図々しい男がどこまで調子に乗るかわからないので、全部髭のせいにして誤魔化しているのだった。

「…イギリス顔赤いぜ? どーしたよ、若くて綺麗なお兄さんに見とれたか?」

「ち、ちげーよばかっ! 自分で言うな! ってかお前今俺より年下だろうが、お兄さんとか言ってんじゃねえよ!」

「あぁそっか。じゃあイギリスのことお兄ちゃんって呼ぼっかなー?」

「気色悪いこと言ってんじゃねえ!!!」

イギリスにすぐに元に戻す気がないらしいと悟ると、フランスはニヨニヨ笑っていつも通りの軽口で応酬する。
バカだから単に何も考えていないだけかもしれないが、身体に異変が起きているのに何という順応の早さだろう。
異変と言っても、日本のマンガで見た10年バズーカなんて代物とは違い、目の前のフランスは過去のフランスと入れ替わったわけではない。
身体が若返っただけで記憶も知識もきちんと残っているからこそ、こうしていつも通りに平気でいられるのだろう。
もっと慌てふためく姿が見られると思ったのにこれでは拍子抜けだ。
それどころか、呪いをかけた張本人である自分の方がこうも動揺しているなんて、馬鹿みたいではないか。

「…なあ明後日の世界会議までには戻してくれるんだよな?」

誰が戻してやるものか。
その会議の場で笑いものにしてやろうと思ってわざわざ呪いをかけたのだ。
せいぜいみんなの前で恥を掻けばいい。
しかしいきなりこんなわけのわからない呪いをかけられて、戻す気もないと言われればいくらフランスでも怒るかもしれない。
今怒らせると面倒だし、戻す気もまったくなかったので適当なことを答えておいた。

「まぁお前の心がけ次第だな。俺に二度とセクハラしないって誓うなら戻してやってもいいぞ」

「えーなんだよセクハラってそんなのしたことねえだろ、しゃぶるのも入れるのも全部合意の上じゃん」

「うおおおおおおおおおおおおいお前は何を言っている?! ていうかその顔でそんな下品なこと言うなばか!」

フランスにとっては普段通りの何でもない科白だったのだろうが、イギリスにはそうではない。
昔の可愛い顔でおっさんみたいな下品な言葉を吐くギャップに耐えられない。
するとフランスは今のイギリスの反応が面白かったのだろう、ニヤリと笑ってさらに続ける。

「何今さら恥ずかしがってんだよ、全部ほんとのことじゃねえか。俺の×××がお前の×××に奥まで入って、中の×××を××って××××るとすげえ反応するよな」

「×多すぎだろお前の発言!! つーかそういうこと言うなっつってんだろばかぁ!」

見た目はどう見ても高校生くらいのガキなので、子供にそんな恥ずかしいことを言われていることに酷く羞恥を感じた。
このままだといらない墓穴を掘るのが目に見えていたので、もう帰れ、と無理矢理フランスの身体を部屋の外に押し出して鍵を掛けると、はぁ、と大きな溜息が零れる。
おかしい、こんなはずじゃなかったのに。
異常に早まった心音に、イギリスは選んだ術が良くなかったかと後悔する。
まさか今になって昔の姿のフランスにこうもどきどきさせられるとは思わなかった。
その後は仕事にも集中出来ないまま陽が暮れてしまい、気分転換もかねて夕食の準備をしようと自室を出て階下へ降りた。

「あ、仕事終わったのか? 晩飯作っといたけど食うだろ?」

とっくに帰ったものと思っていたフランスは、リビングのソファで自宅のごとくくつろいでいて、階段を降りてくるイギリスの姿を見つけるなりひらひらと手を振った。
会議を直前に控えて、しかも仕事を投げ出してここまで来たのだろうから、いつまでもこんなところで油を売っている暇などないはずなのに、何をやっているのかと呆れた。
…といってもフランスがここで油を売る羽目になったのは、他でもないイギリスのせいなのだが。

「……まだいたのかお前。さっさと帰れよ」

「もうすぐ会議もあるってのにこのままで帰れるわけねーだろ。大体上司になんて説明すりゃいいんだよ。なぁ頼むから元に戻してくんない? 忙しい中ここまで来たんだからさ」

「俺は知らねえって言ってんだろ」

「知らないわけねーだろ! さっきセクハラしないなら戻してやるって言ってたじゃねえか! もう絶対しないから戻して下さいオネガイシマス」

「そんな棒読みで言われても信用出来ねーなぁ……。てめえさっき合意の上とかぬかしてやがったが、それももうすんなよ」

「ええ〜?! もーほんとバカだなお前、合意かどうかはこの際置いといてもさ、お互い好きだからしてるんであって、あれはセクハラじゃねえの。俺とお前がしてんのはSexじゃなくMake Loveだろ?」

わざわざ英語で言ってやってんだから違いくらいわかるだろ、と平然とそう続けたフランスの蕩けるような甘い微笑みに、イギリスの頬に一瞬で朱が散った。
ガキのくせに何言ってやがる死ね今すぐ死ねむしろ殺す、と言いかけて、ガキなのは外見だけで中身はいつものフランスだったと思い出し口を噤んだ。
それにしても若いフランスの姿で、そういう性的な関係を匂わせる科白を聞くのは違和感がある。
彼がこの外見の年齢の頃にはちょうど戦争の真っ只中で、戦場以外で会うことなんてほとんどなかったし、今は当たり前のように顔を合わせるたびに言われている好きだという言葉も、あの頃は一度だって囁かれたことはない。
何度も争いを繰り返す敵として憎みこそすれ、好きになんかなるわけがないのだから当然だ。

それでもイギリスはその頃から……否、もっとずっと前から彼のことを好きだったけれど、少なくともフランスがこの年齢の頃は自分に対して絶対にそんなことは言わなかったから、違和感以上に何とも落ち着かない気分になる。
若いフランスに好きだと言われたことで、彼もこれくらい昔から自分のことを好きだったと錯覚してしまい、目の前のフランスが当時の彼ではないとわかっていても、嬉しいと感じているのだ。
……ああ、ばかなことを考えている。
恥じるようにイギリスが目を伏せると、フランスはニヨニヨ笑って顔を近付けてきた。
このむかつく笑い方は昔と変わっていないらしい。

「な、セクハラじゃないだろ? わかったら早く元に戻せ」

「…なに都合のいいこと言ってんだよ、そもそも俺はてめえなんか好きじゃねえ! さっさと帰らねえと殺すぞ!!!」

「え、なにそれ殺害予告?! ってか好きじゃねえってなんだよー、お兄さんはこんなにイギリスのこと好きなのになぁ」

きらきらと青玉の瞳を輝かせ、フランスはイギリスの手を取り指先にキスをした。
触れられた指先がじわ、と熱を持ち、背筋がぞくりと震えてしまう。
フランスにしてみればいつも通りの言動なのは頭では理解しているのだけれど、彼の一挙一動にぎゅうっと胸が締め付けられてたまらない気持ちになる。

(その顔で好きだとか言うな、今のお前にそんなふうに言われたら、……俺は…)

イギリスの心情も知らず、振り払われなかったのをいいことに、フランスは口付けた指先に軽く歯を立て爪を舐める。
その感触に変な声が出そうになるのをすんでのところで堪え、イギリスは舐められた手を引いて怒鳴りつけた。

「っ…言ってるそばからセクハラしてんじゃねーよ、帰れ!!」

イギリスは勢いよく席を立つとフランスの腕をぐいぐいと引っ張って、無理矢理玄関の外に追い出した。
ばたん、と扉を閉めるとすぐさま鍵を掛ける。

「ちょ、おま…マジで戻してくんないの?! 明後日世界会議だってわかってるよな?! こんな姿じゃ集まった奴らに何言われるかわかったもんじゃ…、おい聞いてんのか?!」

しばらくドンドンとドアを叩く音と困り果てたフランスの声が聞こえていたが、やがてイギリスがドアを開ける気も元に戻す気もないのだと察したらしく、扉の向こうが静かになった。
フランスがここに来てからもう半日が経っていたし、さすがにこれ以上会議の準備を放っておくわけにもいかなかったのだろう。
ほ、と短く安堵の溜息を吐いてキッチンに入ると、ラップがかけられた料理がテーブルに並んでいた。
早く元に戻してもらいたいがために食事を用意したのだろうけれど、イギリスには戻してやる気などなかったのでまったく無意味なことだ。
そうはいっても戻さなかったからといって食べてはいけないわけではないし、せっかく作ってくれたのだから食べないのももったいないので、ありがたくいただくことにした。
冷えたスープを温めて彼の作った夕食を食べながら、フランスがあの姿で料理をするところもちょっと見てみたかったな、とぼんやり考えた直後、何を考えているのかとイギリスはまた顔を赤くした。





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