Bunny's Cafe(p-type)/02
今回の新商品はアーサーの好みの味だったので、あとでオーナーに会ったら個人的に購入したいと相談してみることに決めた。
そうして三人でお茶を飲みながらそれぞれに所定の用紙に感想を書き込んでいると、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえて、ゆっくりとスタッフルームの扉が開いた。
「おはようございます、遅番のみなさんお揃いですね」
わずかに開いたドアの隙間から顔を覗かせ、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げたのはこの店のオーナーである本田菊だ。
彼は見た目はとても若いが、実年齢は不明の青年実業家である。
メイド喫茶を皮切りに新しいタイプの喫茶店を次々に開店して成功させており、このうさみみ喫茶も菊の発案によるものだ。
彼は多忙らしくあまり店に顔を出すことはないので、今日は何かあったのだろうかとアーサーも他の二人も慌ててあいさつを返し、急いで新しいカップを取り出して菊の分の紅茶を用意する。
「あ、どうぞお構いなく。今日はみなさんに新しい厨房担当の方を紹介しにきただけですので」
菊はそう言って顔を引っ込めると扉の向こう側で誰かに声をかけているようだ。
すぐにドアが大きく開かれ、菊の後を追うように室内に入ってきた人物を見て、アーサーは思わず「あっ」と小さく声を上げた。
菊が連れてきた新しい厨房担当とやらは、さっき駅でアーサーが落とした小銭を一緒に拾ってくれた男性だったのだ。
まさかまた、しかもこんなに早く会えるとは思ってもみなかった。
それどころかこれからは同じ職場で働くことになるなんて、これは運命の出会いではないだろうか、と一人で勝手に気分が盛り上がってしまう。
凝視するように見つめていると一瞬目が合ったが、彼の方はアーサーに気付いていないか、もしくは覚えてさえいないようだ。
残念だけれどそれは仕方がない。
落とした硬貨を拾ってもらってひとこと会話を交わしただけだし、そもそも今のアーサーは裸エプロンにうさみみを付けた格好だ。
わからなくて当たり前だ。
思いがけない再会に動揺を隠して平静を装うが、アントーニョとギルベルトにはさっきのアーサーの声が聞こえていたらしく、こちらに目線を向けていたが菊が話し始めるとすぐに彼の方に向き直った。
「こちらはこれからみなさんと一緒に働くことになった、フランシスさんです。厨房でお料理を担当していただきますので、何かメニューのリクエストがあればどんどん相談して下さいね。本当は厨房担当なんですが、今日はみなさんと仲良くなってもらうためにフランシスさんにもフロアに出てもらいますので、お店のことをいろいろ教えてあげて下さい。フランシスさんもわからないことがあったら、この先輩方になんでも聞いて下さいね」
彼がこれからこの店で働くことになって、しかも厨房担当だということに驚いた。
モデルみたいに整った容姿をしているから、自分たちと同じくフロアでウェイターをやるのかと思ったのに、コックだったとは意外だ。
「すみませんが私はこのあと別の仕事がありますので、自己紹介はみなさんで各自お願いしますね。それじゃあフランシスさん、これからよろしくお願いします」
菊はフランシスの簡単な紹介を終えると、彼に深々と頭を下げて慌ただしくスタッフルームを出て行った。
相変わらず忙しい人だな、と思いながら菊の出て行った扉を見つめていると、アントーニョとギルベルトは早々に席を立ってフランシスに駆け寄っている。
「フランシスかぁ〜、俺、アントーニョ。仲良うしてや」
早速声をかけたのはいつもにこにこ笑って陽気なアントーニョで、ギルベルトも負けじとそれに続く。
「俺様はギルベルトだ。よろしくな、フランシス!」
二人は社交的で、初対面の相手にも馴染むのが早い。
出遅れてしまったがアーサーも二人に割って入った。
「お、俺はアーサーだ。…あの、……さっき駅で小銭を拾ってもらった者なんだが…」
思いきってそう声をかけると、フランシスがこちらに向き直る。
「え? ……ああ、さっきの子かぁ。へえ、ここで働いてたんだ? すごい偶然。よろしくな、アーサー」
アーサーの科白でようやく彼も気が付いたらしく表情をゆるめてそう返した。
柔らかな声音にほっとして言いそびれたお礼の言葉を口にする。
「さっきはありがとう、助かった。こちらこそよろしく」
そんな二人のやりとりに、不思議そうに首をかしげたアントーニョがアーサーとフランシスを交互に見た。
「なんや、自分ら知り合いなん?」
「あ、いや…今日ここに来る前に駅で財布の小銭を落としちまって、この人がそれを拾ってくれたんだ」
「へー、そうなんや。ほんならアーサーがフランシスに仕事のこといろいろ教えたったら?」
なんでそうなる。
アーサーは顔をしかめてとっさにアントーニョに振り返るが、その提案にギルベルトも嬉々として口を挟んだ。
「そうだな、フランシスがフロア出んのって今日一日だけだし、それなら初対面の俺らより少しでも知ってる奴の方が気楽だろうしなぁ。どうだよ、フランシス」
「先輩方がそう言うなら、俺は構わないけど…」
「よーし決まりやな。あ、でもわからんことあったら、俺らにもなんでも聞いてええからな?」
アントーニョはフランシスの肩を叩いてそう言って、ギルベルトと二人で先にスタッフルームを出て行こうとしたので、アーサーは慌てて彼らを呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待てよ! お前ら勝手に…!」
「アーサー、あとよろしくな〜」
聞く耳も持たずに扉は閉められ、どうやら彼らは新人の教育をアーサーに押し付けるつもりらしい。
面倒だけれど教えるのがいやなわけではなく、フランシスと二人で仕事をすることにちょっとだけ緊張しているのだ。
けれどもこれは少し嬉しいことでもある。
フランシスは好みのタイプだし、連絡先を聞けなかったことを残念に思っていたのでむしろ好都合だ。
スタッフルームに二人きりになるとアーサーは高鳴る胸の鼓動を落ち着けようと、ひそかに深呼吸をしてフランシスに向き直った、……そのとき。
「……久しぶりじゃねーか、アーサー。相変わらずおもしろい眉毛してんのなぁ」
フランシスはニヨニヨ笑っていきなり妙に砕けた口調でそう言った。
久しぶりもなにも駅で会ったのが初対面だというのに、おもしろい眉毛だなんて失礼な言い様にアーサーがその太い眉をひそめると、フランシスはギルベルトが座っていたチェアに腰掛けてさらに続ける。
「なんだよ、俺のこと覚えてねーの?」
覚えている。
ほんの三十分ほど前にも一度会っているのだから。
しかしそのことはフランシスの方が忘れていた様子だったのに、急にこの馴れ馴れしい態度は一体なんなのだろう。
そんな気持ちが顔に出てしまったのか彼はアーサーの反応に驚いたように青い双眸を見開いて、それからがっかりしたように溜息を吐いた。
「……ほんとに覚えてないんだな。高校んときあんなにお前のサポートしてやったのに、忘れるとは薄情な奴だなぁ。ほら、生徒会で副会長をやってたフランシスだよ」
「え? ……あっ」
そこまで言われて改めてじっとフランシスを見返すと、ようやく記憶の中の同級生と目の前の男が一致した。
確かに副会長の生徒の名前もフランシスだったと思い出すが、それほどめずらしい名前というわけではないしそもそも高校時代のフランシスは、もっと線も細くてまるで人形みたいに美しい少年だったのだ。
今アーサーの前にいるフランシスは、服を着ていても厚みのある身体だとわかるしあごには髭までたくわえている。
見たところ当時の女性的な美しさはほとんど残っていない。
変わっていないのは髪型くらいのものだ。
「うっわ、マジで忘れてたのかよー。思い出した?」
「ああ、…お前……あいつだったのか……老けたな」
「いきなり何失礼なこと言ってんの?! 大人になったって言えよ!」
同級生だと気付いてもらえなかったばかりか、老けただなんてあんまりな科白にフランシスは涙目だ。
言い方はちょっと悪かったかもしれないが、自分と同級生のはずなのに三十歳近くに見えるのは気のせいだろうか。
あんなにもきらきら眩しかった美少年がこんな男臭い青年になるなんて、五年の歳月を感じずにはいられない。
高校のときとはずいぶん雰囲気が変わっていたから、すぐには同級生だったフランシスだと気付かなかった。
どちらかというとおっさんよりだが、変に色気があって彼の言うとおり落ち着いた大人の男という感じだ。
「つーか……お前だって駅で会ったときとか…、今だって俺が名乗ったから気付いたんだろーが」
フランシスは自分はすぐにわかったと言いたげだが、アーサーが名乗るまで、彼も絶対こちらに気が付いていなかったと思う。
さすがに五年も経てばそれなりに印象も変わっているのかもしれないが、フランシスに比べればアーサーの方が高校のときから見た目に変化はないはずなのだから、彼が先に気付くのも当然だ。
偉そうに言うな、と素っ気なく返すと、フランシスはテーブルに頬杖をついて悪びれもせず答える。
「あ、ばれてた? 俺も駅で会ったときは急いでたから気付かなかったけど、ここに来てお前の顔をよく見たらその眉毛で思い出した。いやあ懐かしいな。……ってか、お前なんでこの店で働いてんの? …そういう制服とか絶対好きそうじゃないから、なんか意外」
「お前には関係ないだろ」
「もー、そういうとこ昔と変わってねえなー」
苦笑いを漏らすフランシスの言葉に、元ヤン時代から成長していないと言われたようで頬が熱くなった。
見た目も中身も変わっていないと思われるのはしゃくで、アーサーは小さく咳払いをして彼の問いに答える。
「……うるせえな。ここの客は女の子が多いし、紅茶も美味いし給料も高いし、働いてる奴らもいい奴らだし…、オーナーも優しいし悪いところなんてないからだよ」
この制服は恥ずかしいと思うけれど、今はもう慣れたのでそれほど気にならなくなっている。
それ以上に人間関係や給料などの環境面が恵まれているので、多少恥ずかしい制服でもまったく問題はない。
「ふーん。高校んときはあれだけ暴れ回ってた元ヤンのアーサーちゃんがずいぶん丸くなったもんだな。お前がそんなエッチな格好で働いてるなんて、当時の同級生が聞いたらびっくりするぜ」
フランシスはいやらしい笑みを浮かべて言って、上から下まで舐め回すようにアーサーの身体を眺めている。
しばらく会っていなかったから忘れていたが、そういえばこいつはこういう奴だった。
高校のときも生徒会のメンバーだった下級生にセクハラまがいのことをしたり、何人もの生徒……それも男女問わず……と噂になっていたのを思い出した。
アーサー自身も尻を触られたり、プールの授業のとき頼んでもいないのに着替えを手伝うとか言って無理矢理服を脱がされたり、犯罪級のセクハラをされていた。
今もいやらしい目で見られているし、こいつの方こそ外見はともかく中身は全然変わってねえじゃねーか、と気抜けして溜息を吐く。
懐かしい友人と久しぶりに会えたのは嬉しいし、もっといろいろ話もしたいけれど今は仕事中だ。
いつまでもこうして無駄話をしているわけにはいかないので、アーサーは席を立ち予備の備品が入ったロッカーを開けた。
ロッカーの奥にしまわれていたエプロンなどの制服を引っ張り出し、フランシスに放り投げる。
「耳としっぽを探すから先にそれに着替えて待ってろ」
「ねえ、俺もうさみみつけるの?」
コックとして働くのに、たった一日とはいえまさか裸エプロンでフロアに出るはめになるとは思っていなかったのだろう。
気の毒だがフロアに出る従業員は、全員がこの制服を着ることになっているのだ。
「当たり前だろ。それがこの店の売りなんだからな」
「うーん……、お兄さんはうさみみよりねこみみの方が似合うと思うんだけど」
うさみみの裸エプロンに羞恥心を感じているどころか、付けたい耳のリクエストとはどういうわけだ。
短いエプロンを広げながら真剣な顔つきで言った彼に呆れた。
「心配しなくてもどっちも似合わねえよっ! いいから早く着替えろ、ばか!」
思わず声を荒げると相変わらず怒りっぽいんだから、と笑ってフランシスが服を脱ぎ始めたので、アーサーもロッカーの中をあちこち引っ掻き回して足りないものをごそごそ探すが、余っているうさみみが見当たらない。
残っているのは耳が片方取れていたり毛羽立って汚れていたりと、見た目の良くないものばかりだ。
上の棚に乗っていたダンボールを下ろしてふたを開けると、中にはうさみみではなくねこみみが入っている。
これは毎年二月二十二日限定で行われる特別イベントの「ねこみみ☆フェア」に使用するものだ。
フランシスの希望どおりにするのはなんとなくしゃくだが、うさみみが見つからないのでは仕方がない。
これ以上時間をかけて探してもいられないし、どうせ今日一日だけなんだからまぁいいか、とねこみみと長いしっぽを箱から取り出した。
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