愛・おぼえていますか/04
熱くなった頬を隠すように俯くと、フランスの指先に顎を捉えられ、彼の方に顔を向けさせられた。
交わる視線の先にある深い青色の双眸は、水面を反射する光のように煌めいている。
きれいないろだな、と見つめ返すと、その瞳がゆっくりと眼前まで近づいて、再び唇を塞がれた。
今度は先ほどの触れるだけのキスとは違い、柔らかな感触を堪能するように深く重ねられ、その触れ合う体温に頭も身体も蕩けそうに痺れておかしくなってしまいそうだ、とイギリスはぼんやりと思う。
頬も唇もフランスが触れているすべての皮膚が酷く熱くて、心音もどくどくとありえない早さで脈打ち始める。
「ぅ、…ん、んっ…」
僅かに開いた唇から舌をねじ込まれ、口内の粘膜を擽られると喉の奥から甘ったるくくぐもった声が漏れた。
いつもならこんなキスをされたらフランスの背に腕を回し、その先の行為まで期待するようにそのままソファに倒れ込んでしまうのに、さすがに自分より細い彼の身体に縋り付くことはあまりに情けないように思えて、代わりにソファに付いていた手のひらをぎゅ、ときつく握り締める。
触れるだけでは済まない口付けに腹の中がかぁっと熱くなり、じわじわと体内に燻り始めた快感を何とか堪えようとするが、舌と舌を擦り合わされ唇を柔らかく食む感覚に、あっというまに身体の芯に火がついた。
飲み込みきれなかった唾液が端から伝い零れ落ち、イギリスが苦しげにひくりと喉を震わせたことに気付いたフランスは、一度唇を離して顔を上げた。
「ああ、やっぱりキスじゃ戻らないんだな」
普段と変わらない口調でおかしそうに笑った彼の瞳は、やけに艶のある色を滲ませてイギリスを見つめている。
青い瞳を見返すようにフランスを見上げると、彼も僅かだが呼吸が乱れ、目元もうっすらと赤い。
イギリスは視界に映る幼い顔つきをしたフランスの熱を帯びた表情を見ただけで、目の奥がじん、と熱くなり、痛いくらいに胸が締め付けられた。
彼がキスだけでこんなふうに頬を上気させたり、劣情にその顔を歪ませることなんてないのに、身体が若返ったせいで抑えが効かないのだろうか、言葉にするまでもなくイギリスとしたいと思っているのが丸わかりなのだ。
初めて見る、見た目の通りの若く青い反応に、思い切り抱き締めてキスをしたいようなたまらない気持ちになり、そのおよそ彼らしくない余裕のなさがどうしようもなく可愛く思えて仕方がない。
(……これじゃまるっきりガキじゃねえか……それもさかりのついためちゃくちゃ質の悪いやつだ)
そんなことを考えながら、イギリスは昂ぶる熱と気を落ち着けようと長くゆっくりと息を吐いた。
フランスのこんな顔は知らない。
当たり前だが当時だって見たことはなかったし、今回のように呪いで彼を陥れてやろうなんて思わなければ、もう二度と見られないもののはずだった。
それが今目の前にあると思うと異常なほど胸の鼓動は大きくなり、思考も撹拌されたようにまとまらず、冷静でいられなくなる。
今にして思えば、彼を好きだという気持ちすら伝えられなかったあの頃が一番苦しかったのだ。
昔から引きずっている感情だけれど、何百年経っても未だに整理がついていないことに自分でも呆れてしまう。
今のフランスを見ているとどんな顔をしてどう振る舞えばいいのかわからなくて、見つめられている居心地の悪さに視線を外し瞼を伏せると、彼はイギリスの髪を撫で耳元に唇を寄せた。
「ねえ、イギリス……今日元に戻せないんなら、それはもうあとでいいからさ、代わりに今からベッドでいいことしようぜ? この歳のときにお前としたことなかったし、いつもと違って興奮しちゃうかもよ?」
まるで少女のように可憐な、と言っても過言ではない可愛らしい笑みを浮かべ、甘く誘うような声音で囁かれるとぞくりと背筋に震えが走る。
この姿のフランスがどんな顔をして自分を抱くのか知りたい、そう思うとドキドキと期待に胸が震えて、下肢がじわりと熱を帯びていくのを感じた。
芽生えた欲求に戸惑い慌てて傾いた身を起こすが、耳元に近付けられた唇が耳たぶに触れ、軽く歯を立てられた瞬間、びくんと肩が揺れる。
それと同時に あっ、 と自分でも驚くくらい高い声が上がり、咄嗟に手で口を押さえるがすぐにフランスにその手を外されてしまう。
「な…いっぱいきもちいいことしてやるから、……いいだろ?」
「ふ、フランス、…」
いつもより大人しいイギリスの反応を悪くないと思っているのか、くすくすと小さく笑う声がして目線を上げると、酷く熱の籠もった瞳で見つめているフランスと目が合う。
欲望を隠しきれていない幼いフランスの見慣れない表情に身体の熱はますます煽られ、小さく名を呼んだだけで抵抗らしい抵抗も出来ずにいると、それを了承と取ったのか彼は舌先で唇を舐めてそっと重ね合わせた。
これで何度目のキスになるのか、身体は勝手に快感の記憶を呼び起こし、ざわざと肌が粟立ち甘い疼きを伴う感覚が全身に広がっていくが、今日はいつものように流されるわけにはいかない。
触れ合わされた唇から顔を背けて身を捩り、彼の薄い胸に手を当ててのし掛かる身体を力任せに押しのけた。
フランスが僅かに身を引いた隙に上体を起こしたが、慌てるあまりにイギリスの身体はソファから転がり落ちてしまう。
大丈夫か、と伸ばされた手を払って立ち上がると、イギリスは彼をリビングに置き去りにして逃げるように階段を駆け上がり、ドアに鍵を掛け自室に閉じこもった。
(もう、反則だろあの顔…!)
ただでさえ可愛い顔が色を帯びて、フランスが自分に欲情していることはあの表情を見れば明らかだ。
今とは違う彼のこんないやらしい顔を、当時見ることが叶わなかったなんて、もったいないにもほどがあるだろ、とイギリスはドキドキとうるさく脈打つ胸の辺りのシャツをくしゃりと握り締めた。
フランスと付き合い始めてから肌を重ねることは数え切れないほどあったし、彼とするのは嫌いじゃない、むしろ好きだ。
今だって本当はフランスときもちいいことをしたいと思っている。
若い姿のフランスがどんなふうに自分を抱くのか知りたいと思う一方で、今の彼と抱き合ったりしたら自分が保てなくなるようで怖いのだ。
好きだと思う気持ちを必死で抑え込んで、好かれることなんてないと思っていたあの当時のままの姿のフランスと抱き合うなんて、自分がどんな反応をしてしまうのかまるで想像もつかないからだ。
先を越されるようにフランスに好きだと告げられ、恋人としての付き合いが始まってからは、わかりにくい態度ながらもイギリスなりに少しずつ彼への恋情を吐露してきたけれど、長い年月をかけて蓄積した感情の多くは未だ心の奥深くにしまわれている。
昔言いたくても言えなかったことの苦しさは、彼と親密に付き合い始めたことで徐々に薄れてイギリス自身も忘れていたのに、昔のことを思い出さずにはいられないフランスの姿に、眠っていた感情が揺り起こされ口では言い表せない葛藤が燻り出していた。
「おーいイギリスー? イギリスは大人のお兄さんの方が好みかぁ? 美少年の俺には興味ないのかー、残念だなー…」
ドアの前から、すぐにイギリスの後を追ってきたらしいフランスののんきな声が聞こえてきた。
というか誰も興味がないなんて言っていない。
むしろ興味津々すぎて困っているのだ。
幼かったイギリスにとって、自分が知る世界の中心にはいつだってフランスがいて、彼に憧れ、彼の真似事をして、彼とお揃いの髪型や服装も、口では散々文句を言いながらも本心では嫌ではなかった。
それもすべて彼のことを好きだったからだ。
この機を逃せば当時のフランスと抱き合うことなんて、もう二度とない気がする。
それを思うと切ないような苦しさに胸を圧迫される辛さと、今も心に残る葛藤ときちんと向き合わなければ、この先もずっとそれを内にしまったまま長い時を過ごすことになるのだ。
今のフランスとセックスすることは、イギリスにとっては身体だけでなく心を繋げる行為でもあるのだと思えた。
「まぁしたくないなら無理にとは言わないし、それはそれでいいけど、俺今日はお前がなんて言おうと帰んないからなー」
フランスはまだ部屋の前にいる。
しかも今日は帰らない宣言付きだ。
イギリスが否と言えばプライベートでは大抵彼は引いてくれるのだが、こういうときは絶対に引かないし譲らない。
こうやって部屋に籠城していられるのも時間の問題だろう。
「なぁ、聞いてんの、お兄ちゃんってば」
「………そのお兄ちゃんってのやめろ、気色悪い…」
イギリスは大きな溜息を一つ吐いて、ついに腹を括って扉を開けた。
否、腹を括ったと言うより、今の姿のフランスの自分が知らない表情を余さず見たいという誘惑に負けたのと、長年抱え続けた想いを昇華させたいという気持ちが抑えられなかったのだ。
なんで俺だけこんなに胸が苦しかったり、頭ん中ぐちゃぐちゃになるくらいこいつのことばっかり考えたりする羽目になるんだ。
人を呪わば穴二つ。
ドアが開いて互いの姿が見えると同時に、自分を見上げて微笑んだフランスと目が合った瞬間、そんな古めかしい言葉がイギリスの脳裏に浮かんでいた。
「…入れよ」
「いいの?」
によ、と頬を緩めて問い返す彼の腕を掴んで自室に引っ張り込むと、乱暴にドアを閉めた。
「わ、わざわざ来たのに無下に追い返すのも憐れだしな! 呪いが解けないのも、ちょっと悪いと思ってるし、仕方ねえから今日は泊めてやる…」
「…泊めるだけ?」
かつ、とフランスが足を踏み出し、すぐ目の前にぼやけた彼の顔が見えた。
身長差があるため、そっと頬に添えられた手のひらに引き寄せられ、イギリスが少し身を屈めると互いの唇が触れ合った。
舌を吸われて、ますます身体の奥の疼きが耐え難いものになり、自力で立っていられなくなったイギリスは、唇を合わせたままベッドの上に縺れるように倒れ込んだ。
覆い被さるようにベッドに乗ったフランスの背中に両腕を回すと、こういうときはやたら器用な彼の手がイギリスのネクタイを緩め、あっというまに解いていく。
シャツのボタンもすべて外され、前を開かれるとうっすらと汗を滲ませていた肌が晒された。
「…、フランス…」
小さく名を呼ぶ頼りない声音に誘われるように、フランスはもう一度唇を重ねた。
何度も唇と舌を吸われて、ひくり、とイギリスの背が反る。
キスの感触は今とあまり変わらないな、とぼんやり思うが、彼の表情が視界に入ると、それだけでかーっと身体が熱くなった。
フランスはイギリスの首筋に口付けて舌を這わせ、時折軽く吸い付いて小さな赤い痕を残していく。
「やだ、…痕、つけんな…!」
「なんで? 見えないとこにしかつけないよ」
「そ、そういう問題じゃねーだろっ、ばか!」
あちこち吸い付いてくるフランスの頭を引き剥がそうにも、早くもすっかり弛緩したイギリスの身体は自分でも思うように動かせず、腕すらまともに上げられない。
そうしている間もフランスの手のひらはイギリスの胸の上を滑り、しばらく皮膚の感触を楽しむようにゆるゆると撫で回した後、ふいにその指先が小さく膨らんだ突起に触れる。
「…ん、っん…」
そこはすでに硬く尖っていて、人差し指と親指で擦るように摘み上げられると、イギリスの唇から微かな喘ぎとも呻きともつかない吐息が零れた。
フランスの舌と唇が首から鎖骨、胸へと移っていって、順に痕を残すと手で触れていない方の乳首を口に含む。
舌先で転がすように舐めて甘噛みされ、イギリスの身体がひくりと細かく震えた。
指と舌で押し潰すようにくりくりと捏ね回されて、そこばかり執拗に弄られあまりのもどかしさに思わず腰を揺らしてしまう。
下半身に重い熱が溜まって、まだベルトも外されていない下肢が苦しくなり始めていた。
「…ぁ、…、フランスっ…は、早く」
熱くなった下肢を解放して欲しいのと、もっと強い刺激が欲しくて、掠れた声でねだるように彼を呼んだ。
その甘い色を含んだイギリスの呼びかけにフランスは顔を上げたけれど、その表情には意地悪そうな笑みが浮かんでいる。
まだ幼い造形でも、酷く質の悪いことを考えている顔だということはよくわかった。
「……なに?」
イギリスがどうして欲しいのかわかっていて、フランスはわざとそんなふうに聞いてくる。
こんなのはいつものことだけれど、今のフランスが言うと本当に知らずに聞いているのではないかと思えるほど、その表情は意地悪を装っただけの無垢なものに見えた。
中身は変わっていないのだからそんなわけはないとわかっていても、そう考えてしまう自分は相当に重症なのだと思った。
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