Bunny's Cafe(p-type)/03
散らかしたロッカーの中を元通りにきれいに片付け、扉を閉めて振り返るとすでに上半身裸になったフランシスの身体が視界に入る。
薄っぺらな自分と違って、胸も厚くて男らしいいい身体をしている。
高校のときはアーサーとさほど変わらない、薄い身体つきをしていたのにあのときとは全然違う。
五年経ってフランシスは羨ましいくらいに成熟していた。
じっと見つめているとこちらを向いた彼と目線が合って、慌てて顔を背けて平静を装って言った。
「……お前胸毛剃れよ。あと腕毛とすね毛と髭も」
「はぁっ? なんでだよ!」
「見苦しいからに決まってんだろ!」
「バッカだなぁ、お前にはこの毛のセクシーさがわかんないのかよ? ほんとガキなんだからなー。ってか、俺のロッカーはないの?」
溜息混じりに言って肩をすくめたフランシスにねこみみとしっぽを投げつけ、アーサーは使われていない古くてドアの開きにくいロッカーを開けた。
「今日はとりあえずここを使え。早く準備しろよ、もう勤務時間始まってんだからな」
「もー、物投げるなよ。……あれ、これってねこみみじゃないの?」
投げられたねこみみとしっぽを見て、フランシスは不思議そうに首をかしげている。
「うさみみは予備がなかったんだ。お前、ねこみみの方がいいって言ってたじゃねえか、ちょうどいいだろ」
「そうだけど、ほんとに出てくるとは思わなかったよ。俺だけねこみみって浮かない?」
「ねこみみより胸毛の方が浮いてる」
「なにそれどういうこと?!」
「先に言っておくが、その不快な毛は客からクレームがあったら即剃るからな」
なんだよそれ、とフランシスは不満げに唇を尖らせたが、早速ねこみみを頭に付けて着替えを続ける。
男同士の着替えに照れや恥じらいなどあるわけもなく、彼はさっさと下も脱いでしまったのでなんとなく目のやり場に困ったアーサーは、テーブルの上に出しっぱなしになっていた三人分のカップを片付けた。
「おーいアーサー、これってエプロンの下はなにもつけねえの?」
カップを小さなシンクの中に置いて水を出そうとしたとき、やけに至近距離からフランシスの声が聞こえた。
振り返るのと同時に背後まで近づいていたらしい彼の手が、いきなりアーサーのエプロンをめくり上げ下肢を剥き出しにし、突然のことに頭の中が真っ白になった。
見られたのが尻ならまだ良かったのに思いきり股間の方で、しかもエプロンの下には何も身につけないことになっているので、エプロンをめくられたアーサーの下半身は丸出しの状態である。
「あ、やっぱり何もつけないんだ」
アーサーの下肢をまじまじと見て、フランシスは納得したようにエプロンから手を離し、何ごともなかったかのように自分のエプロンを広げて腰に巻き始めた。
彼は下着をつけないのか、単純にその確認のつもりだったのかもしれないが、エプロンをめくられて性器を見られたことに羞恥心が一気に膨れ上がり、どんどん頬が熱くなっていく。
とうとういたたまれなくなったアーサーは、フランシスの髪を掴んで力任せに引っ張った。
「いっ、痛い! 痛いってば、なにすんだよ!」
「それはこっちの台詞だばかっ! 変態、痴漢野郎!」
「痴漢って……別に触ってねーだろ! いいじゃねーかちょっと見ただけだろー? 別に減るもんじゃないし、かわいい色してたぜ?」
かわいい色、だなんてばかにされているとしか思えない。
どうせ俺は恋人いない歴=年齢だよ、悪かったな! とますます頭に血が上った。
フランシスのまるで反省の色なしな、フォローのつもりらしいそのひとことにブチブチと堪忍袋の緒が切れたアーサーは、気が付いたら彼の顔面めがけて固く握った拳を突き出していた。
**********
「二人とも遅いでー。……あっれー、フランシスどないしてん? ほっぺた赤なってるやん」
アーサーとフランシスがようやくスタッフルームから出てきたのを見るなり、なぜか頬が腫れ上がっているフランシスにアントーニョが心配そうに駆け寄ってきた。
「うん……ドアにぶつかっちゃって」
「なんだよドジな奴だな! しょうがねえ、俺様のハンカチ貸してやるから、水で濡らしてほっぺた冷やせよ」
目線を逸らして遠い目をしているフランシスの肩を、ギルベルトがばんばんと叩いてエプロンから白いきれいなハンカチを取り出して差し出した。
「ありがと…」
フランシスは早速借りたハンカチを濡らして、腫れた頬に当てている。
本当はアーサーが殴ったから彼の頬は腫れ上がったのだが、いくらフランシスが昔の知り合いでセクハラをしてきたとはいえ、職場の新人にいきなり鉄拳制裁を加えたなどと言えるわけがない。
この店で知り合ったアントーニョとギルベルトはアーサーの元ヤン時代を知らないのだ。
彼らはアーサーのことをちょっと酒癖が悪いが、まじめに働く同僚だと思っているに違いない。
せっかく紳士キャラとしてこれまでやってきたのに、ここで本性を暴露されては困るのでフランシスに余計なこと言うんじゃねえぞ、言ったらてめえの毛という毛をむしってやるからな、と眼光鋭く睨み付けて脅した結果、彼はドアに責任転嫁をすることになったのだった。
「それにしてもフランシス、ねこみみ似合っとんな〜。全然違和感ないわぁ」
アントーニョはにこにこ笑ってフランシスの頭に付いているねこみみを指先でつんつんつつき、ギルベルトももう片方のねこみみを摘んで首をかしげている。
「つーかうさみみはどうしたんだよ」
「うさみみは使える予備がなかったんだ。こいつ、……いや、フランシスがフロアに出るのは今日だけだし別にこれでも構わないだろ?」
今日フランシスがウェイターをやるのはフロアや店の雰囲気を掴んでもらうのが目的で、本格的に接客をしてもらうわけではない。
基本的にはフロアの清掃やテーブルの備品の補充、食器を下げるのが主な仕事だ。
忙しいときは注文の品を運んでもらうこともあるかもしれないが、店の隅に一人くらいねこみみが混じっていてもそれほど目立たないだろう。
「まぁ予備がないんじゃしょうがねえよな。オーナーに新しいの頼んどこうぜ」
「せやなー、俺の耳も結構毛羽立ってきとるし」
二人が備品申請の用紙を書き始めたので、アーサーはフランシスに仕事を教えるべく彼に向き直った。
「おいフランシス、フロアの仕事を教えてやるから俺の後についてこい。ただし、さっきみたいにおかしな真似をしたら…………ただじゃ済まないと思えよ」
「……はい」
後半の科白はアントーニョたちに聞こえないように、抑えた小声で恐ろしく低く冷たい口調で言うと、それを聞いてアーサーの元ヤン時代を思い出したらしいフランシスは、素直に頷いて頬を冷やしていたハンカチをギルベルトに返し、言われるまま後についてきた。
「…もー、顔はやめてって昔から言ってるのに、なんでお前ってそう手が早いかなぁ」
フランシスはぶつぶつ文句を言いながら、アーサーが指示したとおりにテーブルに設置されているナプキンを補充している。
確かに手加減なしに殴ってしまったが、もとはといえば勝手に人のエプロンをめくったフランシスが悪いのだ。
自業自得だばかめ、と内心で文句を言って、アーサーも彼の側について一緒に足りない調味料を補充していると、ふいにさっきのフランシスの言葉を思い出してかーっと頬が熱を帯びる。
なにがかわいい色だ、ばかにしやがって…と彼を睨み付けるが、思った以上に真剣に仕事をしているその横顔を見て胸がどくんと跳ねた。
本当に昔とはずいぶん雰囲気が変わった。
変態なのは相変わらずでも、やっぱりかっこよくなったな、とますます心音が速まる。
そんなふうに意識すると変に緊張して照れてしまい、フランシスとちゃんと目線を合わせることもできなかったが、幸いにも今日は平日で店もあまり忙しくなかったので、なんとか一通りの仕事を教えることができた。
フランシスのようなタイプのウェイターは今までこの店にいなかったからか、彼はめざとい女性客たちにたびたび声をかけられ、やけに慣れた調子で接客もこなしていた。
といっても接客の経験があるというよりも、単に女性の扱いが上手いのだろうと思う。
アーサーもフランシスに声をかける女性客たちの気持ちがちょっとだけわかる気がする。
細身な体型で中性的な顔立ちだった高校の頃と違って、今は年齢より落ち着いて見える大人の男という印象だし、それでいて表情には甘い雰囲気がある。
それに女性に対する慣れた態度から察するに、きっと彼はもてるのだろう。
アーサーは付き合う相手は優しくてかわいい女の子がいいとずっと考えていたけれど、フランシスは黒歴史な元ヤン時代のアーサーのことをよく知った上で当時から普通に接してくれて、彼となら気をつかわない関係でいられると思うとそれも悪くない気がする。
駅で会ったときも一目惚れする勢いでいい男だな、と思ったし、本当にアーサーの好みのタイプにかっこよく成長してかわいかった昔とのギャップにドキドキする。
フランシスに馴れ馴れしく声をかけてくる女性客に嫉妬心まで覚える始末で、久しぶりに再会した友人に対しておかしな気持ちを抱いている自分に戸惑った。
フランシスがウェイターだったら彼目当ての客も多く集まるようになるだろうな、と思うけれど、客にいちいち嫉妬していたらアーサーの身が持たない。
フランシスが厨房担当で良かったと心底安堵した。
フランシスが一緒だったせいか、今日の仕事はあっというまだった。
店は閉店の時間を迎え、最後の客を送り出すとアントーニョはトイレ掃除、ギルベルトはレジ締め、アーサーとフランシスはフロアの清掃を始めた。
いつもは二十分もあれば一人で掃除し終わるのだが、フランシスに手順を教えながらなので時間がかかってしまい、手早く自分の担当箇所の掃除とレジ締めを終わらせたアントーニョとギルベルトは、アーサーたちの掃除が終わるのを待っている。
フロアの清掃を二人に手伝ってもらえばすぐ終わるが、彼らの仕事を増やすのは申し訳ない。
なにより五年ぶりに会ったのだから、もう少しフランシスと二人で話をしたくて、アーサーはアントーニョたちに声をかけた。
「あとは俺たちでやるからお前らは先に帰っていいぜ。店の鍵はいつものところに入れておく」
「えー、先帰ってええの? 俺らも掃除手伝おか?」
「いや、いい。新人を甘やかすのは良くないからな」
「なんでよー、手伝ってもらえばいいじゃん」
慣れない仕事をして疲れているのだろう、フランシスは不満げな声を上げるがアーサーはそれを一蹴する。
「それはお前が言うことじゃねえだろ。とにかく二人は先に帰っててくれ。もうすぐ終わるから大丈夫だ」
「そうか? なんか悪りーな。じゃああと頼むぜ」
「二人ともお疲れさーん」
アントーニョたちは手を振って、嬉々としてスタッフルームへ向かい早々に着替えを済ませて帰って行った。
賑やかな二人が帰ったことで、すっかり静かになった店内にはアーサーとフランシスだけが残された。
「疲れてるだろうけど、あと少しだから頑張れよ」
彼にそう声をかけるとフランシスは微笑って頷く。
「うん。……ここ、いい店だな。お前の言ったとおり、働いてる奴らも気のいい連中みたいだし、…アーサーもいるし、俺も楽しくやっていけそう」
「……そうか。そりゃ良かったな」
その言葉にほっとした。
趣向の変わった店だけに長続きしない従業員も多いので、まだ初日とはいえ彼がここで働いていけそうだという気持ちになったことも、その理由に自分の存在が含まれているのは嬉しい。
「でも、アーサーにここで会えるとは思わなかったな。元気そうで良かったよ」
「お前もな。…お前、高校出てから何してたんだ?」
卒業してから今日までアーサーはフランシスと一度も会っていない。
彼とは卒業してまもなく、連絡が取れなくなってしまったのだ。
まさか会えなくなるとは思わなかったから、卒業後の進路も聞いていない。
その後風の噂でフランシスは海外に留学したらしいという話を聞いたが、実際彼がどこでどうしているのかはまったく知らなかったし、アーサーにとっては思い出の中の存在になりつつあっただけに、こうしてまた会うことができて嬉しいと思う。
フランシスもたまには俺を思い出すことがあったのかな、とどきどきしながら問うと、彼はテーブルを拭く手を止めずに答えた。
「あー、俺ね、高校出てから海外に留学してたんだよ。料理の勉強したくてさ。五年修行して、結構いろんな店から声かけてもらえるようになったんだぜ。でもどうせなら地元で自分の店を持ちたかったからさー、先月からこっちに帰ってきてたんだよ」
フランシスの話は初耳だった。
料理の勉強をしたかったというのも意外だ。
アーサーの知るかぎりでは遊んでばかりいるように見えたけれど、彼はまじめに将来のことを考えていたらしい。
「…ふーん……でもそれならひとことくらい言ってくれても良かったじゃねえか」
卒業してすぐフランシスと連絡が取れなくなり、彼が留学したと知るまでは本当はフランシスにも嫌われていたんだと落ち込んだこともあった。
フランシスは同級生の誰にも留学後の連絡先を教えてはいなかったから、自分が嫌われているからというわけではないんだなと安堵したが、どうして留学することを言ってくれなかったのか、つい詰るような声音が口をついて出てしまった。
「え、だってお前俺の進路なんて聞かなかったじゃん。興味ないんだろうと思ったし、……それに一人前になるまでこっちに帰る気はなかったからさ。連絡先を教えなかったのは、知ってる人の声聞くと会いたくなっちゃうからだし……だからお前には特に、教えたくなかったな」
それはどういう意味だろう。
アーサーは訝しげに眉をひそめてフランシスに振り返った。
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