Bunny's Cafe(p-type)/04


たった一人で留学し、家族も友人も知り合いさえもいない異国の地で、一から生活をすることがどれほど寂しいものか想像はつく。
そんな環境にいて、声を聞いたら会いたくなるから連絡先を教えなかっただなんて、そんなふうに思うくらいには自分の存在が彼の中に根付いていたのだと思うと、照れくさいけれど嬉しかった。
頬がじわじわと熱くなってきて、ほんのり朱に染まった顔をわずかにうつむかせると目線だけをフランシスに向け、続けて問う。

「……そうか。でも…自分の店を持ちたいなら、なんでここで働くことにしたんだ?」

「ああ、菊に誘われたんだよ。菊は俺があっちで勤めてた店に来てた常連さんでさ、俺の作る料理を気に入ってるんだって。で、こっちに帰ること話したら、ぜひ自分の店で働いて欲しいって言われて……厨房やメニューのことは全部任せてもいいって言ってくれてるし、なにより自分の店をやるには手持ちの貯金じゃ足りないからなぁ。それにまだ若いからな、もうちょっといろんなとこで経験積むのもいいかと思って」

オーナーの誘いと聞いて驚いた。
しばらく会わないあいだに、彼は自分の夢へ向かって一歩ずつ確実に前進している。
目下の目標が恋人を作ることな自分とは雲泥の差である。
明確な目標に向かっていきいきとしている姿は魅力的に映るもので、五年でこんなにかっこよくなるのもわかる気がする、とアーサーはぼんやり思った。

「いいな、……そういう、はっきりした夢があって」

「…アーサーは? これからもずっとここで働く気?」

「そんなわけねーだろ。こんなことできる年なんてせいぜい二十代までだろ」

裸エプロンで働けるのは若いうちだけだ。
先のことはまだ考えていないけれど、アーサーはそう思っている。

「そうかなー。お前童顔だし三十過ぎてもいけるんじゃない? 今だって高校生みたいなんだしさ」

「昔と変わってねえって言いたいのかよ」

高校を卒業してヤンキーから紳士になるべくアーサーなりに努力をしてきたが、久しぶりに会った彼にからかうように笑ってそう言われると、やっぱりフランシスから見れば自分は見た目も中身も大して成長していないのかな、と思えて拗ねた声が出てしまった。

「……昔とは変わったよ。こんなにかわいく育っちまって、これがあの手の付けられないヤンキーだったのかと思うと信じられない」

返った言葉はアーサーが考えていたこととは違っていて、こちらを見つめる彼の表情はさっきのからかうような笑みから、柔らかな微笑みに変わっている。
そして掃除をしていた手を止めて、ぴんと立っているうさみみを避けるように頭をそっと撫でられた。

「なっ、なんだよそれ、ばかにしてんのか!」

フランシスの科白と優しい手の感触に心音が跳ねたが、子ども扱いするな、と彼の手を振り払うと、「褒めてんだろ」と笑われた。
……胸がうるさいくらいにドキドキいっている。
なぜこの男相手にこんなにも胸が甘く疼いて鼓動が高鳴ってしまうのだろう。
これでは本当に、フランシスのことを好きになってしまったみたいではないか。
でもこうして一緒にいてふわふわした浮かれた気持ちになったり、彼のことが気になって仕方がないのは好意を抱いているからに他ならない。
恋人が欲しいと思っているわりにはアーサーは好きになった相手はいなくて、こんな気持ちになったのはフランシスが初めてだ。
否応なく盛り上がってしまう感情をどうにか落ち着けて、今恋人がいるのかと彼に訊こうと口を開くが羞恥心が邪魔をして言葉が出てこない。
フランシスは聡いから、平常心を保って尋ねないと彼を意識していることに気付かれてしまうかもしれない。
深呼吸をして質問を切り出すタイミングを窺っていると、思いがけずフランシスの方から話を振ってきた。

「ところでアーサーは付き合ってる人いないの? まぁいるわけないと思うけど」

「余計なお世話だ! …そう言うお前はどうなんだよ」

いるわけないと決めつけた言い方はなんなんだ、とむかっとしたが、彼から聞いてくれたおかげで知りたかったことを自然な感じで問い返すことができた。

「俺? 俺はいつもフリーだよ。一人だけなんて選べないし、お兄さんの愛はみんなに平等だからさ」

「なに最低な発言してんだ。ようはあちこちでいろんな奴と遊んでるってことじゃねーか」

恋人がいないらしいことにはほっとしたが、フランシスの答えに学生時代も浮いた噂だらけだったことを思い出して、じっとりとした視線で睨み付けると彼はやけに焦ったように顔を上げて弁解し始めた。

「いやいや、そんなのは昔の話! 今は決まった相手とちゃんと付き合いたいなって思ってるし、そうなったらその子のことだけ大事にするよ。お兄さんは愛に殉ずる男だからね!」

必死な様子で言い訳じみたことを言っているフランシスを無視してカウンターテーブルを拭いていると、彼はアーサーが話を聞いていないと思ったのかこちらに距離を詰めてきた。
そして背後から腰に腕を回され、いきなりぎゅうっと抱き締められる。
互いの身体がぴったりと密着したことに、アーサーは驚いてびくりと大きく身体を跳ねさせた。

「な、なんだよ! 離せ!」

ようやく落ち着いた心臓がまた暴れるように激しく震えて、とっさに発した声は情けないほどに掠れていた。
けれども驚いただけでいやではないし、フランシスの体温を感じている肌はゆるやかに熱を帯びていく。

「ほんとに付き合ってる人いないの? 好きな人は?」

「べ、別に、……そんなのいねえし…」

耳元に響く柔らかな口調にアーサーは虚勢を張るのも忘れて素直に答えた。
すると腰に回された彼の腕により力が込められ、短く息を吐くのが聞こえたかと思ったらフランシスは甘さを含んだ声音で言った。

「じゃあ……俺、立候補しようかな」

「り……立候補…? 何にだよ…」

フランシスの言動に頭の中が攪拌したように混乱していて、彼の言っている意味がよくわからない。
戸惑いながら問い返すと、苦笑混じりの返事が返る。

「なにって、アーサーの恋人候補に決まってんだろ? ……この際だからもう言っちまうけど、俺は高校のときアーサーのことが好きだったんだぜ。お前は全然気付いてなかったけどさ」

「は…? えっ?!」

突然何を言い出すのか、と首だけ曲げてフランシスに振り返るとばっちり目が合って、彼の青色の双眸は酷く真摯な色を滲ませていた。
その瞳を見ただけで、すぐに本気で言っているのだとわかった。
しかし「高校のとき好きだった」というのはどういう意味なのだろう。
確かに学生時代は同じクラスで生徒会のメンバー同士だったから、よく話をしたし一緒にいることも多かった。
休みの日にはたまに一緒に遊びに行ったりもしたから友達だと思ってくれていたってことかな、と考えたが、友達としての「好き」ならどう考えてもこの状況はおかしいし、「付き合っている人がいない→恋人に立候補」の流れにはならないだろう。
つまりフランシスは自分のことを恋愛感情で好きだったらしいということになる。
それは理解したが、そんなふうに思われていただなんて、彼の言うとおり当時はまったく気が付かなかった。

「す、すきって……どういう意味だ?」

アーサーはフランシスの言葉が信じられず、確認するように問うと彼は少し呆れたように顔をしかめた。

「えー、まだわかんない? ってか、さっきも声を聞いたら会いたくなるって話もスルーされたし、……もしかしてわざとわかんないふりしてんのかよ?」

「な、なにがだよっ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろ!」

「うん。じゃあはっきり言うけど俺はアーサーが好き。俺の言ってる好きってのは、……こういうことだよ」

耳元の皮膚を吐息でくすぐるように囁かれ、好き、と言われた瞬間、心臓がぎゅうっと握られたみたいに締め付けられた。
彼がますます身体をくっつけてきて、尻に何か硬いものが押し付けられる。
二人の位置的にそれはどう考えてもフランシスの性器で、それが硬くなっているのはこうしてアーサーと密着していることで彼が興奮を覚えているということだ。

「な、なに勃たせてんだよっ、ばかっ!」

慌てて離れようとわずかに身をよじるが、アーサーを抱き締めている腕の力は緩まない。
いつもならこんなセクハラみたいな行為をされたら、遠慮なく殴り飛ばしているところだが好きだと言われて動揺しているのか、アーサーはフランシスの腕の中に収まったまま硬直していた。
彼はアーサーの肩口に顔を埋め、はぁ、と深い溜息を吐いて肌に顔を擦り付ける。
ふわふわのねこみみとさらさらの髪が皮膚に当たってくすぐったい。

「だって好きな子がそんなエロくてかわいい格好してるんだもん、興奮するなって方が無理な話だろ」

言いながら腰に回されていたフランシスの手が太ももや脇腹を撫で始め、優しく揉むようないやらしい手の動きにぞくりとした震えが走る。
全身が過敏になっているのか、尻に当たっているフランシスの感触をより感じてしまって変に身体が熱くなった。
彼の熱で尻を擦るようにして押し付けられるうちに、なんだか体内の奥がむずむずしだして、自身の身体の変化に戸惑ったアーサーはフランシスの髪を引っ張った。

「フランシス、やめろっ、何考えてんだこのばか!」

「……アーサーは俺のこと嫌い? 久しぶりに会って、俺はやっぱりお前が好きだなって実感したよ。やっぱり五年も経てば雰囲気変わるよな……童顔なのは変わってないけど、身体はちゃんと大人になってるし」

フランシスは髪を掴んでいたアーサーの手をやんわり解くと、相変わらずなニヨニヨといやらしい笑みを浮かべてそう言って、耳にぱくりと噛み付かれた。
そのとたん、思わず「あっ」とおかしな声を上げてしまい、その反応に気を良くしたらしい彼は唇で耳の形をなぞり、そこから首筋へと辿ってときおり肌にちゅうっときつく吸い付かれる。

「ふ、フランシス…!」

ようやく発した声は甘い色を含んでいた。
初めて直に感じた他人の体温と熱を、いやだと思うどころかアーサーの理性は早くもとろけかけている。
この男は自分のことを今も好きだと言った。
アーサーに対して、こんなふうに明確な好意を示してくれた人間は他にいない。
アーサーも駅で会ったときからフランシスのことが気になっていたし、年を重ねたせいか高校のときよりずっと優しくて、見た目も好みのストライクゾーンのど真ん中だ。
そんな男に好かれるのは悪い気はしない。
それに普段どおりの軽い口調で冗談みたいに言っているけれど、フランシスの表情は真剣そのものだ。
アーサーに拒否されたらきっと好きだと言ったことを冗談にするつもりで、あえてこんなふざけた口調を装っているだけなのだろう。
それは冗談にしてしまえる程度のいい加減な気持ちだからではなく、これから同じ職場で働くのにこのことをきっかけに気まずくなって、お互いに仕事をやりにくくなるのは困るからだ。

そしてそれ以上にフランシスの告白を断ったアーサーが、彼の気持ちを受け入れられなかったことを気に病むんじゃないかと、心配しているからに違いない。
そう思うのはアーサーのうぬぼれでもなんでもなく、フランシスがそういう性格だということを知っているしなにより切なげに歪められた彼の顔を見たら、本当の気持ちなんて少しも隠せていないのが丸わかりだ。
今にして思えば、高校のときも多くの生徒に敬遠されがちだったアーサーをいちいち構って、頼んでもいないのに俺が副会長として生徒会の仕事を手伝ってやるよ、と言ってくれたのもフランシスだった。
当時は世話焼きな奴だな、くらいにしか思っていなかったけれど、こうして彼の気持ちを聞いたことでフランシスは単純に好きな相手、……アーサーの傍にいたいだけだったのだと気が付いた。
会わなくなって五年も経つのに、フランシスの気持ちが変わっていないことが嬉しいと思う。
胸がじんわりと温かくなって、目の奥も熱くなる。
アーサーが腰を抱いているフランシスの手に、自分の手のひらを重ねると彼の指がぴくりと震えた。
緊張しているのか、その手は酷く汗ばんでいる。





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