2011/07/14/03
2011.07.14 Paris
部屋に差し込む眩しい朝日で目が覚めて、俺はゆっくりベッドから起き上がり大きなあくびをするともそもそ着替えを始めた。
昨日はあのあと特にイギリスからの連絡はなかったから、多分あいつは来るだろうと思う。
いくらあいつでも、連絡もなしに俺を一日待ちぼうけさせるような奴じゃない…………と思いたい。
とりあえず来ることを前提として考えると、イギリスは何時頃に来るのかなぁ。
料理の下ごしらえは昨日のうちに済ませておいたからあとは焼くだけ煮るだけな状態だけど、それでも一応いつ来るのか時間くらいは確認しておいた方がいいか。
着替えを済ませて階下に降りるとキッチンへ向かい、俺は早速携帯を片手に朝食の支度を始めた。
コーヒー豆を挽き冷蔵庫から牛乳を取り出してカップと一緒にテーブルの上に置くと、携帯を開いて履歴の中からイギリスの番号を探して発信する。
まだ早朝だけどイギリスはもう起きてるだろう。
携帯を耳と肩で挟むようにして押さえ、サラダ用の野菜を切りながらあいつが出るのを待っていると、思ったとおりすぐに電話は繋がっていつもどおりの不機嫌な声音の返事が聞こえた。
「あー、俺。今日何時頃に来れそう?」
『……今向かってる。もうすぐ着くから大人しく待ってろ』
「えっ?」
これ以上もなく簡潔な答えが返った直後、電話を切られた。
もうすぐ着くって言ってたけど、通話が切れた携帯の時計を見るとまだ九時前だ。
イギリスの家は俺んちより一時間くらい時差で早いのに、それでももうすぐ着くなんてずいぶん早くに家を出たらしい。
ちょっと予想外だったけど早く会えるのは嬉しいし、こんな早くから来てくれるなんてもしかしたら俺が思っているほど、イギリスは誕生日を祝うことを面倒だとは感じていないのかもしれない。
つまんない意地を張ってないで、もっと早く祝って欲しいと言ってみるべきだったかな。
なんにせよ朝早くに家を出たならイギリスも朝ごはんまだだろうし、あいつの分も用意しておくか。
俺は二人分の朝食の支度を済ませ、カフェオレを飲みながら新聞に目を通してイギリスが訪ねてくるのを待つ。
しばらく待つと奴に電話を掛けてから三十分ほど経ったころ、玄関のチャイムが鳴った。
来た、と心音が大きく跳ね、勢いよく席を立つと急いで玄関へ向かう。
深呼吸を一つしてゆっくり扉を開けると、玄関先には無愛想な顔つきをしたイギリスが立っていた。
本当に来てくれたのが嬉しくて、つい表情がゆるんで発した声音も妙に優しい口調になってしまう。
「いらっしゃい。待ってたよ」
「……そうか」
俺が声をかけてもイギリスは居心地が悪そうに目線を逸らしている。
今までずっと誕生日をスルーして、ついに俺から呼び出されたから気まずいとか思ってんのかな。
昨日も用件だけ言って俺から一方的に電話を切ったから、誕生日を無視し続けたことを怒って呼び出したんだと変な誤解をされたのかもしれない。
俺としてはいつもどおりに二人きりでのんびり過ごせればそれでいいんだけど、イギリスがこんな調子じゃどうもやりにくい。
「お前、朝ごはんは?」
「軽く食べた。トースト一枚だけどな」
「そっか、じゃあお前の分も朝ごはん用意しといたから一緒に食べようぜ。中入れよ」
「……あぁ」
俺の態度が普段とちっとも変わらないことに少し緊張が解れたのか、わずかに強張っていたイギリスの表情も和らいだので俺もほっとした。
二人でキッチンに入ってテーブルにつくと準備していた朝食を出し、紅茶はないのでさっきひいた豆でカフェオレを淹れてやった。
向かい合って朝食を食べながら、ほんの数日前にも仕事で顔を合わせたばかりだけど俺の誕生日に個人的に会うのは何年ぶりかなぁ、と正面に座っているイギリスをぼんやりと見つめる。
相変わらずのちょっと野暮ったいスーツにぼさぼさの髪、そして無意味に太い眉毛を眺めて俺は思わず小さく笑ってしまった。
「なにがおかしい」
俺が笑ったことにイギリスは過敏に反応し、顔を上げると鋭く細めた瞳で睨み付けてきた。
「いや、別になんでもないよ。今日、来てくれて嬉しいなって思ってさ」
笑った理由はさておき、今の正直な気持ちを伝えるとイギリスはほんの少し顔を赤くして、なんだか妙にもじもじして落ち着かない様子だ。
そのおかしな態度は気になったけど、俺の誕生日に会ったのは本当に久しぶりだからやっぱり緊張してるのかもな。
その後はお互いに近況などを話しながら朝食を済ませて後片付けまで終えたあと、昨日のうちに準備しておいたバースデーケーキの生地を型に入れて、オーブンに突っ込んだ。
これでティータイムまでには美味しいケーキができあがるだろう。
「なにを作るんだ?」
イギリスは興味津々とばかりに生地を入れたオーブンを見つめて問う。
「なにって……お兄さんのバースデーケーキに決まってんだろ?」
「お前、ケーキまで自分で作るのかよ」
呆れた口調で言われたが、イギリスの緑色の瞳は期待にきらきら輝いていて、俺の作ったケーキが食べたくてしょうがないと言わんばかりだ。
「そりゃあ自分で作んないと、バースデーケーキなしになっちゃうもん。どうせお前は持ってこないだろうと思ったからさ」
今のは別に嫌みのつもりで言ったわけじゃなかったけど、イギリスは目線を落としてうつむいてしまった。
ちょっと言い方が悪かったかもしれないが、イギリスが手ぶらでやってきたのは事実だ。
見たところケーキどころかプレゼントすら持ってきた様子はない。
まぁプレゼントが欲しくて呼んだわけじゃないからそれは別にいいんだけど、手ぶらで来たことを気にするくらいなら駅で売ってるキーホルダーとかそんなんでもいいから、なんか適当なものでも持ってくれば良かったのに。
でも好きで付き合ってる相手にそういう適当なこともできなくて、悩んだ結果何も用意できなかったのかもしれない。
でもイギリスがプレゼントをくれない理由も意図も、今の俺にとってはどうでもいい。
来てくれただけで嬉しいと思うし、その気持ちを伝えるために目線を落としたままのイギリスに声をかけた。
「あー、気にすんなよ、ケーキも料理も俺が好きで作ってんだからさ。イギリスがこんな朝早くから来てくれただけでお兄さんは嬉しいの。今日はお前の好きなものいっぱい作るから、好きなだけ食べてけよ」
「今日はお前の誕生日だぞ? 作るのがなんで俺の好きなものなんだよ」
「いいじゃん、俺がそうしたいんだから」
笑って答えるとイギリスの頬に赤みが差す。
勝手にしろ、しょうがねえから食ってやってもいいけどな、なんていつもどおりの素直じゃない返事が返ってきて、調子の戻ったイギリスに安堵した。
そうして普段と変わらないやりとりをしながら、三十分ほどで焼き上がったスポンジケーキを切って生クリームとフルーツで飾る。
最後にきれいにデコレートしたケーキの上に、昨日自分の名前を書いておいたチョコレートのプレートを乗っけて完成だ。
その一連の作業を見ていたイギリスは大きな溜息を吐いて言った。
「……お前、自分のバースデーケーキを自分で作るって、むなしくねーのか」
……言われると思った。
そりゃむなしくないと言ったら嘘になるけど、そのすごく可哀想なものを見るような目つきはやめて欲しい。
イギリスが用意してくれないなら、俺が自分で用意しないとケーキはないんだからしょうがないじゃん。
ていうかさっきから盛り付け用のいちごをつまみ食いしてるだけの奴に言われたくないよなぁ。
いや、手伝うって言われるよりは全然いいんだけど!
「お店で買うより自分で作った方が美味しいからいいんだよ」
溜息混じりに答えて、ケーキの形が崩れないように箱の中に入れて冷蔵庫にしまうと、イギリスは冷蔵庫にじっと目線を向けている。
「今食べるんじゃねえのか」
「朝飯食ったばっかじゃねーか。ケーキはあとでな」
すぐに食べたかったらしく不満げな顔をしていたが、朝ごはんだってしっかり食べたのにまだ足りないんだろうか。
痩せた身体をしてるくせに食欲だけはあるんだからなぁ、と苦笑してリビングに戻ると、二人並んでソファに座り久しぶりにイギリスと二人きりの誕生日をゆっくり過ごした。
昼食は軽く済ませてティータイムにイギリスが淹れてくれた紅茶を飲みながら、朝俺が作ったバースデーケーキを一緒に食べてやっぱり特別な日に特別な相手と過ごす時間はいいものだと実感する。
プレゼントやおめでとうの言葉がなくたって、こうして傍にいてくれるだけでいいのにそういう俺の気持ちはなかなか伝わってくれないのが寂しい。
まぁ今までだってケンカばっかり繰り返してこいつとは相容れないなって思ったこともあったけど、今では手を取って協力し合える関係になったし、海を挟んだ俺たちの国が電車一つで行き来できるようにもなったし、……恋人として付き合うことになったし、年月を経たことで俺たちの関係はどんどん変わってきた。
百年ケンカしてた頃は今みたいな関係になるなんて想像もしなかったのだから、また月日が経てばそのうちイギリスから俺の誕生日を祝うようになる日もくるだろう。
それまでは俺の方から誘えばいい。
ケーキを片付けた後は何をするでもなくソファに並んで腰掛けて、他愛のない話をしながらのんびりと二人でいる時間を楽しんだ。
やがて窓の外が夕闇に包まれ始めたので、そろそろ夕食の支度をしようかとティーカップをテーブルに置いた。
何を作ろうか考えて、そういえばこいつはこのあとどうするつもりなんだろうと、隣に座っているイギリスに目線を向ける。
朝から来てくれて一日一緒に過ごせたのは嬉しかったけど、夕食を食べたらやっぱり帰っちゃうんだろうな。
「……なぁ、お前夕飯のあとどうする? ……泊まってくよな?」
願望を含んだ俺の問いにイギリスはちら、と一瞬だけこっちを見てすぐに視線を外した。
俺としてはもう少し一緒にいたいし、できれば今日は泊まっていって欲しいなぁと思うけど、イギリスは眉根を寄せて考え込んでいる様子だ。
うーん……困った顔をしてるなぁ。
きっとイギリスも俺と同じ気持ちでいるんだろうけど、仕事があるから泊まるのは無理ってとこだろうか。
仕事ならしょうがないし無理なら無理でいいんだけど、しばらく返事を待っても答えはない。
「おーい……イギリス? 仕事とか忙しいなら別に、……夕飯食べたら帰ってもいいけど?」
「いや……仕事は、そんなに忙しくねえ」
「あ、そうなんだ。じゃあ今日はうちに泊まって明日帰れば?」
恋人として付き合い始めてからいつのまにかイギリスの替えのシャツや下着がうちに常備されるようになってて、手ぶらで来たって着替えもあるし泊まっていくのに不都合はない。
着替えをうちに置いておくくらいには頻繁に泊まりに来てるんだし、断られることはないだろうとのんきに考えてそう言うと、イギリスは腕を組んで溜息を吐いて答える。
「……泊まってもいいけど、……条件がある」
「条件? えー、なに? 誕生日なのに俺がお前の条件きくの?」
「いやならめし食って帰る」
「もー、わかったよ! なんだよ、条件って……」
なんで俺がイギリスの条件をきかなきゃなんないの、と思いつつ、帰ると言われたらこっちが折れるしかない。
まぁ、いくらなんでも誕生日に無茶な条件なんて言わないだろうし……多分。
じっとイギリスを見つめていると、奴は短く息を吐いてぼそぼそと小さな声で呟くように言った。
「……俺の誕生日プレゼントを受け取るなら、泊まってやってもいい」
「誕生日プレゼント……? え、…えっ……俺に?」
「当たり前だろ」
そりゃそうだ、俺の誕生日なんだから俺へのプレゼントに決まっている。
それなのに思わず問い返してしまったのは、イギリスがプレゼントを用意してくれているとは予想外だったからだ。
うーん、でもどう見てもイギリスがプレゼントを持ってきたようには見えないんだけどなぁ……。
まさか現金とか生々しいプレゼントじゃないよな?
いや現金嫌いじゃないけどね、恋人からのプレゼントとしてはそれはないだろ。
相手を驚かせるのが好きなイギリスのことだから、多分何かサプライズ的なものを用意をしてくれてるんじゃないかと思うけど、誕生日にプレゼントなんて付き合い始めてからもめったにもらったことはないので、プレゼントがあるってだけで俺的には十分サプライズなんだけど。
「お前が俺のために用意してくれたものなんだから、そんな条件なんかつけなくなってもらうに決まってるだろ? で、プレゼントってなに?」
「そ、……そうか。じゃあ、晩飯のあとに……渡す」
嬉々として答えた俺に、イギリスは顔を赤くしてうつむいた。
この反応だと昔アメリカにあげてたみたいな、俺をからかうためのびっくり箱とかじゃなさそうだ。
でもこいつは手ぶらでうちにきたし、プレゼントらしきものを持ってきたとは思えないんだけど、万年筆とか腕時計とかやっぱりリアルなとこだと金券とか……ポケットに入るようなかさばらないものかもしれない。
ともかく何をくれるつもりなのか楽しみだ。
「よし、じゃあお兄さん晩ごはん作ってくる! お前の好きなものいっぱい作るから待ってろよ」
隣に座っていたイギリスの頬にちゅっとキスをしてソファから腰を上げると、奴はなぜかなんとも複雑そうな表情をしていたが、すっかり上機嫌になった俺は早速キッチンへ向かい鼻歌を歌いながら夕食の支度を始めたのだった。
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