Bunny's Cafe(p-type)/01
これはとある都会の片隅で、一人の夢見がちな青年が運命の出会いをする日の話である。
彼の名はアーサーという。
毎日平凡な生活を送っている、恋人いない歴=年齢の二十三歳社会人だ。
十代の頃は恋人がいないことも、それ以前に女友達すらほとんどいないこともそれほど気にしていなかったのだが、さすがに二十三にもなると学生時代の同級生が早々に結婚したという話もちらほら聞こえはじめ、恋人の一人もいないことを寂しく思うようになっていた。
とはいえ社会に出るとなかなか出会いの場がないのが現状だ。
アーサーは高校を卒業してから自宅と同じ市内にある喫茶店で社員として働いているが、職場の同僚は男性ばかりだし、店の客は女性が多いけれど客と個人的に接することは禁止されている。
休みの日は家で一人で刺繍をしたり、庭に植えている草花の世話をしたりして一日を過ごすのがほとんどで、出会いなど望むべくもない。
アーサーにとって出会いの場といえば職場の同僚たちにときどき誘われる飲み会くらいのものだが、せっかく女の子が同席していても話題の引き出しが少ないためかあまり話も盛り上がらない。
沈黙をごまかすために酒ばかりすすんで、気が付けば泥酔状態に陥って暴れたり泣いたりと酒癖の悪さを披露してしまい、まれになんとか女性の連絡先を聞き出していても、後日連絡してみると見事に着信拒否になっているのであった。
もともと人付き合いは得意ではないし特別他人に好かれる要素も思い当たらないが、アーサーにこれまで一度も恋人ができなかったのは少なくとも女性に敬遠される容姿だからではない。
手入れが下手で短い髪は少しぱさついて跳ねているが清潔感はあるし、緑色の瞳は熟れたメロンみたいに瑞々しい色をしている。
身長だって標準だ。
気になる部分といえば、強いていうなら個性的と言えるほどの太さの眉毛だけれど、それが逆に愛嬌をかもしだしているのか年齢のわりに顔つきも幼く、それなりに第一印象の受けはいいらしい。
それがこれまで恋人の一人もできなかったのは、女性との会話が少し苦手なことや酒癖の悪さだけではなく、高校時代の黒歴史が大きく影響している。
アーサーは高校生のとき生徒会長の役職についており、多くの生徒を纏め上げてきた。
本来ならそういう経験は自分をアピールする上でプラスになるものだが、アーサーの場合はそうでもない。
なぜなら生徒会長という固い役職の一方で、学園のヤンキーたちをも束ねる裏の顔を持ち、まさに学園の表も裏も仕切っている存在だったからだ。
今思うとあの頃はとんでもなく傍若無人な行動をしていたな、と自覚しているし、いくら若気の至りとはいえかなりはっちゃけた学園生活を送っていた。
おかげでただでさえ良くない噂に尾ひれが付きまくって、アーサーといえば血も涙もない恐ろしい人物だという認識があちこちに広まってしまった。
当然女生徒たちにも怖がられてしまい、誰もアーサーに近づいてこなかったし、男女問わず高圧的な態度で接していたのでこれでは余計に好かれるわけがない。
高校を卒業すると、無理矢理従わせていた取り巻きたちはやっと解放されたとばかりに、波が引くようにアーサーの周りからいなくなった。
それだけでなくアーサーが卒業した後、かわいがっていたお気に入りの後輩が新たに生徒会長になったので、つい親心的なものが沸いてしまい、俺がいろいろ教えてやるとあれこれ口出しした結果、うるさく言われることに我慢できなくなったのか「君の力を借りなくても俺は一人でやっていけるよ」と拒絶されてしまった。
それをきっかけに後輩とはぎこちない関係になったものの、付き合い自体は細々と続いているのでまだいい。
無理矢理従っていたとはいえ、アーサーと一緒にいることでそれなりに恩恵も受けたであろう取り巻きたちは、連絡のひとつもしてこなかった。
そのことに当時はなんて薄情な奴らだと腹が立ったが、彼らに対する自分の言動を省みると、無理もないかと今ならわかる。
取り巻きたちにちやほやされていたときは気付かなかったけれど、これは自分が上下だけの薄っぺらい人間関係しか築けていなかったということだ。
考えてみれば高校時代にアーサーとまともに話をした生徒は生徒会の副会長だった同級生と、雑用係を手伝わせていた下級生の女の子くらいのものだった。
彼らだけは取り巻きたちのようにうわべだけのいい顔をしなかったし、他の生徒たちのように怯えることなく普通に接してくれた。
今にして思えばアーサーも彼らにはほんの少しだけ気を許すことができたし、唯一対等な関係の友人といえたかもしれない。
高校を卒業してから連絡を取り合うこともなくなったけれど、あいつら元気にしているかな、と生徒会のメンバーのことを今もときどき思い出すのだった。
そんな学生時代を経て現在はすっかり落ち着き、ヤンキーもやめて真面目な紳士キャラへと生まれ変わった。
アーサーのヤンキー時代を知る人々には急にいい人ぶって何を企んでいるのかと逆に警戒され、当時の悪すぎるイメージを払拭するのに何年もかかったが、最近ようやく、街で高校時代の同級生に会うと普通にあいさつをしてくれるようになった。
以前は声を掛けても悲鳴を上げて走って逃げられたり、目線を合わせないように立ち去られたりして、自業自得とはいえ寂しい思いをしたものだ。
ともかくやっと学生時代の悪い噂も忘れられてきたし、そろそろ自分にも恋人ができてもいいんじゃないか、とアーサーは思っている。
結婚は早くしたいので、まだその相手もいないというのに結婚資金を貯めるために毎日働いているのだ。
……といっても、飲み会で女性と知り合っても頻繁に連絡を取り合えるまでに仲が進展することはなかったし、アーサーの場合は結婚資金の貯金など皮算用に等しいのだが、今相手がいないからといって結婚を考えることを気が早いとは思わない。
いつどこでいい出会いがあるのかわからないのだから、準備はしておくにこしたことはないし、恋人ができてからお金を貯めるのでは遅い。
貯蓄は立派なステータスの一つなのだ。
きっとそのうち自分のことを理解して愛してくれる相手にめぐり合えるに違いない、などと都合のいいことを考えながら、アーサーは職場への道を急いでいた。
職場は地下鉄で十五分ほど乗った先にある。
改札へ向かいながら財布を開けて電車用のICカードを探すが、自宅に忘れてしまったのかカードが入っていない。
今から取りに戻っては遅刻してしまうので、面倒だが切符を買いに券売機のある場所まで足早に進んだ。
電車の時間も迫っていたため焦っていたアーサーは、財布の小銭をまとめて掴み取り出そうとしたところで、勢い余ってそのお金を取り落としてしまった。
「うわっ…」
じゃらじゃらと耳障りな音を立てて、床に散らばった硬貨を慌てて拾い集めると、近くにいた数人が手伝ってくれた。
アーサーの前で切符を買っていた男性は真っ先に身をかがめて拾ってくれて、わざわざ遠くまで転がっていったものまで取りに行ってくれた。
「はい、これで最後」
「ど、どうも……助かりました」
差し出されたお金を恐縮しながら受け取り、顔を上げると目の前に立っていた男と正面から目が合う。
肩まで伸ばしたゆるくうねる髪はさらさらで艶があり、笑みを浮かべている青い瞳は柔らかく細められていた。
服装もスーツだけれどなんかのブランドなんだろうな、とあまりファッションに敏くないアーサーでもわかったし、ふんわり漂う甘い匂いは香水のようだ。
そのおしゃれでかっこいい見た目と優しそうな雰囲気にどくんと心音が跳ね、アーサーの胸に矢でも直撃したかのような衝撃が走る。
小銭を拾ってくれたのは男性なのだが、好みのタイプのど真ん中だった。
彼の手からお金を受け取るとき、わずかに皮膚が触れ合ってそれだけのことに頬がじわりと熱を帯びた。
顔が赤くなっているかもしれない、と思うと恥ずかしくなって慌てて目線を逸らす。
「じゃあね。今度は落とさないように気を付けて」
「あ、……どうも…」
彼はばちんとウインクしてそう言うと、笑顔で手を振って改札の向こうに消えていった。
アーサーはしばらくぼんやりとその後ろ姿を見送っていたが、彼の姿が見えなくなってからきちんとお礼を言えなかったことに気が付いて、軽く自己嫌悪した。
せっかく拾うのを手伝ってくれたのに、あんな素っ気ない反応をしてしまって、気を悪くしなかったかな、と今さら後悔しながら切符を買って地下鉄に乗り込んだ。
電車に揺られているあいだ、アーサーはやけに高揚した気分で先の出来事を思い出していた。
(さっきの人、親切だったな。結構いい男だったし…。お礼がしたいとか言って、ちょっと無理矢理でも連絡先聞いてみれば良かったか。……でもあの人、前にどこかで会ったことがあるような気がするんだよな…)
そんなことをぼんやり考えていたせいか、危うく降りる駅を乗り過ごすところだった。
早めにつくように余裕を持って家を出るのだが、駅でお金を落としたことで時間を食ってしまったし、その上乗り過ごした駅から引き返すことになったら完全に遅刻していただろう。
危なかった、と安堵の息を吐いて駅を出ると、いつもより大きい歩幅で職場へと向かった。
アーサーの勤める喫茶店は駅から五分ほど歩いたところにある。
小ぢんまりとした店で、音量を控えめにしたジャズの流れるいかにも昔ながらの喫茶店だ。
店内は落ち着いた雰囲気で、もとはアーサーもこの店の客だった。
しかしこの喫茶店は従業員の制服がとても風変わりなもので、初めて来たときはあやしい店に入ってしまったんじゃないかと驚いたけれど、制服が変わっていること以外はごく普通の喫茶店で紅茶も美味しい。
このあたりに来る用事があったときなど、店に立ち寄っているうちになんとなく従業員たちと顔見知りになり(男性客が少ないためか、何度か行っただけですぐ覚えられてしまった)、「良かったらうちの店で働いてみないか」と誘われて現在に至る。
アーサーは店の裏口から中に入ると、スタッフルームで制服に着替えを始めた。
ためらうことなく服をすべて脱いで裸の上から黒の短いエプロンを腰に巻き、手首と首には白い袖と襟だけを付けてリボンタイを結ぶ。
鏡の前でリボンが曲がっていないかチェックをして、最後に上を向いてぴんと立ったふわふわしいうさぎの耳を頭に、まんまるのぼんぼりのようなしっぽをお尻に付けて準備完了である。
ほとんど裸なのだがこれがこの店の制服だ。
客として来ていたときから気になっていたけれど、どうしてこんないかがわしい制服なのかと先輩従業員に話を聞けば、「いまどき普通すぎる喫茶店じゃウケませんからね!」と、メイド喫茶やら執事喫茶などの一風変わった喫茶店を数多く手がけ、経営してきたオーナーがさらなる変わり種の喫茶店としてオープンさせたらしい。
ウェイターが全裸に下肢だけを隠す短いエプロンと、うさぎの耳としっぽをつけた露出度の高い制服が売りである新感覚の「うさみみ喫茶」は、オーナーの思惑どおりそれなりに話題になっているようだ。
けれども裸にエプロンと言っても、別にいやらしい系の店ではない。
身に着ける制服の中で一番面積の広いエプロンは、スカートみたいに後ろまで巻くのでお尻まですっぽり隠れるし、ウェイターとして普通に動くだけなら尻や股間が客に見えたりすることはない。
それにただめずらしい衣装なだけの喫茶店ではなく、オーナーは店で出すコーヒーや紅茶にもこだわって、きちんといいものを揃えているのだ。
露出の多い制服はあくまでもサービスの一環でしかない。
従業員は男性のみのため客も女性が大半で、セクハラなどもめったになくちょっと恥ずかしいこの制服に慣れてしまえば、意外と働きやすい店だった。
給料も喫茶店にしてはそこそこもらえる方だと思うし、なによりこの店で出す美味しい紅茶をアーサーはとても気に入っている。
着替えを済ませて時計を見ると、駅でもたついたわりには仕事が始まるまでまだ時間があり、同じ勤務時間の他のスタッフも来ていない。
焦ることなかったな、と休憩用に設置されているソファに座ると、テーブルの上に新商品と思われる紅茶の缶が置いてあるのに気が付いた。
それを手に取ると缶には「試飲して感想を下さい」と、オーナーのメモ書きがくっついている。
こうして新しい商品が出ると、オーナーは必ず従業員試飲させてその意見を入荷の参考にしているので、まだ店頭などに並んでいない商品を試飲できるのも嬉しい。
早速お湯を沸かして紅茶を淹れる準備をしていると、他の従業員たちも出勤してきたようでドアの向こうから賑やかな話し声と足音が聞こえてきた。
「よお、アーサー! 相変わらず来るの早えなー」
「アーサー、おはよーさん。あー、ええ匂いやんなぁ!」
「お、新商品か? 俺らにも淹れてくれよ」
扉が開くなり騒がしくスタッフルームに入ってきたのは、店の同僚であるギルベルトとアントーニョだ。
アーサーも彼らの方に振り向いてあいさつを返し、ギルベルトに向かって紅茶の缶を放った。
「今淹れてる。オーナーが飲んだ感想くれってさ」
「また感想かよー、俺そういうの苦手だぜ」
メモの付いた缶を受け取ったギルベルトはうんざりしたように言いながら、自分のロッカーを開けて荷物を放り込み服を脱ぎ始める。
二人が着替えているあいだに、アーサーは三人分の紅茶を淹れてテーブルに並べた。
服を脱いでエプロンを巻き、リボンや耳などの小物をつけるだけなので着替えに時間はかからない。
二人は手早く着替えを済ませると、小さなテーブルを囲んでアーサーの淹れた紅茶に口をつけた。
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