愛・おぼえていますか/02
結局世界会議の当日まで、フランスは顔も見せなかったし連絡すら寄こさなかった。
イギリスは当然彼の姿を元に戻していなかったし、会議の準備などで忙しくしていて連絡をする余裕もなかったため、今日は二日ぶりにフランスと会うことになる。
外見が若くなっただけで中身はいつもと変わらない変態野郎だというのに、これから彼と顔を合わせることに妙に胸が疼いて、落ち着かない気分になっている自分に少し呆れてしまう。
仕事だというのに、まるでデートにでも出掛ける心境なのが酷く恥ずかしく思えた。
いつものように一番乗りに会議室についたイギリスは、中にまだフランスの姿がないことに拍子抜けした。
ホストのくせに真っ先に来ないなんて何やってんだ、とうろうろと室内を歩き回ったり自分の席に座ったり立ったり、端から見ると不審者丸出しの行動を繰り返していると、やがてドイツやイタリア、日本などの参加国が揃って会議室へ入ってくる。
久しぶりに会う顔も多く、彼らに挨拶を交わしながらイギリスも席に着いた。
フランス以外の国はすでにすべて集まったというのに、未だ彼は会議室に現れない。
もしかして呪いをかけられたあの姿で、みんなの前に出るのを躊躇っているのだろうかと気になったが、フランスはそんな繊細な性格でもないし単に遅れているだけだ、そうに違いねえ、と椅子に座ったままじっと待つ。
会議が始まる時間までもうまもなく、という頃になってようやく彼は姿を見せた。
「いやー遅くなってごめ…」
フランスが会議室に入って来た途端、 ざわ… ざわ… とどよめき、イギリス以外の全員が一斉に席を立って彼の周囲に集まった。
「え、お前フランス…か?」
「うわーフランス兄ちゃん?! 何か若いよー!! どうしたの?!」
「整形でもしたのかい?」
「違いますよ、身長とかも少し低くなっていますし。フランスさん、どうなさったんですか?」
フランスの周りにはあっという間に人だかりが出来、次々飛んでくる質問に彼は苦笑して答えた。
「うーん、俺もよくわかんないんだよ。どっかの魔女の呪い? 的な感じかなーって」
そう言ってフランスがちらりとイギリスを見た気がした。
これはイギリスの仕業だとすぐにでも暴露するかと思ったのに、何故か彼はそれを伏せた。
どういうつもりだこいつ、とフランスの方に顔を向けるが、みんなに囲まれていて彼の表情は見えなくなっていた。
「若返る呪いなんてあるのかい? それはラッキーじゃないか、君って中国や日本より若いのに老けてるし」
「老けてねえよ!! なんでお前そういうことはっきり言うかな…」
「まぁ…、若返ったのなら良かったのではないか? 確かに少し老けていたからな…」
「うるせえよドイツ! なんだよお前ら俺のことそんなふうに見てたのかよ!」
「でも若い兄ちゃんかわいいよ〜、あっ身長俺より低いんだねー」
イタリアがにこにこ笑ってフランスの隣に並ぶと、日本が携帯を取り出し写真を撮り始めた。
すると 俺も写りたいんだぞ! とアメリカがイタリアとフランスの間に割り込み、一緒に写真に写っている。
そのあとはアメリカに続いて写真に入る者、日本と並んで撮影する者と大騒ぎだ。
みんな実に楽しそうである。
こんなに楽しそうに和気藹々と盛り上がるところが見たかったわけではないのに、これでは呪いをかけたのは大失敗もいいところではないか。
けれどよく考えたら今のフランスは見た目だけなら、この中で一番若いアメリカよりさらに若い。
みんなが物珍しそうに構いたくなる気持ちもわからないではない。
しかもイタリアがさらっとフランスをかわいいなどと言い出したことにも驚いた。
そんなふうに思うのは、昔彼の容姿に憧れを抱いていた自分くらいのものだろうと思っていたのに。
「おーいイギリス、君も見てみろよ。もうフランスのことおっさんて呼べないぞ」
「…………」
一人だけ外れたところにいたイギリスに気付いたアメリカは、そのイギリスこそがこの珍事の元凶と知らず、手を振って呼んだ。
イギリスが思っていたのとは違う方向で盛り上がっているので、 俺の力でこうなったんだぜ!! とは言いづらく、仕方なく何も知らないふうを装ってフランスを囲っていた国々の輪の中に入っていくと、ニヤリと笑った彼と目が合う。
改めてフランスを見ると、身長も少し縮んだせいで持っている服はサイズが合わなかったのか、今彼が着ている服のデザインはどう見ても何百年か前のものだった。
昔着ていた服を引っ張り出したのだろう、襟にリボンのついた真っ白なコートは何とも可愛らしくて、古臭さは感じなかった。
…かわいいな、あとで日本にさっきの写真のデータをもらおうかな、と素で考えてしまったことに頬が熱くなり、それを誤魔化すようにイギリスはあえて声を荒げて言った。
「そ、そんな変態が若返ろうがなんだろうが、どうだっていいだろ! それより今日は会議で集まったんだから、全員席着け!」
群がっていた国々を散らせると、 何一人で怒ってるんだよ、KYだなぁ とアメリカは拗ねたように唇を尖らせ、他の国々も渋々着席した。
他の誰に言われても、お前にだけはKYとか言われたくねえよ……とは思ったが、みんなが盛り上がっているところにとてもノリが悪く、空気が読めない態度だったのは事実である。
どうしてこうなるのだ、本当ならみんなと一緒にからかって馬鹿にしてやるつもりだったのに。
何もかもが思惑通りにいかないことに密かに溜息を吐いてイギリスが席に着くと、ようやく写真撮影から解放されたフランスも隣に座る。
「あーもう……いきなり疲れた。お前がわけわかんねえことするからだぞ」
小声でそう言ったフランスを無視して、イギリスは書類に目線を向けていた。
服装まで昔のままだなんて、今のフランスを見ていると当時の自分が抱いていた彼への憧憬や、青い恋情までもが嫌でも思い出されてしまう。
恋人らしい親密な付き合いが始まったのは最近のことだが、フランスに対する恋情や親愛は何百年も前からイギリスの胸に巣くっていた。
初めて出会ってから、小さな子供だった頃も、数え切れないほど戦いを繰り返したときも、そして今もだ。
別に当時彼と戦ったことを後悔してはいないし、必要なことだったと思っている。
それはきっとフランスも同じだろう。
でもイギリスは本当はずっとずっと前からフランスを好きだと伝えたかった。
特に長い期間戦いが続いた時期は顔を見ることも声を聞くことも叶わず、それを寂しいと感じている自分に気付いたことで、好きという本心を言えたらどんなにいいだろうと思ったのも一度や二度ではない。
彼は戦争中でもお構いなしに、ふらりと現れてはイギリスをからかって帰って行ったから、言う機会はないわけではなかった。
しかし戦いの最中にそれを伝えることに何の意味があるだろう。
フランスを好きだと思う気持ちと、国として彼と戦うことはまったく別ものだということはイギリス自身が一番よくわかっていたし、混沌とした時代に告白したところで二人の関係が変わるわけがない。
それを考えると自分の気持ちを言えないまま何百年も経ってしまって、いつかこっちから言うつもりだったのに、結局フランスの方から好きだと告げられ今に至る。
もちろんそれはそれで嬉しかったけれど、 なにサラッと好きとか言ってんだよ、お前が俺を好きになるよりもっと昔から好きで、でもずっと言えなくていろいろ悩んでたっつーのに… と少しだけ複雑な思いを抱いたものだ。
先に言った方が勝ち、だとかそんなことまで勝負みたいに張り合う気はないが、負けず嫌いな性分だからか、絶対に自分の方が先に彼を好きになったに違いないのだから、やっぱりあのとき先に言えば良かった、と埒もないことを考えては時折無意味な後悔の念に駆られている。
フランスがこの年齢の時代に、素直に自分の気持ちを言えていたら、今さらこんなふうに苦い思いをすることもなかったのかもしれない。
はぁ、と無意識に大きな溜息が漏れ、ちら、と窺うように目線だけ彼に向けると、タイミングの悪いことに目が合った。
にこ、と微笑ったフランスに、この頃はこいつがこんなふうに柔らかく笑うとこなんて見たことなかったな、と見慣れない表情に何とも切ないような気持ちになる。
フランスがいつから自分を好きでいてくれたのかは知らないが、少なくとも当時の彼にそんな感情はなかっただろう。
ぎゅうっと胸が締め付けられるのは苦しいばかりで、いつまでもこんなもやもやした感情を抱えていたくなかった。
会議の場でフランスを笑い者にする計画も盛大に失敗してしまったし、彼をこの姿のままにしておく理由もない。
この会議が終わって自宅に帰ったら、すぐにでもフランスの呪いを解くことにした。
この日の会議は結局と言おうか案の定と言おうか、フランスの若返った話に終始脱線してしまい、一つの案件もまとまらないまま解散することになった。
会議が終わっても彼の周囲は人だかりでとても賑やかで、とても割って入っていける雰囲気ではない。
呪いを解くのに本人を連れて行かないことには意味がない。
仕方なくフランスを取り囲んでいる人の輪に近づいた。
「フランス見てると時の流れって残酷やと実感すんなぁ。これを機に変態は卒業したらええんちゃう?」
「そうですよね…、せっかくこんなに可愛らしいのに、中身が変質者なのは残念すぎますし…」
「何言ってるんだい君たち! フランスから変態を取ったら何も残らないんだぞ? なあフランス!」
「ていうかなんでお前らさも当然のように俺を変質者扱いしてんの?!」
純然たる変質者だからそう言われるのも当たり前だ。
イギリスが心の中でそう突っ込むと、イタリアがとことことフランスの前に立つ。
「ねえフランス兄ちゃん、これあげるー」
そう言ってポケットから取り出したのは、真っ赤なリボン。
イタリアはフランスの柔らかな金髪を後ろで緩く束ねて、そのリボンで結んだ。
鮮やかな赤色のリボンはフランスの金髪と白いコートに良く映えた。
「ほらドイツ見て見てー、やっぱり似合うよー! えへへ、フランス兄ちゃんかわいいな〜」
おそらく、イタリアに他意はない。
純粋に似合うだろうと思っての行動で、かわいいという科白もきっと素直な本心だ。
イタリアは裏表がない素直な性格をしているから、彼の言動に周りのみんなも微笑ましいなー、的な顔をしている。
けれどイギリスだけは内心穏やかではなかった。
なんでみんなこんなにフランスを構いたがるんだよ、ちょっと見た目が若くなっただけじゃねえか、ばかじゃねえの! と心の中で悪態を吐くが、他の誰よりも彼を気にしているのはイギリス自身だ。
自覚があるだけに口には出せなかったが、つまらない嫉妬心を抱いている自分自身に少しだけ自己嫌悪したイギリスは、人の輪を外れて会議室のドアへ足を向けた。
フランスには後で家に来るように連絡すれば済むことだ、と一人会議室を出ようとドアに手をかけた途端、背後から肩を掴まれ、思わずびくんと身を震わせる。
「待てよ、イギリス。一緒に帰ろーぜ」
肩を掴んだのはフランスだった。
にこりと微笑んだ彼の表情は、見慣れた憎たらしくやらしいものと違って、見とれるほどに甘く優しい。
仕方ねえな、どうしてもって言うなら一緒に帰ってやらないこともねえけど、なんていつもの科白を吐くことも忘れて、イギリスは素直に頷いていた。
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