2011/07/14/02
2011.07.13 London
フランスは言いたいことだけ言って、俺の返事も聞かずに電話を切った。
昔から知ってたけど相変わらず勝手な男だ。
明日があいつの……フランスの誕生日だということはもちろん知っているが、こんなふうに連絡が来るなんて少し意外だった。
毎年この日はなんとなく適当にはぐらかして、お祝いらしいことはなにもしていない。
フランスがそのことを不満に思っているであろうこともわかっている。
それでも俺は 「おめでとう」 のひとことすら、恋人として付き合い始めてからもろくに言ってやっていないのだった。
それは別に意地悪のつもりじゃない。
ただ、……なんというか……今さらそういうのは、なんだかむず痒くてしょうがないのだ。
俺とフランスが、そういういかにも普通の恋人みたいなことをするとか…………ないだろ! って思っちまうんだよな。
それに誕生日を祝うなら手ぶらってわけにもいかねえし。
プレゼントを贈りたくてもフランスの好みなんて俺にはよくわかんねえし、せっかくプレゼントしても 「相変わらずセンスねーな」 とばかにされるのはむかつくし…………ばかにされればちょっとは悲しい。
国として贈るならともかく、個人的なプレゼントとなると難しい。
それなら最初から誕生日なんか無視しちまった方が気楽だ。
俺だって誕生日を祝ってもらってねーんだしお互い様だ、とそう思って今までやり過ごしてきたが、直接呼び出されてはスルーするわけにはいかないだろう。
フランスから連絡がなければ、今年も祝う予定はなかったからプレゼントも当然用意していないのだが、直接の誘いを無視することはしたくない。
奴の誕生日を祝いたくないとかではなく、単純にプレゼントを考えるのが面倒なだけで、フランスに会うこと自体は……別に、いやじゃないからな。
とはいえ誕生日に訪ねて行くならプレゼントは必要だ。
まだ時間もあるし今から買いに行くことはできるが、あまりに急すぎて何を買えばいいのか考える余裕もなく、俺はソファに座ったまま頭を抱えた。
こういうとき、相手と趣味が合わないってのはやっかいだ。
誰かフランスの好みをよく知っていそうな奴はいないだろうか。
そんなふうに考えて、そのときふと頭に浮かんだのは日本の顔だった。
フランスと日本はマンガだかアニメだかそういう系の趣味が合うらしく、フランスは日本のマンガをいろいろ買ってるし(あいつの部屋にあったのを何度か見たことがあるが、内容はどれもよくわからん恋愛ものばかりだった)、日本に聞けばあいつの好きなものや今欲しいものがわかるかもしれない。
自分で選ぶよりも確実だし、我ながらいい案を思いついた。
早速日本に電話を掛けてみると、コール音がしばらく鳴っても出る気配はない。
なんてことだ、こんなときに限って繋がらないのかよ!
あきらめきれずにじりじりした気持ちで電話が繋がるのを待っていると、何十回目かのコール音の直後に酷く眠そうな声でようやく 「はい…」 と返事があった。
その眠そうにぼやけた声を聞いて、日本との時差を思い出した俺はしまった、と額から一気に冷や汗が噴き出す。
慌てて腕時計に目線を落とすと、ロンドンは夕方六時を過ぎたばかりだ。
ということは……今日本は深夜……だよな。
俺としたことが自分の都合で頭がいっぱいで、とんでもなく迷惑な時間に連絡をしてしまったらしい。
掛け直そうか迷ったが、しつこくコールを鳴らして無理矢理起こしてしまったのだから、用件も言わずに切るというわけにはいかないだろう。
考えなしに変な時間に電話を掛けたことを申し訳なく思いながら、おそるおそる話を切り出した。
「ああ、日本か? 俺、……イギリスだが……悪いな、寝てたとこ…」
『いえ……なにか緊急事態でも…?』
日本の声に緊張の色が滲む。
それはそうだ。
こんな深夜に電話が掛かってくれば、誰だって何かあったと思うに決まっている。
……申し訳ないにもほどがある。
くだらない用件だけに余計言い出しにくくなったが、さっさと話を済ませて日本を寝かせてやった方がいい。
「いやっ…その、……大した話じゃないんだが、……明日のことで、ちょっと相談に乗ってもらえないかと思って」
『明日のこと……ですか? すみません、明日って……何かありました?』
フランスの誕生日なんて、ヨーロッパとは遠い日本にとってはあまり馴染みのないものだろう。
まったく説明が足りてなかったし、まさかフランスの誕生日プレゼントを考えて欲しいなんてくだらない用件で、真夜中に電話が来るとは思ってもみないよな……。
「ああ……明日はあのばかの……フランスの、誕生日で……プレゼントをどうしようかちょっと困っててな……」
『………………』
電話の向こうでものすごい大きな溜息が聞こえた気がした。
いや……あくびだよな?
そうだよな?
そう思いたいが耳に当てた受話器からなんの音も聞こえなくなり、俺は日本を怒らせてしまったんじゃないかと不安になって声をかけた。
「に……日本?」
『……そうですか。そういえばそうでしたね。でもなぜ私に相談を? フランスさんのことは私なんかよりイギリスさんの方が詳しいのでは……』
返った日本の声がいつもどおりに柔らかな口調だったことにほっと胸を撫で下ろし、聞きたかったことの本題に入ることにした。
「ああ……自分でもいろいろ考えてみたんだが、これといっていいものが思いつかなくて困ってるんだ。日本とあいつ、マンガとかそういう、共通の趣味があるだろ? そっち方面で欲しがってたものとか何かないかと思ってな……俺はそういうの詳しくねえから、教えてもらえると助かるんだが…」
『なるほど。確かにフランスさんの二次元のご趣味はよく存じておりますよ。……でも…』
頼もしい返事に期待が膨らむが、日本が意味深に言葉を切ったので続きを促すように問い返す。
「でも?」
『実はフランスさんのお好きなマンガの新刊が先日発売されたばかりなんですが、今からこちらからお送りしても明日までは間に合わないですし……それでもよろしければお送りしますが…』
「そうか……明日に間に合わないんじゃ意味がないな……。他になにかないか?」
ありがたい申し出だが、プレゼントはどうしても明日必要なのだ。
こっちでも手に入る、掘り出し物的なコミックはないのだろうか。
『そうですねえ……』
日本は考え込むように黙り込んだ。
俺は黙って日本の返事を待っていると、しばらくして何かひらめいたのか 「あ」 と小さく声を上げ、寝起きとは思えないほどやけに弾んだ口調が聞こえてきた。
『いい考えがありますよ。フランスさんが喜んで下さって、イギリスさんも簡単に用意できるものが』
「そんなものがあるのか? ぜひ教えてくれ!」
願ってもない話に力いっぱい問うと、聞かされた日本の「いい考え」は思わず顔をしかめてしまうような、とにかくしょっぱい案と言わざるをえなかった。
そういう言い方をしたら日本に失礼かもしれないが、……でもリボンを買ってそれを自分に巻き付けて「俺がプレゼントだ」って……いくらなんでもそれはねえだろ。
そんな酷いプレゼントを提案するなんて、ひょっとして夜中にくだらない用件で無理矢理起こしたことを、本当は怒っているんだろうか……。
「日本……それは……ちょっと……」
『なぜですか! フランスさんが喜ぶこと間違いなしですよ』
想定外に確信に満ちた返事が返り、どうやら悪ふざけなどではなく日本は本気で言っているらしいと知る。
「いや、それはどうかな……」
『大丈夫ですよ、私が保証します。二次元ではこれ、誕生日プレゼントの鉄板ですから!』
日本はいたって大真面目に話しているようだが、そういうもんか、と納得してしまっていいのか悩むところだ。
やっぱり俺にはニジゲンだとかオタクだとか、そういう世界にはついていけそうにない。
「…………そうなのか。俺にはよくわからないが……」
『イギリスさんもこちら側の人間になればわかりますよ』
「……遠慮しておく」
これ以上日本から有益な情報を引き出せそうになかったので、お礼を言って電話を切った。
それにしても「こちら側の人間」とはどういう意味だろう……。
そもそもイギリスさん「も」ってどういうことだ、フランスはすでに「こちら側」とやらに行ってしまったんだろうか。
まぁそんなことは今はどうでもいい。
とりあえずこれから買い物に出かけて、プレゼントになるようなめぼしいものが見つからなければ、……あまり気は進まないが他に気の利いたプレゼントも思いつかないし、日本の案を検討することにしよう。
早速街へ出ていろいろな店を回りプレゼントの品をあれこれ探してみたが、フランスは身の回りのものは自分の気に入ったものしか置かないので、俺のプレゼントはデスクの引き出しにしまい込まれたまま、日の目を見ないということになりかねない気がする。
何軒も店を回った結果、これだと思うプレゼントは見つからなかった。
そうなるとやっぱりプレゼントは俺……ってことになるんだろうか。
いやいや、本当にそんなんでいいのか?
少し不安だが日本がいい加減なことを言うとも思えないし、確かにフランスは喜ぶだろうと想像もつく。
今まで散々誕生日を何度もスルーしてきたが、あいつからあんなふうに呼び出されたのは久しぶりだ。
自分から来て欲しいと言い出すなんて、きっと我慢の限界だったのに違いない。
それに誕生日を祝ってくれないなら別れる、とか面倒なことを言われても困るので、たまにはちゃんと祝ってやるべき、……だよな。
それにしたってなんで俺自身がプレゼントなんて、そんな恥ずかしいことをしなきゃならないんだ、ばかばかしい、と思いながらも雑貨屋に立ち寄って、自分自身に巻き付けるリボンを選んでしまってるんだから、……本当にどうかしている。
何色にしようかと色とりどりのリボンを眺めて、結局赤と青と白の三色のリボンを買って自宅へ帰った。
せめてものいやがらせだ、と思ってユニオンジャックの色を選んだつもりだったが、三色並べてみるとどちらかというとトリコロールに見える。
……失敗した。
勘違いされるのはしゃくなので、使うのはどれか一色にしておこう、と買ってきたリボンを眺めて嘆息し、明日はできるだけ早くフランスの家に行けるようにと、俺は早々にベッドに寝転がった。
03→