2011/07/14/01


2011.07.13 Paris


今年でもう何度目になるのか、俺とフランス国民たちにとって特別な記念日がもう明日、という目前に迫っていた。
明日がなんの日かって……七月十四日、それは俺の誕生日だ。
毎年この日は一人でのんびり過ごしたり、親しい仲間内で集まって祝ってもらったり、フランス国内の各地で行われているイベントに国民のふりをしてこっそり参加したりと、七月十四日の過ごし方はそのときによってまちまちなのだが……そんな誕生日に俺はほんの少し不満を感じている。
不満といっても別に友人たちに祝ってもらうことや、国民たちが行うイベントが不満というわけではもちろんない。
むしろそれは嬉しいしありがたいと思っているので全然問題ない。

俺が不満に思っているのは、毎年その日をスルーしてくれちゃってるつれない恋人に対して、である。
まぁ、もう長いこと付き合ってるから、どうもそういうイベントごとが苦手らしいことは知ってるけどね。
おかげで誕生日に会いにくるどころか、バースデーカードが届けばいい方だ。
ていうか、毎年「おめでとう」の一言すらないのが当たり前なんだよなぁ。
お兄さんも結構長生きしてるからね、子どもみたいに誕生日がどうこうと騒ぐつもりはないんだけど……そういう特別な日くらい、恋人に祝って欲しいと思うのは俺じゃなくても、好きで付き合っている相手がいるなら普通のことだと思うわけで。

……恋人なのにスルーされてるってのは、俺の誕生日を忘れてるからってわけじゃない。
なんせ恋人になる前から……生まれたときからの腐れ縁で付き合い長いからね、いくらなんでも忘れているはずはないのだ。
それにあいつも誕生日を過ぎて、後日会ったときに気まずそうな顔をしてたり、「また一つおっさんになったな」 とか嬉々として失礼なことを言ってくるんだから、忘れているなんてありえない。
七月十四日は俺にとっては特別な意味がある日でも、あいつにとってはなんでもない日だから、普通に仕事が入ってるんだろうけど……そういうときは真っ先に 「仕事だったんだ、しょうがねえだろ」 と先手を打つように言い訳してくる。
その仕事という言い訳すらないときは、意図的に俺の誕生日をスルーしているということだ。

好きで付き合ってるのに愛がないなぁ、と思うけど、俺はそれを責める気にはなれない。
あいつは自分の誕生日がいつなのかよく覚えてないみたいだし、アメリカの誕生日には毎年体調を悪くしている。
最近ようやく吹っ切れてきたようではあるけど、とにかく誕生日というものにそれほど思い入れがないというか、あまりいいものだとは思っていないのか、なんにせよ関心が薄いんだろうな、という印象だ。
……正直に言えば、それを寂しいなって思うことはある。
誕生日くらい祝ってよ、と冗談交じりに伝えたことも何度かあるけど、「気が向いたらな」 と素っ気ない返事が返っただけだった。
強要することでもないしな、と奴の気が向くのを俺はのんびり待っているというわけだ。
今年も、もう誕生日の前日だっていうのにあいつからは連絡の一つもないという有様で、このままでは間違いなく今年もスルーされてしまうんだろう。
……恋人に誕生日を祝って欲しいって、そんなに難しいお願いかなぁ。
あいつと付き合ってるとなんだか俺が当たり前だと思ってたことが全部崩れていくような、そんな気がする。
それがいいことなのか悪いことなのかよくわからないけど、俺が毎年誕生日にちょっと切ない気分になっているのは事実だ。

そんなわけだから、誕生日当日にサプライズで会いに来るとかそういう可能性もゼロに近い。
さらにこの時間まで奴からなんの連絡もないということは、アポを取っての訪問はもっと可能性がないということだ。
これまではあいつの性格を考えて、まぁ仕方ない、気が向くのを待つかと思ってたけど、さすがにそろそろお兄さんも寂しさの限界だよ。
こんなんじゃ今年は「仕方ない」と割り切れそうにない。
この際自分から連絡をしようと決めて、ソファに横になっていた俺はがばっと勢いよく上体を起こし、テーブルの上に置いていた携帯を手に取った。

仮にも恋人相手に、自分から誕生日を祝って欲しいとお願いするなんて、親密に付き合っている間柄だけにちょっと情けないとは思うけど、こっちから言わなきゃ来てくれないんだからしょうがない。
なにしろ付き合い始めて百年、この調子なのだ。
誕生日に会いに来て欲しいなんてこっちからは連絡しないもん、って変なプライドが邪魔してなかなか言えなかったけど、もう折れてもいいかなって思うくらいには十分すぎるほどの意地を張ったと思うしね。
そう開き直ると俺の行動は早かった。
早速誕生日も祝ってくれないつれない恋人……イギリスに電話を掛けると、コール音はすぐに途切れて 『何の用だ』 とあいさつもなしに、聞き慣れた不機嫌な声が耳元に響く。
こんなふうに無愛想なのはいつものことなので構わず話を始めた。

「よう、今ちょっといい?」

『なんだよ、手短に済ませろよ』

面倒くさそうな声音が返り、相変わらずの素っ気ない反応に思わず溜息が漏れる。
明日が俺の誕生日だって気付いてないのかな。
いや、気付いててもこの態度なんだろうな。
お兄さんわかってたよ!

「なに、今忙しいの?」

『……そういうわけじゃねえけど……さっさと用件を言え』

「そう? じゃあ単刀直入に。明日、なんの日か覚えてる?」

『ああ、お前の誕生日だな。それがどうした』

ストレートに問うと、思いがけず待っていた答えが返ったので拍子抜けした。
俺としても今は遠回しな会話で駆け引きを楽しむ余裕はないので、こんなふうにすんなり話が通ることはありがたい。

「なんだ、わかってんなら話は早いな。ってか、それがどうしたってことはねえだろー。明日、会いに来てくれねえの?」

『なんでわざわざ俺が……』

すごく面倒くさそうな声だ。
あからさまな反応にちょっと気分が落ちたけど、そう簡単に引く気はない。

「なんでってなんだよ、お前は恋人の誕生日を祝おうって気はないわけ?」

『お前、……今年でいくつになったと思ってんだ? 誕生日なんて、ガキじゃあるまいし……』

呆れたように大きな溜息を吐くのが聞こえた。
確かにイギリスの言うとおりではあるんだけど、そういうことを恋人に言うかな。
まったくかわいげのない態度だ。
いつものことだから別にいいけどね。

「いくつになっても嬉しいもんなの! なぁ、明日うちに来いよ。どうせ暇なんだろ?」

『勝手に決めるな!』

「……だめ? 仕事が忙しいの?」

『そういうわけじゃ、……ねえけど』

仕事があるなら潔く諦めようと思ったが、この様子ではそれほど忙しいわけではないらしい。
それなら多少強引でも約束を取り付けるべきだろうな。

「じゃあ待ってる。絶対来いよ、待ってるからな」

『そんなの、…』

一方的に言って、俺はイギリスの返事を待たずに電話を切った。
絶対来いと言ってみたものの、なんだか歯切れの悪い反応だったな……あいつ明日来るかなぁ……。
なんとも不安だ。
でも誕生日を祝って欲しいって思うのは、そんなにわがままなことだろうか。
あいつには誕生日がないから俺からは祝いようもないので、代わりにクリスマスとかそういうときに誕生日の分もいろいろ頑張ってるつもりなんだけど、……もしかしたら伝わってないのかもしれないな。

とにかく電話を切ってしまった以上、今さらあれこれ考えてもしょうがない。
明日イギリスが来ることを信じて、美味しい料理でも作って待つことにするか。
なにを作ろうかとレシピをめくりながら、自分の誕生日だっていうのに気が付けばイギリスの好物ばかり作ることを考えている。
なんていうか……俺って愛に生きてるって感じするよね。
ついでだからバースデーケーキも自分で作ってしまおう。
料理の下ごしらえを済ませ、ケーキの上に乗せるチョコレートのプレートに自分で自分の名前を書くのはさすがにちょっとむなしかったけど、こういうのがないとバースデーケーキって感じしないしな。

イギリスを迎える準備を整えるとまだいつもよりだいぶ時間が早かったが、明日に備え早々にシャワーを浴びてベッドにもぐり込んだ。
……考えてみれば、イギリスと誕生日を過ごすのは何年ぶりだろう。
年単位で久しぶりだなんて、とても付き合っているとは思えない事実が頭に浮かんで小さく溜息を吐くが、明日はきっと一緒に過ごせるはずだ。
あいつの口から「行く」という言葉を引き出してはいないけど、来てくれると信じるしかない。
俺は不安と期待が混ざり合った複雑な気持ちを抱いたまま、明日が来るのを楽しみに思いながら目を閉じた。





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